十六撃目 Ignorance is bliss・2
一人部屋のいいところは、他人に気を使わなくていい、これに限ると思います。
おはようございます、いつの間にか八歳になってたツァスタバ(暫定)です。
最近、もう名前ツァスタバでいいんじゃないかな、とか思い始めてます。
仮称の予定だったジェーン・ドゥだって、んな可愛げある名前の面ちゃうやん……ゲルマン系入った猛禽系少年やん……。
てな訳で、朝まだ暗い午前四時(多分)。
ミニテーブルの洗面器に水差しの水を注いで顔を洗い、さっぱりしたところで、寝間着代わりの作務衣から、通気性のいい綿素材のトレーニングウェア一式(黒の半袖シャツとODの七分丈レギンス、冗談で作った一本歯下駄の三点セット)に装換し、窓を開ける。
あと二時間もすれば、鳩にトランペット吹いてやりたくなるような朝焼けが拝めそうだ。
その前にやることやっちゃいますかね。
まずは内部魔力を巡らせて……よし。次は炉を起こして、っと。
負荷は、呼吸条件富士山頂+加重自重×2くらいかな。
サコーさんとの道中でトレーニングしなかった分、ちょい鈍ってるから、調子戻すのにちょい軽めにしとこう。
上っ側の窓枠に手をかけ、逆上がりの要領で屋根に上がる。ちなみにポイントは、勢いを付けないこと。
屋根に上がったら、数メール先の荒物屋の物置小屋の屋根に向かって跳ぶ。
着地の衝撃を筋骨格で吸収・分散し、楽しい全力疾走パルクール都市部編の始まりだ。
目指すは『濡れた半紙の上を破かず全力疾走』レベルだけど、今は精々、『わら半紙の上をちょっと派手に破れるくらいで全力疾走』が関の山なんだよねー。
じいさまだったら、水の上を走るくらい普通にしそうだけど。
軽く息が上がる程度に走り込むこと小一時間、町外れの鐘楼クライミングして、屋根の天辺から周囲を見回す。うっすら白くなり始めているのが、東の空か。
既に腹が減り始めてるとか、我ながら恐ろしい燃費……!(白眼)
負荷はかけつつ、下肢を中心に筋骨格を強化。
立ち上がり、深呼吸で余計な力を抜いたら、お約束のフリーダイビングでパルクールは終了だ。
走り込みで下肢を鍛えたら、お次は下駄をなんちゃってカンフーシューズに履き替えて、上肢をレッツトレーニング。
腕立て伏せはなるべく深く、うんとゆっくりと。
五十回を数えたら、腕立て伏せの姿勢からゆーっくりと倒立姿勢に持っていき、腕立て伏せの時と同じ要領で、指立て伏せを五十回。
次は左右の小指を抜いて十回。その次は薬指を抜き、親指だけでの腕立て伏せが終わったら、人差し指での腕立て伏せを追加して、合計六十回。
これが終わった辺りで、じんわり汗が滲んでくる。
次は腹背筋だが、足と背中がギリギリ地面に着かない程度に浮かして寝そべって、勢い付けないでゆっくり体を臍中心に二つ折りして、またゆっくり元の姿勢に戻す。いわゆるV字腹筋、ジャックナイフとも言うアレです。
背筋にも結構クるのでオススメだけど、勢い付けると腰傷めるから要注意。
V字腹筋百で基礎トレは終了だけど、もうちょい増やしてもいいかもな。腕立て伏せも。
前菜が済んだところで、いよいよこれからが主菜である。
市川家伝来甲冑組手術、エア死合い。仮想のお相手はもちろん、最終人型戦略級決戦兵器・市川鷲右衛門――じいさまです。
死合いだけどあくまでエアなんで、ダメージはないけどごっそり疲れる。
イメージとは言え、ものの一分で、もれなく肋骨全割れ、肘膝粉砕、頸骨ブチ折れ、頭蓋骨パーンであぼんだから、エグいさすがじいさまエグい。
四、五十回ほどエア死に散らかしした頃には、滝のような汗で全身びっしょりだ。
下着二丁になって近くの井戸で汲んだ冷水を頭っからひっ被ると、体熱でもわっと湯気が上がる。
インベントリからタオルを出し、服が着れる程度に水気を拭って、定番の旅装セット(各種暗器仕込み済)に装換する。
無論下着もですよ? 当たり前じゃないですかやだー。
……実はですね、破れやほつれは要修繕なんですが、水濡れ汚れはインベントリにinすると、キレイさっぱり手仕上げクリーニングのようになくなるんですわ。
いやもうこの機能だけで黄金柏葉剣付ダイヤモンド騎士鉄十字勲もんじゃね? 誰にやればいいか知らないけど、そんくらいの価値はあると思う。
ついでにインベントリ内では時間の流れが止まっているんで、生鮮食品の保存もバッチリだ。
時間が止まっているってことは、熟成には向かないが、最高の熟成具合の食品や、正に今が最高の飲み頃という酒を、いつでも味わえるってことでもある。
実際、『ミヅガルヅ・エッダ』で仕込んだ、今が飲み頃の絶頂っつー樽が、三桁四桁の単位で眠っているとゆーのに……! あな口惜しや口惜しや。
水被って服も着替えて、スゲー爽やかな気分です。新しいパンツをはいたばかりの正月元旦の朝のよーに。
それでも腹は鳴っている。
腹の虫を宥めるべく、クールダウンを兼ねた、難易度低めのパルクールでご飯の待つ宿に向かう。
朝食の前の軽い朝食、とかそのうちなりそうで怖い。それ何て常春の国の潰れアンパン殿下。
あの殿下のチートって、考えたら異常じゃね? あれで十歳とか、チートっつーよりバグですぬ。
民家商家の屋根伝いに戻った宿の、鍵だけ開けておいた窓経由で部屋に戻ると、一階から、昨夜の鹿の赤ワイン煮込みの匂いが届いてきた。
最初の飛び石宿場町の、見るっからに流行ってないあの宿で食った鹿のシチューに比べるとやや劣るけど、ここの宿の飯も結構、いやかなり美味い。
鹿の赤ワイン煮込みは昨夜も食ったけど、連ちゃんでもイケる美味さだ。むしろ二日目のカレー理論で、煮込み料理とか、あいつらが本気出すのは二日目からですやん。
玉ねぎ、セロリ、にんにくなどの香味野菜とマッシュルームの美味さ、ワインの深み、焼き目を付けた鹿肉の美味さが渾然一体となり、そこに鷹の爪の辛さがいいアクセントになっているんだけど……飲み物がっ……飲み物が、ただのっ……ただの水っ……! 許されないっ……許されない非道っ……! そこは赤ワインだろうがっ……!
腹の虫が、美味そうな香りにあいぃ〜〜〜るぅうう〜〜〜と雄叫ぶ。
聞きようによってはおにぃ〜〜〜くぅうう〜〜〜と聞こえなくもない。
寄生増殖型の宇宙生命体が飛び出してきそうな勢い出して鳴ってます。
あいつら、強酸性で蛍光グリーンの体液してるけど、考えてみたらイカとかカブトガニとかの血も青だし、血抜きすればあいつら食えるんじゃないかな、って気がする。見た目甲殻類っぽいし。
宿代節約の鹿足は、ここの宿で四本目。
今日の夕方には次の目的地、ドーナに到着ってなるんだけど、いまだにシグのおっさんから四十点以上を取れません。どうして『四十点』だけなのよォオオオ〜〜ッ!!
えー、大変見苦しいものを失礼しました。
が、それは今考えても仕方ないことなんで、背嚢と部屋の鍵を手に、一階に下りることにした。
鹿の赤ワイン煮込みの匂いに、焼き立てのバゲットの匂いまでしてくるもんだから、腹が鳴るったらありゃしません。
これにサラダと牛乳、果物まで付くとか、ここが天国か……!
一階に下りて、夜は酒場を兼ねる食堂の出口側、窓を左、十分なスペースを右に、壁を背にできるテーブルについて、シグのおっさんを待つ。
二階に続く階段と食堂内、宿の出入口まで一望できるオススメ席です。
適度に目立たない、モブ、雑魚、凡夫、そんな感じに気配と存在感を薄れさせるのも、今じゃ呼吸並みの作業ですわ。
今ならウェーラ規模の街ん中で、白昼堂々、衆人環視のど真ん中で、見知らぬ親父のヅラを誰にもバレずに剥ぎ取るくらいはできる気がする。しないけど。そもそもあるのか、ヅラ。
見るともなく食堂内をぼひゃーっと眺めていると、思考は自然と“あのこと”に流れていく。
シグのおっさんという手本を参考にしての“動作の最適化”と隠形の相互作用は、確実に出ているはず。
ということは、問題はそこではなく、別の場所にあるってことなんだろうけど、その場所がなぁ。
けど、その場所は存外近く、後は私が気付けばいいだけなのかもしれない。
考えながらも、脳には視覚情報が上がってくる。
意識しなくても視界に入ってくる雑多な情報を、だらだらと通過させていく。
……? あれ? 何だろう、何か分かりそうな……分かっていることに気付きそうな……あ。
あーあーあーあーあー。そうか、そういうことかリリン。謎はとべてすけた!
視界に入れてるだけでいい。意識して見ようとする必要なんかない。
うわすっごい悔しいんだけど。こんなことに三日も取られてたんかい。
だがしかし、駄菓子菓子。男子、三日会わずば刮目して見よと申しますぬ。
ふはははははは。私は四十点の壁を越えるぞッ、JO……じゃないシグのおっさん!
にしても……腹減った……減り過ぎて……くうくうお腹がなりました。
† †
夜更かし夜遊びもせず、早寝早起き。
手間もかからず、実に“いい子”だが、相当猫被っているな、あいつは。
身体ができていないせいで、今の戦闘スタイルは現状での最良であり、繋ぎでしかないと見るべきだろう。
それでも、あの歳で自分の戦闘スタイルについて、明確な像があるらしい、というのは正直驚いた。
あの子供と同い年でも、後見人付きでギルド登録するのはいる。
だが、G級の後見人付き新人の中に、自分の戦闘スタイルについて、明確な像を確立してるようなのはいない。そもそもG級で請け負える仕事は、街中での使いっ走りぐらいのものだ。F級に上がって、兎や鳩雉といった、探すのも狩るのも簡単な小型禽獣を街の周囲で狩るようになる。
成人の目安である十六歳での登録で、E級からのスタートだが、大抵は既に組む相手がいて、単独で依頼を受けることも滅多にない。
商隊の護衛依頼やら討伐依頼やらで、盗賊や魔獣と実際に戦うのは、D級に上がってからだが、そこでようやく、自分の戦闘スタイルというものについて、考えるようになるのがほとんどだ。
だが、あの子供には、漠然とした曖昧なものではなく、目指すべきものとして、明確なスタイルがあり、そこに至るルートが見えているのだろう。
それも、子供らしい夢物語ではなく、現実として、だ。
何より、強さに対する貪欲さがある。
ローナーとはさぞ気が合うことだろう。人でも魔獣でも、強い奴をぶん殴るのが生き甲斐という奴だからな、あいつは。
奴は、殴り返されることのリスクを理解しているが、肉体的な痛みに対する恐怖感が、呆れるほど希薄だ。
おそらくだが、あの子供も、痛みにビビって固まるようなことはないだろう。
ここ数日の行動から、そう踏んでいるが、大きく間違ってはいないはずだ。
……さて、そろそろ一階に下りるか。
子供が腹の虫を盛大に鳴き立てさせているに違いない。
腹の中に別の生き物が住んでいても、逆に納得できるぞ、あの食い気は。
食う量だけなら、既に成人並み……いや、それ以上か。成長期だから、で片付く量じゃないが、一体どこに消えているんだ、あれは。
晩飯の度に、何で酒じゃない、と恨めしそうにしていたが、一度くらいなら飲ませてやってもよかったか。
案外いける口かも知れん。
飯を食ったらすぐに出られるよう、荷をまとめて一階に下りると、同じように荷をまとめた子供が、テーブルに突っ伏していた。
選ぶ席が、“何があってもそれなりに対応できる”席なのは、最初からだったな。
気配の誤魔化し方が、日に日にこなれていくが、今は“別れて数分もすれば、どんな相手だったか忘れている程度に印象の薄い人間”に作っている。
始終仏頂面だが、この子供の面を考えれば、近付いてくるのは厄介事だろうから、選択としては間違っちゃいない。
あと十年もすれば、裸の女が部屋に雪崩れ込んできそうだが、色仕掛けに引っ掛かるようなタマとも思えない。
思えないが……ローナーに引き継ぐのは明日の朝だったな。
覚えておいて損はしない“男の作法”の一つでも、伝授してやるとしよう。
教えなくても、放っておけば勝手に覚えるだろう。
世の中の大半は女だ。それと上手に付き合う方法は、覚えておいて損はないからな。
その時、歴史が動く訳がなかった次話に続く。(ナレーション キー○ン山田)
……蒼〇航路の董〇のよーな巨漢マッチョが、丁髷チックに三つ編みお下げしてる絵面にときめいた挙げ句、ポジション殺られ役でもいいから出そう、と決めてしまいました。
いいじゃないか、益荒漢女ゲームだもの。




