十四撃目 時刻表との誤差が時間単位なのは世界標準
朝ってどのくらいまで朝なんだろ。
昼過ぎるとかはない、よな。さすがに、ねえ?
……と、思っていた時期が、私にもありました。
朝、街門に拾いに来いっつった以上、先に行って待ってるべ、と朝飯済ましてサコーさんと二人向かったのですが、待ち人は影も形もございません。ちなみに只今午前11時くらいだから、かれこれ三時間待ち。
放置されてる木箱に腰掛けサコーさんの、足元の吸殻の数と額の青筋が、スゴいことになってます。
吸殻のポイ捨てはあかんのとちゃいますか? あ、別にいいんだ。これもいわゆる文化の違いですかそうですか。まあ、アスファルトじゃなくて地べただしね、下。
正午になったらそこらの屋台で何か買って昼飯かな。兎と鳥は散々食ってるんで、豚か牛が食べたいです。魚でも可。
つか、さすがにその前にゃ待ち人来るべ、幾らなんでも。来るって言ってよバーニィ!
とにかくひたすらに暇なんで、街門を通って街を出てく旅人を何となーく観察してるけど、女の一人旅ってのはまず見ない。ガキ一人に至っては0である。
女だけの場合は二人か三人連れがほとんどで、その場合は、一人が旅人で、後は護衛、もしくは腕に覚えのある冒険者パーティーって組み合わせだ。
ウェーラのドナルーテ側で見かけた、女三人かしまし冒険者組も、それなりの腕だったんだろう。サコーさんよか確実に弱いだろうけど、女だけで旅ができる程度の腕はあるってことか。胸部装甲は伊達じゃない! ってか。
荷馬車は大体商人。それも多分、ある程度大きな店っぽい。荷馬車牽いてるのは速さ<体力みたいなモッサリした労働馬で、護衛の冒険者が歩く速さくらいの速度しか出してない。
身なりや何やから察するに、荷馬車持ちはいわゆる卸業とかじゃないだろうか。個人商店にゃ護衛付きの荷馬車で仕入れ、なんてコスパ悪いだろうし。
一番多いのは男の一人旅だけど、野郎ばっかのパーティーもたまにいる。うわむっさ! むさっ苦し! と思わず突っ込んだ私は悪くないと思う。
もう真剣に本気で軽巡洋艦。もといムサイ。男子校の体育会系部活動かっつー勢いで暑苦しい。
あ、冒険者とそうじゃないのの見分けは、武器を持ち、かつ、それを扱うことに慣れてるか慣れてないかで、何となーくできる。
後は体捌きとか気配? で、どの程度できるかも何となーく分かる。
妙に気負ってる若いのがたまにいるけど、あれは冒険者に成り立てなんだろう。そういうのと同年代でも、精神的な余裕があるのは、かなり早いうちからギルドに登録してるクチだな、多分。
羊が一匹羊が二匹、の気分で路上観察すること更に三十分、ぃやっっっとこさ待ち人がおいでになりやがりました。
サコーさんの額の青筋が、MAJIでブチ切れる五秒前です。
「よう」
紙巻きくわえて重役出勤で「よう」とか、私でなくてもイラッ☆ とすると思うんだ。
つか、歩き煙草とか、あっちじゃスペイン宗教裁判もんだよな。こっちでもそうなるのかなー……ま、私は嫌煙ヒステリーでも愛煙レジスタンスでもないからいいけどね、どうでも。
太陽が黄色く見えてそうな、何ともかったるそうな待ち人の風体に、サコーさんの額の青筋がひくついてる。
もちつけ父ちゃん、血圧上がるぞ。
「……お前の朝ってのは、随分と遅いんだな? ええ?」
まだ長い紙巻きをメメタァと真っ二つにして、コメカミをヒクつかせてるサコーさんに、待ち人は生欠伸を噛み殺しつつ、かったるそーな顔と態度をキープしたまま、
「悪ぃ。昨夜遅かったんでな、寝過ごした」
はい、枕詞は添えるだけ、の、ちっとも心の込もっていない「悪ぃ」、いただきましたー。
ナニがどほしてナニユエに昨夜遅くなって寝過ごしたとか、ボクコドモダカラゼンゼンチットモワカンナイナー。(棒読み)
未成年、しかも十歳未満の児童の手前、売春宿の娼婦と夜通し頑張ってきたってかいい御身分だなこの野郎、とは思っていても言えないサコーさん、器用に指向性プレッシャー放出中ですが、余波結構重いっス。
気当たり、ってのがあるけど、サコーさんの発してるプレッシャーは、指向性持たせて待ち人ピンポイントじゃなく全方位無差別だったら、気の弱い奴なら顔面蒼白、子供ならマジでギャン泣き+失禁するレベルだ。私はじいさまで慣れてるけど、普通の子供なら余波でチビんじゃね?
プレッシャーで熊に死を受容せしめたうちのじいさま人外マジ人外。解体用の包丁ひとつでひと狩り行こうぜ、は普通じゃなかったんですねー……。
あーだこーだと軽いジャブを打ち合ってるおっさん二匹をスルーして、空樽に腰掛けたまま路上観察を続けてると、おいこら何他人事みたいな面してんだ、とサコーさんに八つ当たりで、拳骨でこめかみグリグリかまされた。
ふっ、不意討ちとは……っ! 殺気のない攻撃は、これが怖いんだよな。
おお父ちゃんよ、八つ当たりとはなにごとだ、ジト目で見上げると、苦笑を浮かべたサコーさんに、
「……まあ、何だ。この野郎は、見ての通りのろくでなしのスケコマシだが、ドーナの街までのお前の面倒くらいなら見られる……はずだ。多分」
こめかみから離れた手で、わしわしと頭を撫でくらた。
うん、実に素晴らしい説明ありがとうございます。不安要素しか見えないですけど。はず、とか、多分、とか、仮定形かつ希望的観測ですよね?
つか、ろくでなしのスケコマシとか、たとえ事実であったとしても、当の本人前にしてモロリと言わなくね? 歯がフル・フロンタルですがな。オブラートさんがログアウトしてますよ。
言われた本人も、微妙に顔ひきつってんじゃん。
これで悪気/ZEROだからサコーさん怖いわー。
……? ドーナの街?
あ、ここの次の大きめの街が、ドーナってとこな訳ですか。
スターバトに着いたら、ここらの地方の地理をちゃんと勉強しとこう。うん。
そーいう勉強ってのはどこでできるか、それを調べんのが先か。
情報は力。それは世界が変わっても変わることのない、普遍の真理っしょ。
毒としても薬としても使えるけど、取扱い注意な点は、ニトログリセリンに似てる。
とか何とか、大分先の予定をあれこれ考えつつ、腰掛けてた樽から降りて、改めて待ち人、次の保護観察官を観察する。
サコーさんより15メルほど背が高い。
マフィアの売春部門取り仕切ってそうな、ある種の女を惹き付ける雰囲気のある、ダニエル・クレイグからストイックさを差し引いて、男の色気を二割増ししたような伊達男。
名前は確か、シグだったはず。
メインで使ってる武器は、多分だけど短剣……いや、大型のナイフだろうな。長物大物専門で振り回す筋肉の付き方じゃないし。だからって使えない訳じゃなく、使わないだけっぽいけど。
右肩が少し下がり気味だから、仕込んでるとしたらそっちだろう。右に仕込んでるってことは、左利きなんだろう。上着の前全部開けてるのは、だからだな。
……今の私と似た、暗殺向きの近接戦闘タイプ。ただし、私より遥かに洗練された対人戦闘技術を、この人は保有してる。
お遊びのじゃれ合いじゃなく、ガチの殺り合いになったら、最長二分でオワタだな。ひたすら回避に徹して、二分が限度。最終的にはこっちの回避行動予測されて、頸動脈かっ切られるか脊髄カットされるか心臓一突きか、とにかく急所に致命的な一撃貰って終了のお知らせ。
攻撃に徹した場合は、速さはこっちに利があるけど、リーチ、体重、実戦経験量の差で最長一分でアウト。
玉砕前提で手段選ばず、ナウマン象もコロリの猛毒含めて何でもアリアリ、なら何とかなるかもだけど、それでも超善戦して、即死の一発喰らわずに肉を切らせて骨を断つ捨て身の反撃で相討ち、に持ってこられりゃいいとこだし。
などと、つらつら観察していると、シグのおっさんと目が合った。
「……年季が違ぇよ」
ニヤリと口の端だけで悪っそーに笑う、その余裕がうらやま悔しい!
つか、何考えて観察してたか、しっかりばれてーら。あはは。
いやでも、面識ないに等しいけど、何やかやで一時的に組む相手前にした時、最初に観察るのって、普通、相手がどんな戦い方するかっしょ? その上で、共闘するにしろ敵対するにしろ、自分のスタイルとの相性考えんのが常識っしょ?
サコーさんの時も、ちゃんとその辺観察たし考えましたが、何か?
ま、どっちも結論は“何この無理ゲー”だったけどねー。
空の高さと海の広さを知ったからには、スターバト着いたら、鍛練メニューの組み直しは必至だ。
スターバトまでの間、できるのって精々が内部魔力使った負荷掛け二十四時間(睡眠中除く)ぐらいだし、下手しなくてもあれこれ鈍っちゃいそうだし、あのまま副街道ルートの方がよかったんじゃろうかー。
でもそうすると、いつまでも井の中の蛙だった訳だし……ってやめやめ! 若人らしく過ぎたことは忘れ、輝かしい未来に向かって生きようジャマイカ。
とりあえず、次のドーナの街までご面倒かける保護観察官である、シグのおっさんにご挨拶っと。
「ドーナまで、よろしく頼む」
頭を下げたら、次はここまで世話になった保護観察官のサコーさんに、お礼をせんと。
「ここまで、世話になった。……ありがとな、父ちゃん」
頭を下げて、大頬筋を全力で動かす。
大頬筋もっと動けよ……熱い血燃やしてけよ、熱くなった時が、本当の自分に出会えるんだ。だからこそ! もっと! 熱くなれよおおおおおおおお!!
おっと失礼、憑きました。
いやね、スマイル0円って無価値ってことじゃなくて、元値0円で世の中渡ってける対人関係の潤滑油って意味でプライスレスなんだと思うんだ。
けどね、あんくらい頑張らないと、私の0円スマイルは使用不能なんだよ。
神だか悪魔だか知らんが、転生させんなら表情筋の活性化と会話能力向上のオプションくらい付けろやドチクショウ。
大頬筋が肉離れしそうな負荷をかけた甲斐あって、サコーさんが、超ツンの犬か猫に初めてデレられた飼い主みたいになっちゃってます。うわあ。
んで、それ見て噴くの超堪えてるシグのおっさん。笑えば、いいと思うよ。
つか、何て言うの? 正に何このカオス状態。
……あ、正午の鐘だ。
腹減ったなー。あ゛ー米食いてぇー。
銀シャリ、豆腐の味噌汁、糠漬け、納豆、焼き海苔、鯵の開きに大根おろし、ビールと枝豆冷奴……っ!
関係ないけど市川家の卵焼きは、砂糖と醤油の甘じょっぱい系です。異論は認める。
炊きたてご飯に新鮮卵のTKGが食いたいです安西先生……!
って現実から目を背けてる場合じゃないか。
とりあえず、歩きながら食えるもんでいいわ。時間だいーぶロスしてるしさ。ねえ?
† †
すっかり“父親”が板についた同僚と、子供らしからぬ子供のツーショットは、微笑ましいと言えば微笑ましい。
ウェーラからイビまでの間に、随分と懐かせたもんだ。
それでも、踏み込み過ぎず、踏み込ませ過ぎない一定の距離を保っているのが、面白い。
次のドーナまでは、大人の足で四日だが、ウェーラからイビまで四日で来てるってことは、あの子供は、子供だからとペースを考慮しないでいい訳だ。
昨夜の宿での態度と言い、見た通りの中味じゃねえな、この子供は。
何より、他人を見る目が違っている。
真っ先に、立ち姿、体格から得物を探り、そこから戦闘スタイルを探った上で、そいつと共闘、いや、真っ先に敵対した場合を想定して、自分の行動とその結果を、頭の中で模擬実験していやがる。
相手は俺のようだが……どうやら結果が出たらしい。あの様子だと子供の惨敗のようだが、当たり前だ。
しかし、ドライゼの奴がちょっかいを出したがるのも、分からんでもない。
そこらの二流三流冒険者より、余程いい動きをする。
下手をすりゃあ、そっちの童貞卒業しているかも知れん。
子供の世話は面倒だが、この子供ならそう手間はかからんだろう。
放っておいても、勝手に生きていそうな図太さが伺える。
こいつは、思ったより愉快なことになりそうだ。
「おい、子供」
サコーに頭を撫でくられている子供に、声をかける。
昨夜と同様、フードを目深に被っているので顔全体は見えないが、微妙なやる気のなさが漂っている。
「何だ、おっさん」
頭にサコーの手を乗せたまま、間髪入れずに返してきた。
「ドーナまでの飯と寝床の面倒は見る。後は好きにしろ」
この子供なら、その程度で十分だろう。
犬か猫かで言えば、大山猫だ。
必要以上に構うことはせず、野放しにして眺めている程度が丁度いい。
「分かった」
子供が頷く。
一連のやり取りに、サコーが渋い顔をするが、生憎俺に子守りの技術はない。
そもそも、そんな技術を持ち合わせた奴なぞ、俺らの中にはいないだろう。
「出るなら、昼飯を食ってからにしよう」
言った子供の腹から、ぎゅる、と大層大きな音がした。
い……今はこれが精一杯……。(カ〇オストロの城)
いやもうグッダグダですみません。
いやね、最近ちょっと窓の外にね……ああ鳥が、丘の夜鷹が……るるるるるるる・んぐるい・んんんんん・らぐる・ふたぐん・んがあ あい よg




