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 恐怖に打ち震えることほんのわずか。

 私はすぐに腕を引かれた。さすがのエンカウント率二倍である。

「お久しぶりですわ。さあ、こっちへ」

 と言ったのは、胡散臭さの代表格。諜報班の女であった。上品と質素を兼ね備えた飾り気のないドレスで、いつもの謎の微笑を浮かべている。手には小さなランプを持ち、弱い火が頼りなく揺れている。

 驚きに目を見開く私をさておき、彼女は私を城壁まで導いた。

「裏からこっそりと中に入りましょう。殿下がお待ちですわ」

「殿下が?」

 あの悪魔と、私の手を取る彼女に果たしてつながりがあるというのか。秘密親衛隊とは王子とは無縁の非公式組織ではなかったのか。それとも彼女自身が別枠として、胡乱な王子の胡乱な手先であるというのか。

 城壁沿いに歩きながら、私はひたすら疑問をこねくり回していた。そして練りに練られた疑惑の粘土が造形美を醸し出しはじめたところで、その気配に彼女も気が付いたらしい。先導しながらも首をひねり、私の姿を見て言った。

「どうかしましたか?」

 あなた誰ですか。


 心底抱き続けてきた疑問をぶつけると、彼女は一瞬にして破顔した。吹き出しさえした。多少の馬鹿にした視線も感じた。怪しい人物に唐突に嘲られるとはこれいかに。

 怒りと驚きをないまぜに彼女を睨めば、「ごめんなさい」と素直に謝られる。うむ、わかればよいのだ。

「ナツ様、気づいていらっしゃらなかったのですね。秘密親衛隊なんて、存在しないんですよ」

「なんですと!?」

「殿下が、そんな怪しい組織の存在を許すはずがないじゃないですか。全部ただの噂だけなんですよ」

 流したのは私ですが、と言って彼女はやはりけらけらと笑った。この小悪魔じみた笑い声に、私は王子の気配を感じた。この女、悪魔に魂を売り渡した使い魔に違いない。

「それなら、ショウコちゃんへのあれやこれやはいったいなんだったんです」

「いたずらしたのは私ですわ」

 彼女は妖艶にほほ笑んだ。いたずらの意味を誤解しそうである。

「他の方が行動を起こすための、きっかけを作ったんですよ。最初は私だけでしたが、だんだんと腹に一物抱える方が参加して、それにひどくなっていったでしょう? 殿下はそういった方のあぶり出しをしようとしていたんです」

「ショウコちゃんを使ってですか!」

「使えるものならなんでも使うんですもの。あの方らしいですわ」

 鬼だ。悪魔だ。やはりあの男、地獄の底からやってきた大魔王であった。神殿の小悪党など目ではない。森林伐採のあとには、魔王討伐もしなくてはなるまい。

 しかし詰みゲーでレベル上げもままならないまま、これから魔王城に向かうわけである。私は頭を抱えた。

「それで、それじゃああなたは何者なのです」

「私ですか」

 彼女は私の問いに目を細め、これはしたりと立ち止まった。待っていましたと言わんばかりに振り返り、ドレスの裾を摘み上げ、優雅な一礼をする。

「私、宮廷魔術師ですの。以降、お見知りおきくださいませ」

 このときの私の驚きたるや。


 ○


 宮廷魔術師の魔術とは、神殿の胞子たちの桃色思考とは違って、たいそうなことはできないが小回りが利く。重戦車と軽自動車の違いみたいなものである。重戦車はおそらく痛戦車であるだろう。

 物を隠したり、気配を消したりがお手の物。事実、彼女自身もさることながら、宮廷魔術にあてられたベニートも神出鬼没の怪人物と相成った。それはすべて魔術の仕業であるという。諜報にはうってつけなのだとか。


 私はしみじみと彼女の姿を眺めた。女性魔術師というのも驚きであるが、それ以上に神殿魔術師との雰囲気の違いに唖然とする。

 神殿が腐海と言うのなら、宮廷は一陣の風が吹く草原である。ドムとザクほどの違いもある。宮廷に入れば実にスマートな魔術師となれるはずだったのに、腐海の男連中は、なにを人生間違って、あんな穴の中に潜ってしまったのか。

 あたり一面凝り固まった男の気配しかなく、話す内容は男の妄想ばかりで、育む友情の相手は偏向的な男ばかり。

 かたや王宮では美人魔術師がいて、清潔なドレスを着て、華やかな夜会にすらも参加する。あまりにみじめな対比に、他人事ながら涙が浮かぶ。


 しかし私の同情は横に置く。現状、男たちを思って泣くための涙はない。この涙は残念ながら、すべて帰還後の私自身が流すためのものなのだ。


 ○


 城壁沿いの裏門は両開きの鉄扉で、傍には見張りの兵が二人ほど、どことなく気張った様子で立っていた。

 彼らは私と彼女の姿を見かけると、すぐさま腰の剣に手をかける。今まで見てきた、サボタージュはびこる王宮の怠慢な兵士とはえらい違いである。まさか役立たずどもは一新されてしまったのだろうか。

 彼女は剣を構えた兵たちに対し、何気ない様子でランプをかざした。兵たちは訝しげにランプを見上げる。彼女の形良い唇が、意地悪く笑んだのが見えた。

 瞬間、ランプの火が揺れて弾けた。目の前が白くなる。


 なるほど、これが魔法なのかと私は納得した。そして自らの両目を押さえて悶絶した。

 強烈なフラッシュであった。イワヤマトンネルが光に照らされるのも道理である。電気ねずみの恐ろしさよ。

「行きますよ、ナツ様」

 彼女はもだえ苦しむ私を気にも留めず、手を引いて歩み出した。私の視界は晴れず、いまだに脳裏にまばゆい白光が明滅している。先ほど取っておいたはずの涙が、今は惜しむことなく流れていた。滂沱の涙は濁流となり、世界を押し流しているに違いない。残念ながら現在目が見えないが、間違いない。

 ひどすぎる。なんたる強行突破であることか!

「あまり顔を見られたくないんですもの。魔術師とは影に生きるものですわ」

「私の視界が影に覆われています」

「そのうち治りますわ。さあ、早く」

 こっそりとはなんのことだったのか。無責任なことこの上なし!


 ○


 なにやら城内は物々しかった。

 博打と女にうつつを抜かす、今昔変わらぬ駄目人間を体現したような兵たちは、今は影も形も見えない。誰も彼もがぴりぴりとほとばしる緊張感でもって警戒し、目を光らせている。

 その光る目よりもまぶしいフラッシュで兵士を退け、彼女は私を連れてどこぞへ導こうとしていた。

 もはやここまで来たら、私の顔も兵たちの知るところであろう。どうしてわざわざ魔法で人目を避ける真似をするのか。

「趣味ですから」

 これはひどいと思った。


 ○


 彼女に連れられて行った先は、人気のない北の回廊だった。

 いやな記憶の湧き上がるこの回廊。どうしてこんな場所へ連れてきたのか。

「人目があるとまずいんです」

「まずいとは?」

「ナツ様はカミロ様のところにいて知らないでしょうけど、いろいろあったんですよ」

 と言いつつ、彼女は回廊の一室に私を放り込んだ。


 部屋には火が灯されていて、浮き立つ埃と混ざってやや焦臭かった。

 ここももとは客室だったのだろうか。暖炉とテーブルセットが一式に、ソファもきちんと備え付けられている。

 しかしそれらを仔細に観察する前に、私は椅子に座る懐かしい姿に目を奪われた。

「ナツさん!」

 椅子から立ち上がり、唖然と立ち尽くす私に向かって駆けてくる。そのまま勢いよく私の胸に飛び込んで、固く抱きつく少女を見やり、私はつぶやいた。

「ショウコちゃん」

「よかった。無事だったんですね。ナツさん、ナツさん!」

 それはこちらのセリフである。

 私もまた彼女を抱き返し、その感触の確かさに涙した。この調子だと、元の世界用の涙が品切れになりそうである。

 しかし惜しみはするまい。私のつつましい胸に顔を押し付け、震えるショウコは温かかった。


 ○


 しばらく泣いた後、ショウコは顔を上げて私を見た。

「ナツさんがいない間、大変だったんですよ」

 そのナツさんも大変な事態だった。貞操的な意味で。

「すごく、大変だったんです。私もまた狙われましたし……それに、王子様が」

 ショウコは言いながら、ちらりと背後を見やった。

 追って目をやり、私はそこで初めて、ショウコ以外に人がいることに気が付いた。

 赤毛の護衛は壁際で相も変わらず駄犬めいて立っており、ソファには仇敵である悪魔が座っていた。悪魔もまた常日頃から揺るがぬ冷徹無表情をつらぬいているが、その様子が少しおかしい。片腕を力なく投げ出しているのだ。

「王子様が襲われたんです!」

 なんだその主人公イベントは! 私の知らないうちになんたること!?

「お城の中に手引きした人がいるとかで、王子様、怪我をしちゃって……!」

「たいしたことではない。そのうち治る」

 驚きと困惑入り混じる私とショウコの間に、感情のまるで見えない王子の声が割って入った。この聞くも腹立たしい低音も久しぶりである。二度と聞けぬように、次の襲撃の際は声帯を狙うように要求しよう。

「腕の一本くらいくれてやるつもりだったが。これで大義名分もできた。安いものだ」

「王子様!」

 ショウコは王子に向き直ると、心配を怒りに変えた声で言った。

「安くなんかない! そんな言い方しないで。私、無事で本当に安心したんだから!」

「……憎まれていると思っていたが」

「憎んだりなんて……憎いけど、でも!」

 王子の視線に目を伏せ、ショウコは胸を押さえた。

 そんな様子を状況にそぐわず面白くないと思うのは、私と赤毛が駄犬たるゆえんである。

 二人の姿は正視に絶えず、逃れ逃れて目をやれば、壁際の赤毛も同じ顔をしていた。そして顔を見合わせ、内に沸き立つ憤怒の念を交換する。やはり盟友。名も知らぬ魂の友よ。

 まったく、我が誘拐事件前までの、二人の険悪な姿はどこへやら。雨降って地固まるとはこのことだろうか。

 雨が降ってぬかるみに変わる地面はどこだ。泥団子投げてやる。

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