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番外編2(前編)

三人称

 見知らぬ世界から聖女が来て半年。

 来たのはいかにも子供じみた少女だった。

 なんの因果か護衛に選ばれ、手を焼くカミロはため息をつく。今夜も彼女はやらかした。


 ○


「踊りを教えろください」

 意地っ張りな顔つきで、部屋に戻った彼女が言った。夜会服の裾を苛立たしさも露わに握りしめ、苦々しさを全身で表現している。

 夜会で失態を犯したのだ。挑発されるがままに受けた踊りで足をもつれさせ、転んだ彼女はいい笑いものであった。

 憤りに震える彼女を助け起こし、二人で抜け出してきたのが先ほど。そして部屋についたとたんにこれである。

「目にものを見せてやる! 見せてやる! 目玉吹き飛ばしてやる!」

「……ナツ様」

 カミロがため息交じりにつぶやくと、ナツと呼ばれた少女は気の強い瞳で睨んできた。

「それはもう、メドゥーサのごとき見せっぷりですよ。インパクト大ですよ、一目で効果はばつぐんですよ!」

 なにを言っているかはカミロにはよくわからない。負けん気だけは伝わってきたが、先ほどの今で、よくも元気が続くものだと感心する。あれだけの失笑を受ければ、しばらくは踊りなど近づきたくもないであろうものを。

「反復横跳びは得意でした。この調子で踊れるはずです」

「理解できません」

 それは文明度による格差だとか、民度の低さがなんだとか、ナツは意味のわからない主張をする。おそらくは元の世界の知識であるのだろう。しかし、これまで幾多の聖女から得た異界の情報から鑑みても、ナツの発言を理解するのは困難だった。

 こちらの世界が変化するように、あちらの世界も変わっているのだろうとカミロは解釈する。

「いくら一度悟りを開いた身とはいえ、凡愚に説法する気はないのですよ。理解しなくてもいいから、踊りを教えろください、はよ、はよ!」

 挑発するように、ナツは口も手も動かす。口は悪いが馬鹿にされている気がしないのは、ひとえに普段の彼女の言動ゆえ。小猿がいきがっているようにしか見えない。

 カミロはナツの姿を一通り眺めると、義務感をもってその手を取った。苦労知らずの小さな手である。

 彼女の立ち居振る舞いが聖女としてそれなりになるのなら、カミロにとっても不利益はない。


 ○


 やる気はあるが、それが上達につながるとは限らない。

 ナツの部屋で深夜の練習を開始して数日。カミロ自身、さほど踊りが得意ではないせいもあるだろう、じれったいほどにナツは上達しなかった。

 拍子の取り方や動きは悪くないのだが、なにしろ性格からして自分勝手である。人に合わせるのが苦手なのか、カミロは数えるのも諦めるほどに足を踏まれた。


「……別の者に頼みましょうか」

 すでに何度か踊ってみたが、相も変わらずの有様に、疲れて休憩を取ったときのことだ。

 ナツはお気に入りの椅子に腰かけ、汗でも掻いたのか、だらしなくドレスの裾を煽っている。そんな姿を見ながら言ったカミロの言葉に、ナツが身を乗り出して問い返す。

「別の者? なにを頼むのです」

「私より、もっと教えることに長けたものがおります。彼に学んだ方が、ナツ様も上達するでしょう」

 ナツはすぐさま表情を曇らせた。不機嫌も露わに足を組み、「いやだ」と即答した。

「なんのために夜に練習しているんですか。人目につかないためですよ。白鳥が水面下の努力を隠すように、鶏はとさかみがきを隠すんです」

 以前にカミロが言った鶏という評価を、ナツは存外気に入っているらしい。やかましくて鳥頭、という意味が込められていることを彼女は知らないのだろう。一方のカミロは、「とさかみがき」がどういうものか知らない。おそらく彼女の来た異界では、鶏のとさかは手入れをするものなのだろうと解釈する。

「我が最重要機密を知る人間など一人で十分。光栄に思うことです」

「…………私はいいのですか?」

「教える人間がいなくてどうしろと言うのですか」

 だから凡愚であるのだと、ナツはしかめ面で言った。彼女のふてぶてしさと見栄の張り方だけは称賛に値する、とカミロは思った。薄い胸を張る姿は、どことなくカミロの仕える主人を髣髴とさせる。

 もっとも、彼女の能力も器量も、主には遠く及ばない。未熟者の傲慢など滑稽なだけである。

「いいから次、はよ次、はよ」

 汗の引いた彼女は椅子から立ち、カミロを急かす。よくも夜中まで元気が持つものだ。

 億劫な気持ちを隠し、カミロは踊りの誘いを受けた。


 ○


 しかし残念ながら、ナツの最重要機密を知るものは一人ではない。

「カミロ。お前、聖女と深夜に逢引きしていると噂されているようだが」

「……笑えない冗談です」

 当の主人に言われて、カミロは苦々しく答えた。護衛という名のお守りを離れ、一息ついたときのことである。

 場所は神殿の外れ。王城へとつながる、鬱蒼とした木々の生い茂る裏通りである。人気はなく、鳥たちの鳴き声がかすかに聞こえてくる。

 現在、ナツは神殿内で儀式に駆り出されている。儀式の終わりまで神殿を追い出され、彼女の帰りを待つカミロの元へ、主人である第二王子がふらりと姿を現したのだ。一礼するカミロを見やりながら、第二王子は腕を組んだ。

「なにをしているか聞いた身としては、なかなか笑える噂だ。お前も面倒見のいいことだ」

「これでも護衛ですから」

 聖女の立場を利用して、それなりにうまい汁を吸わせてもらっている自覚はある。ナツは政治に対して興味も薄く、口出しをする気配はないが、信頼を得ておいて損はないだろうし――そんな風に考えながら傍にいることに、多少の後ろめたさもカミロにはあった。

「まじめな男だ」

 取り繕ったカミロの言葉に、王子はどことなくつまらなそうに答えた。

「あの聖女に対しては、まじめすぎるくらいだ。信頼どころか、お前のことを認識しているかすらも怪しいと言うのに」

 まさか、とカミロは思う。いくら鳥頭とはいえ、食事作法のときから考えても、もうずいぶんとナツとは護衛以外にも接触しているのだ。

「……殿下は、少し彼女に対して厳しすぎるのでは。顔を合わせるときも、いつも挑発していらっしゃいますし。……怒らせて失態を誘いたいのだということは存じておりますが」

「同情しているのか?」

 どうだろうか。王子からの挑発を受け、怒り狂うナツをカミロは思い浮かべる。怒るということはそれなりに傷ついてもいるのだろう。動物だって苛めれば衰弱するし、あれでもナツは人間の少女であることに違いないはずだ。

 図々しさとふてぶてしさを合わせたような彼女でも、このままではいずれ耐えられなくなる。そう考えると、哀れに思わないでもない。

「優しいことだな。まあ、同情してやるのも悪くはないだろうが」

 黙り込んだカミロに、王子は軽く肩をすくめた。難しい話は終わりというように、冷淡な表情をかすかに緩める。

「……あいつは、優しくするとつけあがるぞ。褒めすぎると怠ける。適度に挑発してやる気を出させてやるといい」

「はあ」

「怒りがやる気の元だ。神殿に染まる前に、うまく育ててやれ」

 それにしても、王子の挑発は度が過ぎているように思われた。

 しかし、それを指摘する前に聞き慣れた声が耳に入った。


「そこな護衛! 私を置いて外に出るとは何事ですか!」

 鳥が飛び立つ。見れば、足音も荒々しく駆けてくるナツの姿である。「迷子になるでしょうが! 危うく神殿内ホームレスになるところでした!」と怒りもあらわな叫び声がやかましい。

「申し訳ありません」

 カミロが向き直って謝ると、ナツは足を止めふんぞり返った。

「ごめんですんだら警察はいらないのです」

 彼女の発言の大半は、カミロには理解しがたい。

 返答に窮していると、カミロの背後から王子が覗き込んだ。ナツの姿を一瞥し、組んだ腕を解く。

「さて、私はそろそろ戻る」

 その言葉で、ナツもまた王子の存在に気がついたようだ。目を見張ってカミロの背後の姿を見やり、肩を強張らせる。

「なんで殿下が。なんの話をしていたのです」

「お前には難しいことだ」

「私に理解できないと言いますか!」

「ああ」と当然のように王子は答えた。「人間の会話を、猿に理解できるよう説教するつもりもない」

 猿にするのはしつけがせいぜいである。王子の言葉にナツは拳を震わせた。

 どこかで聞いた言葉だ、とカミロは思った。


 ○


 怒り心頭に達し収まらず。

 王子のいなくなった裏道で、ナツは憤りに体を震わせていた。足で地面を蹴り、口からはとめどなく憎しみの言葉があふれ来る。そのどれもが主人に対する罵りであれば、カミロとしても捨て置けない。

「ナツ様、お言葉が過ぎます」

「足りん!」

「殿下は私の尊敬する方です。あまり無礼な口ぶりは聞き捨てられません」

 少し声音を低くすると、ナツは一瞬だけ言葉を止めた。カミロを見上げ、訝しげな視線を向けてくる。

「なんですと。あの悪魔を尊敬。悪魔を!?」

「悪魔」

 カミロはナツに視線を返す。口を開けば、自身でも思いがけないほど苛立った声が出た。

「殿下が悪魔と?」

「む」とナツが怯んだようにうめいた。

「あれが悪魔以外のなんとする。悪魔に味方する気ですか、私の護衛のくせに!」

 それでもまだ反抗するあたりはさすがである。カミロは彼女に対して同情したことを後悔する。

「たしかに護衛ですが、私はあなたに仕えているわけではありませんので」

「無礼者! 私に対するなんたる無礼!」

 怒りがはじけたように、ナツは声を荒げた。

 カミロの肩よりも小さな身長を、少しでも大きく見せようというのだろうか。ない胸を反らしてカミロを睨み、人差し指を突きつける。興奮しているのだろう、顔も赤く染まっていた。

「前々から思っていたけど、護衛のくせに態度がでかすぎる! この無礼者! 凡愚! 貴様、名を名乗れ!!」

「…………は?」

「名を」

「私の名前を…………知らないと」

 下郎の名など覚えるに値しない。ナツはそう言って、いくら反らしても変わらない胸をさらに反らした。

 護衛として傍にいたことも、何度となく夜に邂逅したことも、彼女にとってはその程度。信頼など、後ろめたさなど考える自らの方が愚かだったのだと、カミロは理解した。


 ○


 名前を伝えると、わずかに怒りを和らげたナツが暗唱する。

「カミロ………………さん」

「さんは不要だ」

「その態度、悪くないですか」

 不満を込めてナツがカミロを見やる。

 どうせ記憶にも残らないのだ、敬えない相手に無理に敬語を使う必要もないだろう、とカミロは口を曲げた。無論、だからといって口調を崩すなど、いつものカミロならしないはずだ。ナツの王子への侮辱に、思った以上に腹を立てているらしい。

「元からこんなものだ」

「元からそんなものだったっけ?」

 訝しみながら眉をしかめ、ナツは首を傾げた。「元からそんなものだったような」と適当なことを言い出すあたり、やはりカミロの存在など記憶の端にもかかっていないようだ。おそらくナツにとって食事作法も踊りも、教える相手自体は彫像とそう変わりがない。

「護衛のくせに敬語も使えないとは。しょせんは三流と言うこと」

「お前に言われたくない」

「私は、相手に合わせて言葉を選んでいるからね、仕方ないね」

 それはこっちの台詞である。図々しさもここまでくれば感嘆する。うんざりと頭を振り、カミロは息を吐いた。


「そんな不快な相手であれば、夜はもういいだろう。踊りの上手い者を紹介する」

 そろそろ城に戻るように促しつつ、カミロは言った。ナツの長い口上と口論に時間を奪われ、すでに日が陰り始めている。夜に向かう風が木々を揺らし、虫が羽ばたき始めた。

 涼しい風に体を震わせ、ナツも素直にうなずいた。

 もっとも、素直であるのは戻ることに対してのみである。裏通りを歩いて戻りながら、ナツは例によって反発する。

「同じことを言わせないでほしいですね、凡愚が!」

 凡愚という言葉を気に入っているらしい。無理にでも差し挟もうとして来る。

「人に知られたくないと言っているんですよ、私は」

「だが、俺は踊りが不得手だ。態度の悪い踊りの下手な凡愚から習うよりも、その方が上達するだろう」

「その程度のこと!」

 カミロの横を歩きながら、ナツは腰に手を当てた。相も変わらずの根拠のない自信に満ちた態度である。

「私にとっては軽いハンデです。逆境でこそ輝く私です。か……か……あなたが無礼者の不埒者でセンスもない愚かも……凡愚であろうと、人並み以上の成績を残しましょう」

 どうやらまだ、カミロの名前を覚えていないらしい。風に頭を冷やされ、冷静さを取り戻したカミロは安堵する。無礼を働きすぎた今、彼女の鳥頭には感謝しなくてはなるまい。明日には忘れているだろう。

「では、ナツ様はこの後もまた俺と踊りの練習をすると?」

「当然です!」

 力んだようにナツは言った。実際、歩む足に力が入り、荒く息を吐いて力んでいる。

「こんなスローダンス、即刻覚えてみせましょう。私を笑った貴族どもの目玉が弾けますよ! ついでにあなたの態度も改めさせます! 私の華麗なダンスステップにひざまずいて、今までの非礼を泣いてわびることになりますからね!」

「……それは結構なことで」

 いきり立つナツを横目で見ながら、カミロは呆れて言った。

「踊りが覚えられるなら、名前くらい簡単に覚えていただきたいものですが」

「私は有用なものしか覚えないのでね、仕方ないね!」

 食事作法は覚えても、名前は憶えなかった。ナツにとってカミロの有用性など、一時の作法に劣るのだろう。

 カミロは苦々しく口を結んだ。

 たしかに、彼女の見栄に由来する努力もまた、称賛に値する。たとえ登るべき山の周りを全力で駆け回るような、無駄な努力であったとしても。

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