十八撃目 Spare the rod and spoil the child・1
それは、随分と目立つ二人連れであった。
巨漢と、そういってもいいだけの、高さと厚みを持った男の後ろを、つかず離れずの距離を保ち、小柄な人物が歩いているさまは、大きな熊の後ろから、灰毛の貂がついて歩いているようにも見える。
目深に被ったフードのせいで、小柄な方の顔は、鼻の半ばから下しか見えないが、覗く頬の線には、少年らしいあどけなさがあった。
身の丈は百五十メル前後と、十一、二歳の少年であるなら、小柄、とは言えない身長だ。
ただ、比較対象が比較対象なだけに、小さく見えてしまうのだろう。
二人が歩いているのは、主街道を少し外れた、森林の中の、獣道である。
街道を軸に、内陸側の森林は伐り拓かれて大規模な果樹農園になっているが、海側は、牧羊のため伐り拓かれた海岸沿いは別として、大部分が手付かずで残っている。
それでも、古くからある村落の古老に言わせれば、「だいぶ森が減った」そうだが。
ドーナの街からマネトの街にかけて、緩いが大きくカーブを描く主街道のショートカットに、森林を突っ切っていく旅人は、そう珍しくはない。
ただし、よほど旅慣れた者であれば、と付くが、人の手入れなど、入っていないに等しい、文字通りの獣道を行くのだから、当然といえば当然だろう。
悪路と、そういって差し支えない、しかも夕暮れの獣道だが、巨漢も少年も、足取りに危なげなところはない。
行き交う旅人の無数の足で、自然と整地された主街道を行くように、安定している。
優れたバランス感覚と、強靭な足腰、優れた視覚を持ち合わせているようだ。
フードを目深に被った少年の足が、ふと止まった。
森の奥に顔を向け、目深に被ったフードの端を摘み、持ち上げた。
子供らしい幼さを残す、しかし、猛禽に似た精悍で端正な面があらわになる。
緩く波打つ枯草色の癖毛が落ちかかる、秀でた白い額の下で、同じ枯草色の眼が、何かを追うように動いている。
「あれにするか?」
少年の数歩先で足を止めた巨漢が、少年の視線の先にちらと眼を向けた。
愛想のない、ぶっきらぼうな口調だが、どこか朴訥としたところがある。
「おう」
少年の返答もまた、無愛想でぶっきらぼうなものであった。
「おれが行くか?」
無理そうなら、代わってやる。
そう含みを持たせた巨漢の言葉に、少年は、
「……おれが行く」
やや不機嫌そうな一瞥を投げ、フードを再び引き下げると、ややへの字気味に唇を引き結び、軽く膝を屈めた。
とん、と地面を蹴る軽い音からは、考えつかないような見事な跳躍で、数メール頭上の木の枝へと跳び乗り、ついた足の位置を調整するが早いか、枝から枝へと跳び移りながら、視線を向けていた方角へと進んでゆく。
猿のごとき身軽さで、木々の間を行く少年に、巨漢は、面白いものを見た、というような眼を向ける。
自分の腕に自信がある若造は、かなりの頻度で見かけるが、自信通りの腕の若造は、めったなことでは見かけない。
少年は、その、めったに見かけない珍奇な生物の、一体だった。
少なくとも、少年が見つけ、巨漢が視認した対象を、一人で狩るだけの腕があるのは、確かだ。
ドーナの街で、同僚から子守りを引き継ぐまでは、正直、面倒臭えなあ、とモチベーションは右肩下がりであったが、当の同僚は現れず、預かる少年だけが木の上から降ってきたことで、モチベーションの下降は一応止まった。
更に、同僚はどうした、との問いへの答えのインパクトは、登場時のそれを上回るものがあった。
曰く――昨夜は娼館で頑張ってたろうから、遅れると思って置いてきた。
ツァスタバと、偽名であろう名を堂々と名乗る辺りも含め、なかなかに、いい性格をしているようだ。
飛び石宿場町の宿の寝台には収まらない、規格外の体格のため、次の街までは主街道を通らず、森を突っ切るから野宿だと告げた時も、嫌そうな様子を見せることはなかった。
それどころか、ちょっと待っててくれ、と商店の並ぶ通りへと駆けて行くと、日保ちするよう、硬めに焼かれたパンの大きな塊三つと、保存のためにワックスで覆われたチーズの塊を買ってきて、これは自分の分だ、と釘を刺してきた。
これらにより、少年――ツァスタバは“お荷物”から“面白い奴”に昇格したのである。
巨漢――ローナーと、仲間内ではそう通っている――は、旅慣れた大の男でも、少々厳しいルートとペースに、平然と着いてくるツァスタバとの道中を、楽しみ始めていることを、まだ自覚してはいなかった。
† †
やあ、良い子悪い子普通の子のみんな! おはよう、そしておはよう! ツァスタバ(暫定)さんはっさいだよ!
って私がやると、ナゼに爽やかさの欠片もない、胡散臭さマシマシになっちゃうんですかねー。
人徳ですかそうですか。
一人称が違う? いやね、男児判定されてるみたいだし、だったらもういいんじゃないかなそれで、で、目下のところ、「おれ」使ってますのん。
僕とか柄じゃないし。そもそも、こんなんが僕っ娘したら、全次元のフィクション・ノンフィクションに存在する正統派僕っ娘に申し訳ないですやん?
それはいいとして。
ローナーさんとの道中に、懐かしい森暮らしを思い出しとります。
バス・トイレ付き上げ膳据え膳な宿もいいけど、冒険者目指すんなら、やっぱ野宿生活楽しめなきゃダメだと、先生は思います。
むしろ野宿生活気の方が気が楽とか、これがイ〇の力……じゃない、三つ子ならぬ六つ子の魂百までか。
んで、かけてた負荷を一旦オフにして、本日のメインディッシュ(予定)狩りなう、でございます。
丸々肥った美味そうな猪を発見したんで、ローナーさんに一言言って一狩りしに来とります。
肉は狩りたて新鮮より、しばらく置いて熟成させた方が美味いんだけど、こればっかりは仕方ない。
ふはははは、逃がさんぞ蛋白質ゥ!
と、謎のテンションと内部魔力で強化された棒手裏剣モドキの投擲が、猪の眉間にガッツリヒットした、まさにその時。
眉間ぶっこ抜かれて倒れた猪に、それより一回り大きなナニカが飛びかかり、頸に噛みついた。
猪の頸が折れ、肉が千切れる音が、ここまで聞こえたような気がした。
動物の毛皮としての質感、風合いを持っているのに、同時に、青銅みたいな金属の質感を感じさせる体毛に覆われたそれは、サイズがイカれてることを除けば、確かにウサギだった。
フレミングだったっけ? 地球産のでっかい奴。あれが普通サイズに見えてくるとか、トチ狂ってんなおい。
それ以前にテメエ草食だろうが。齧歯類でもネズミやリスは雑食だからまだわかるけど、何まりまり猪喰ってんの。
大学時代、知り合いん研究室行ったら、ケージの中でスナネズミが(自主規制)をコリコリと(自主規制)してたの思い出しちゃっただろーがどうしてくれる。
つうかそれ、今日の晩飯――そう、そうだった。あれ、今日のメインディッシュじゃん。
それを。
それを、よくもッ! 他人様が仕留めた肉を喰い散らかしてけつかりおってからにこのド畜生がァッ!
……てめーはおれを怒らせた。いや割りとマジに。
言っておくが、私はかなりアレだ、食い物絡むと性格変わるっーか、キレるぞ。葬式会場に乗り込んでまで、御遺体奪り返しにくるヒグマに並ぶ自信がある。
よし、殺そう。弁護士検事裁判官裁判員オール私の脳内法廷の判決は、満場一致で有罪でしたが、何か。量刑? 死刑以外に何があると。
棒手裏剣モドキは、通じるかちょっと微妙だな。
もしも毛皮が、見た目の通り金属の特性を持っているなら、棒手裏剣モドキより質量のあるものを使うべきだろう。
……なら、コレだ。
棒手裏剣と投擲用ダガーを延々と量産してた時、同じもん作るのに飽きて作った、投擲用手槍。コレにしよう。
いやー、あん時は余りの作業ゲー状態にアポカリプるとこだったわ。あんなん延々とやってりゃ、ババアポカリプスも発生するだろうて。
それはいいとして。
投擲用手槍は、読んで字のごとく、投げることにひたすら特化した、長さ五十センチ、いやメルか。それに少し足りないくらいの長さの槍、つうか槍の穂先だけ? みたいなヤツ。デザインは牛の舌形パルチザンを参考にしました。
長さがないのは、投槍器を使うのと、森の中での狩りにも使うから、あんま嵩張らせたくなかったんですわ。
足場の悪さは、今立ってる大きな枝から、斜め前に伸びてる枝に半歩踏み出し、腰を落として重心を低くすることで、十分カバーできそうだな。
投槍器と投擲用手槍をインベントリから出してセットし、右手に構え、改めて全身に内部魔力を巡らせ強化マックス――する前に、野宿の手慰みに作った木の針を、ウサギに投げる。
狙いは眉間に一発だから、ウサギにコッチヲミローッ! しないとあかんのです。
投げた針はウサギの尻にぷすっと刺さった。うけけ、ざっまあ。
あれ? ってことは棒手裏剣モドキでもいけたか? いや、針は当たっただけで刺さってないし、あの質量だと、ヤツの頭蓋骨貫通して脳まで徹すのは、今の私には難しそうだし、投擲用手槍の方がいいだろう。
ヂギィッ、と可愛げの欠片もない、甲高くも野太い声を上げたウサギの顔が、尻を刺した犯人を探して辺りを見回している。
はっはっはー、こっちじゃ齧歯類ッ! 命ァ奪ったらァ! 往生せいやー!
「シィッ」
瞬時に内部魔力を巡らせ全身を最大限強化し、上半身全体を使って、こっちを向いたウサギの額めがけ、投槍器で惰性を増した手槍を投げる。
上から下へと投げ下ろす、その勢いも加わり、手槍は見事、ウサギの額に満点の着地を決めて、全長の三分の二弱をずっぷりと沈めた。
ヒャッハー! これがホントの兎に角でアル〇ラージだぜぇーっ!
ってヒャッハーしてる場合違うだろもちつけ自分。
投槍器をインベントリに戻すのと入れ替えに、“バートリ伯爵婦人の愉悦”を出し、握りの穴に指を通してしっかり握り、枝から飛び降りる。
仕留めてるとは思うけど、半矢の獣の反撃はおっかないからなー。半矢のシャトゥーンとか、リアル赤カ〇トだから。マジで。
念のため、さっきの木針をもう一本インベントリから出し、ウサギの尻に投げてみる。
お、今度は三分の一くらいだけど、刺さった。反応もない。
が、油断大敵。じりじり距離を詰め、頸動脈の辺りを深めにカットする。
……うん、きっちり死んでますね。
普通じゃないっぽいけど、仕留めた以上は責任持ってきちんと処理しますよ? 獲物横取りかまされた恨みはあれど、死ねば大事な蛋白質。無駄にするなどとんでもない。
まあ、大きさとかいろんなとこに目ぇ瞑って、見た目だけなら一応ウサギ的な生き物だし、喰える……はず。多分。
部分的に喰われてるけど猪もあるし、一緒に解体しちゃいますか。
ま、ウサギが喰えなくても猪あるから、今日のメインディッシュは確保したってことで。
まずはロープで後ろ足縛って、吊るして放血だな。
その前に手槍回収っと。
あ、尻の針も回収しとこう。こっちは焚き火にくべちゃえばいいか。
血もねー、ブルートヴルストなんかもホントは作れんだろうけど、生憎そこまで専門的な技術ないし、家畜じゃないから寄生虫とか病原虫、細菌が怖いし。美味いんだけどなーブルートヴルスト。香辛料きかせたやつで、アクアヴィットをキューッとやるの、好きなんだけどなー。
てな訳で、もったいないけどかけ流し、じゃない垂れ流し一択で。許せ猪。
代わりに可食部位は徹底的に喰い尽くし、毛皮も骨も余さず使い切って差し上げよう。
ぬっふっふ。
† †
ローナーが、獣道を少し逸れた地点に拓けた場所でしていた野営の準備は、ほぼ終わりに近付いていた。
野営場所として、このルートを選ぶ旅人たちに使われているようで、周囲には高さ六十メルを越える丈の下草が繁っているが、成人男性四人が、四、五十メルの間隔をあけて横になっても、まだ余る程度のスペースは、ローナーとツァスタバが野営するには十分な広さがあった。
剥き出しになった土の上には、火を焚いた跡らしい、煤けた浅い凹みもある。
準備といっても、そう大したことではない。
薪になりそうな枯れ枝を必要量集め、地面の浅い凹みの周りを石で囲んで、火をおこす程度だ。
火打石と鋼鉄片を打ち付け、灰汁に漬けて乾燥した茸の火口に火花を飛ばし、発火したところで、よく乾いた枝に移した火を、薪へと燃え移らせれば、後は火が勝手に仕事をしてくれる。
その手順が面倒であれば、魔術を用いて直接薪を燃やせばいい。
火打ち石と鋼鉄片、火口は、規模の大小は問わず、金物屋、雑貨屋であれば必ず置いてあるし、魔術が専門である同僚と違い、ローナーとしては、魔術を使う方が面倒臭い。
身体活性が使えりゃあ、それで十分だ。
それが、ローナーの持論だ。
身体活性というのは、外部魔力を用いず、内部魔力のみを用いて、肉体を活性化する術だ。
外部魔力を併用する身体強化は、地力が低くても、文字通り“強化”してくれるが、身体活性は、ある程度地力が高くなければ、効果が得られない。
地味に地力を上げるより、手っ取り早い身体強化に頼るのが増えているのが、現状である。
今時の若いヤツは、と、浮かびかけたセリフに、ローナーの口元に苦笑が滲む。
そんなセリフが浮かんでしまう程度には、歳を喰ってしまったようだ。
ツァスタバが獲ってくるであろう猪の大きさを考えて、薪は十分用意した。
薪集めのついでに、ヨモギやアザミの若芽、イタドリの若い茎、スイバ、ヤマモモの実など、生で食べられる野草の類いも集めてある。ヤマブドウやガマズミ、モミジイチゴの実も見付けたのだか、どうやっても潰してしまうので、そちらは諦めることにした。
野営の際には、獲物を獲らない方がこうした準備をするのが、両者の間では無言の取り決めとなっている。
がさがさと、繁った下草を掻き分けてツァスタバが現れたのは、ローナーの予想を四十分ほど過ぎてからだった。
遅かったな、と出かかった軽口は、ツァスタバが引きずっているものを確認した時点で引っ込んだ。
直径十メル前後の枝を切り、細い枝葉を落としただけの丸太を蔦でくくった即席橇に、同じく蔦でくくりつけられている枝肉は、形状から、ひとつは猪。
もうひとつは――
「怪我は、してねえだろうな?」
ローナーが確認を取ったのは、それが何であるか、分かったからだ。
群れをなさず、基本単体で行動するため、魔獣としての脅威はさほど高くはないが、巨体からは想像できない俊敏さで襲いかかり、強靭な顎の力と鋭い前歯で噛みついてくる、初心者殺しとも呼ばれている、ゴルゴン=クニークルス。
本来なら、中型犬ほどの大きさなのだが、猪より一回り大きいところを見ると、巨化体だろう。
余りに予想外過ぎる猟果に、ローナーが唖然としていると、ツァスタバは首を横に振り、
「……ええと、成り行き、で?」
即席橇の引き綱ならぬ引き蔦を手から放し、少しの間、何かを考え込むように、ゴルゴン=クニークルスの枝肉を眺めた。
微妙な空気が、両者の間に漂う。
火にくべられた薪がはぜ、ぱっと火の粉が上がる。
その音につられたように、ツァスタバは枝肉から視線をローナーへと向けた。
フードの下からではあるが、真剣さは十分伝わってきた。
ややあって、
「こいつ、喰えるか?」
内容はともかく、発せられた問いに込められた思いは、視線同様、真剣なものであった。
「……おう。美味いぞ」
ローナーもまた、重々しい口調で返す。
「美味いか」
「美味いな」
「猪よりもか」
「猪よりもな」
「そうか」
「そうだ」
口内に湧いた唾液を、ぐびりと飲み込んだツァスタバの口元が、三日月の形に緩む。
「なら――喰おう」
夜の暗さが満ち始めた森に、狂おしいような腹の音が、高らかに響いた。
粟餅さんの豆知識『シャトゥーン』
冬籠りに失敗し、食料を求めて徘徊するヒグマ。「穴持たず」とも呼ばれる。雪の積もった山中で食料を見つけ出すのは困難なため、家畜や人間を襲うなど、非常に凶暴な存在。
よーするにリアル赤カブ〇。アパムアパム、銀〇呼んでこーい!
と、乙女ゲームが益々順調にいくえ不明ですが、ヨソはヨソ、ウチはウチ!
つうか、理想はジョ〇フなのに、何だろう、〇ッシェル兄貴とかS〇L的な地獄公務員の方向に進んでんじゃね? いや、大好きですけどね。どっちも。
……ところで、でっかいオッサンが、苦労してちまちました作業してるとこって、可愛いですよね。
本作品の癒し要素はオッサンです。(断言)




