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二十二撃目 Fear is often greater than the danger・2

 思いがけないところから膝カックン的精神攻撃をくらったものの、食事は美味かった飛び石宿場町の宿から出立して歩くこと約半日、次なる飛び石宿場町が見えてきた。

いやー赤毛のマシンガントーク系ジャリガールとか精神系トラップなくて助かったわー。トラップ発動してたら、窓からダイブして野宿に走る自信あったし。


 で、今度の保護観察官であるアストラさんは、ローナーさんに輪をかけて無口で、出発時と宿での会話以外、マジありませんでした。会話が。

別に、年中喋ってないと死ぬ的な生き物じゃないし、むしろ私的には楽っちゃ楽なんだけどね?

聞くんだろ魔法について! どういうモノなのか、どう使うのか、いつ聞くの、今でしょ! と、次の飛び石宿場町の手前まで来た辺りで、腹を括る。

うん、鬱陶しいと言われようが、聞いてやる。


 あ、勿論授業料は用意してますよ? 具体的には道中で手に入れた山吹色のお菓子とか、山吹色のお菓子とか、山吹色のお菓子とかですが。

菓子折りの饅頭の下にそっと忍ばせる奥ゆかしさが越後屋クオリティですが、残念ながらお代官様はいらっしゃいません。正義の味方を返り討ち、山吹色のお菓子で目指すは老中若年寄、な悪代官でも、その野心こうじょうしんは嫌いじゃありません。


 ともかく、手札を切らせる以上はロハって訳にはいかないし、魔法という未知なるものの情報には、それだけの価値がある。

そも、剣と魔法の世界で、二大要素の片っ方を知らないって、ものっそく不利ですやん? 敵を知り己を知る、は兵法の基本ジャマイカ。


 たとえばの話だけど、仮に、出会い頭に攻撃魔法(仮称)をブッパされたとしよう。

それがどういうものなのか、知っているのといないのとでは、致命的なまでに差が出てくる。

ブッパされた後、どう目標に向かうのか。軌道は直線か、放物線か、不定か。目視による狙撃か、自動追尾か。

どういう形態でブッパされるのか。点か、面か、範囲か。またそれぞれ、どういう点、面、範囲なのか。


 知っていれば、回避することも、相殺することも、逆に利用することも、ブッパされる前に潰すことだって可能かもしれない。そのための手段を考え、また実行するにも、魔法について知っていなけりゃ始まらない。

魔法は確かに“力”だろうけど、それについて知っている、ということもまた、同じように――いや、もしかしたらソレ以上に“力”たりえる。

いや、別にニードモアパワー! とか叫んだりゃしませんが、引き出しは多いに越したことないじゃないですか。


 そんな決意を密かに固めて、次なる飛び石宿場町に入り、適当な宿を選ぶ。

ここでのポイントは、流行はやりすぎず、寂れすぎず、適度に客が入っている宿を探すこと。

流行はやりすぎだとサービス(特に食事)の点で手抜きが出るリスクがあるけど、一回こっきりなら有象無象として記憶に残らない利点がある。ま、この利点は何かしらヤバいヤマを踏んでる時ぐらいにしか意味ないんだけどねー。

寂れすぎている場合、恐怖のメシマズ地雷が埋まってたり、客が少なすぎて顔を覚えられるリスクがあるので、口が固くて信用できる、定宿にしても大丈夫ってとこが見つかるまでは、“ほどほど”を選ぶのが妥当かと思われます。


 幸い、入った宿は“ほどほど”かつ、昨日のアレとは違ってシンプルイズベスト! な内装の、可もなく不可もないとこだったんで、正直安心した。連ちゃんでアレとかマジ無理ですから。いやガチで。


 そんな訳で、部屋に上がって旅装を解き、おやつ求めて盗んだバイクで走り出したい腹の虫をグッと抑え、同じく旅装を解いてるアストラさんに向き直る。

さあ、こっからが正念場だ。

吸ってー、吐いてー、吸ってー、ひっひっふー……って違うだろ。

真っ直ぐメンチ切っ、じゃなくて、視線を向けてー、はい、よし。

意を決して、口を開く。


「……魔法に、詳しいと、聞いた」


「誰にだ」


 うを、速攻メンチ切られた。ガンのくれ合い飛ばし合いとか、前世紀のヤンキーか。

が、しかしッ! 退かぬ媚びぬ省みぬッ! 前進あるのみッ!


「ローナーの、おっさん」


 ……うん、魔法と断言はしなかったけど、その手の話はアストラさんが詳しいつってたし、嘘じゃないよね嘘じゃ。

あの野郎ペラペラ喋りうたいやがって、とか舌打ちしてるアストラさん怖い超怖い。

ま、私も私の知らんところで勝手に手の内明かされたら、そいつんことエメラルド・フロウジュンで犬神家してやりたくなると思うし、まあそのアレだ、ローナーさん正直すまんかった。


「……で、俺がそっちに詳しいとしたら、何なんだ?」


 じろり、と睨まれる。わあ、おっかない。

そこらの八歳児なら、トラウマ行き最終電車で機械の体ならぬ対人恐怖症貰いに旅立ちかねないと思うんですけど。

だがしかし、駄菓子菓子。じいさまに鍛えられた私をチビらせたければ、この三倍は用意しろ!(ドヤァ)


 けどまあ、馬鹿やんのはここまでだ。

ベッドに乗ったままではイカンので、降りて床に正座する。

ぴんと背筋を伸ばし、真っ直ぐアストラさんを見てから、深く頭を下げる。


 頭を下げるのは、誠意や敬意、そういうものの、一番わかりやすい表現だと思うんですよ。

そうすることで、こちらが相手に対して真剣に願い出ている、そういうのを示す形だと思う。

頭のひとつふたつ、下げるくらい屁でもないとか、その程度で済むなら安いとか思ってる奴は甘い。サッカリンより甘ぇですよ。少なくともうちのじいさまとその友人御一同様、上司には通じない。


 さあ、頑張れ! 私の勝負たたかいはここからだ!




     †     †




 ベッドを降り床に座った少年――アストラ曰くところの荷物こぞう――が、深々と頭を下げた。

北大陸と西大陸の間に、独特の文化を持った島国があるが、荷物の姿勢は、あの島国特有の礼法にある、礼の姿勢によく似ている。

どこで知ったのか。知り合いに出身者でもいたのか。

だが、あの国の連中は、滅多なことでは国外そとに出たがらない民族性ひきこもりだったはずだが、などと考えるアストラに、


「魔法について、教えてほしい」


 深く頭を下げたまま、少年が言う。

興味本意、ではないだろう真剣さが、声からもうかがえる。

頭を下げる前に、こちらに向けた眼差しも、真剣さがあった。

だが。


「なぜ、知りたい」


 真剣だからといって、簡単に教えられるものではない。

手札を見せろと言われてホイホイ開いて見せる馬鹿がいないのと同じように。

なぜ、知りたいのか。何を知りたいのか。

対価はあるのか。

最低でもその辺りは聞いておかなければならない。

さて、どう出るか。


 少年が、顔を上げる。

視線は変わらずアストラに向いたままだ。

深く息をついてから、少年が口を開く。


「……知っておく、べきだと、思ったから」


 知っておくべき、ときたか。なかなか面白いことを言う。

アストラは無言のまま、視線で続きを促す。


「この間、魔獣を、狩った。魔獣が、どういうものかは、知らなかったけど、殺すことは、できた」


 切れ切れで、どこかぎこちない喋り方だが、頭が足りないのではなく、人との会話に慣れていないのだろう。

そう、アストラは判断した。

しかし、この年齢で魔獣を狩るとは、なかなかどうして、いい腕をしている――と言いたいところだが、あくまで自己申告なので、真偽のほどは、後日確かめるとしよう。


「……で、それとどう関係するんだ?」


 更に促せば、


「魔獣がなにか、わからなくても、生き物に、違いはない。なら、生き物と、同じ方法で、殺せる」


 そこまで言うと、一旦言葉を切り、舌先で唇を湿らせた。


「けど、魔法は、違う。どんなものか、知らない。知らなければ、対処できない」

「……」

「知っていると、いうことが、重要だ。だから、知っておく、べきだと、思った」


 魔法という力に対する興味も、もちろんあるのだろう。

だが、この少年は、魔法が何であるか、その根本こんぽんを知ることが力だと、そう考えている。

なるほど、正論だ。

悪くはない。その考え方は非常に好ましい。


「なら、小僧・・。対価を示してみろ。魔法そいつを知ることは、お前にとってどれほどの価値がある」


 だが、好ましいから、だけでは教える理由にはならない。

道中の保護者役は、あくまで博打の負け分という負債を精算するためのもので、その中で、保護者役から技術を盗むなら、それは個人の努力の成果である。

だが、教えを請うのであれば、道中の保護者役の仕事の範囲外のことであり、当然、相応の対価が必要となる。

それが理解できないのであれば、教えるに値しないと判断せざるを得ない。


 どう出るか見定めることを決めたアストラをよそに、少年は足を崩すと胡座あぐらをかき、トラウザースの裾から手を突っ込んだ。

ごそごそ何かを探すような動きを見せたのは、数秒のこと。

出てきた手の、指先に摘ままれていたのは、やや鈍いが確かに黄金の輝きを放つ、小さな硬貨である。


「足りるとは、思わないが、これが出せる、限界だ」

 小金貨一枚。

十かそこらの子供の持ち物としては、ありえない高額貨幣に、アストラの目がすっと細くなる。


「副街道の、野盗の、落とし物・・・だから、ちゃんとした、金だぞ」


 アストラの目にわずかに覗いた疑惑に、気分を害したのか、少年の声には、どこかむっとしたような響きがあった。


「……なるほど。なら、ちゃんとした金だな」

「おう」


 無表情ながらも、どこか自慢げに胸を張る少年に、アストラは、


「まあ、前向きに考えといてやる」


 言い、口の端をわずかに持ち上げた。



     †     †




 はい、“前向きに考える”いただきましたー。

これ、前世にほんでは基本遠回りなお断りだったけど、現世こっちだとどうなんだろ。

ま、教えてもらえりゃラッキー、みたいなもんだし、こんなもんでしょ。


 とりあえず小金貨はもっぺん隠しにしまう。基本、高額貨幣は全部小分けにして肌身離さないよう隠してしっかり防犯防犯。これ基本。


VRMMOやってた時は、種も仕掛けもなくイリュージョンできるけど、生きてるものは消せません。盆栽は入ったのに、解せぬ。

やっぱ動きなんだろうか、ってことで植物系素材モンスターのめっちゃアクティブなヤツ放り込もうとしたら弾かれたから、動きなんだろうな。○汁ブシャー! とか叫びそうな勢いで動き回る植物系素材モンスターのウザしつこさまで思い出しちゃっただろうがどうしてくれる。


 さて、ひとまずこの話はここまでにしよう。

立ち上がり、長革靴ブーツを履き直して、背嚢バックパックから、表向き財布代わりに使ってる革の袋を出し、首から下げる。

中に入ってるのは小銅貨、に似た形と大きさのものを厳選した小石だから、盗まれたとしても懐は全く痛まない。むしろ騙されてやんのプゲラ、ってなもんだ。


 腹は減ったけど、外を見ればすでに薄暗く、おとなしく待った方がよさそうだ。

昨夜ゆうべのメニューは、鶏と茸のトマト煮込みにサラダ、山羊のチーズ、カンパーニュ。ちなみに朝食は、鶏と茸のトマト煮込みにブイヨンと山羊ミルクを投下したスープにカンパーニュ、山羊チーズ、半熟ゆで玉子、サラダ、オレンジ、紅茶でございました。

どんだけ山羊推しか、と思ったけど、宿の裏手で飼ってるなら、そりゃ使うわな。餌代実質タダだし、乳出なくなったら食肉にすればいいし、一石二鳥だもんね。

そうそう、コーヒーあるなら紅茶あってもおかしかないんだけど、八年目にして初遭遇です。香りはあんま強くないけど、アッサリした万人向きの味わいで、それなりに美味かったとです。

思い出したらまた腹減った。今日の夕飯は何だろニャー。楽しみです。


 しっかし、晩飯までやることマジでないんですけど。

宿の裏っかわ空き地あるし、久しぶりに字の練習してくるか。板切れと比べて、地べたと棒きれは消すのも簡単だから、気軽にできるし。冒険者ギルドの看板? の字も、忘れないうちに復習しときたい。

飽きれば一人三目並べとかあ? ぼっ、ボッチちゃうわ! 相手がおらんだけや!


 ツァスタバさんはっさい、友達がおらんことに今気が付きました。

うん、薄々気付いてたけど、認めたくなかった現実に……。

驚愕の事実! ツァスタバさんは友達が居ない。

……え? 知ってた?

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