16
やるといったからには有言実行がモットー。
有言不実行の現実はさておき、とにかくやったのだと詭弁が立つ程度の既成事実を作るのだ。事実としてなにか解決できたわけではないとしても、やるにはやったと胸を張って言えさえすれば、世はこともなし。私の頭上に太陽は上り、星は私を中心にめぐる。現代の天動説を体現できるだろう。
むろん、隠密行動であるということも忘れてはならない。敵がこの素晴らしい調査能力を知れば、はや打つ手なしと強硬手段に乗り出すはずだ。
それだけは絶対に避けねばなるまい。我が身の損失は、日本だけの損失に留まらない。私がいなければ、この先世界の発展は数世紀遅れることになるだろう。
人目を忍びつつ、調査も十分に行わなくてはならない。
この難しい任務、心して挑むべし。
○
夏が過ぎ、涼しい風が肌をなでる季節。夏の虫はばたばたと落ち、木々は奮起し葉先の色を変え、天は高く馬も肥ゆる。そろそろ衣替えにと侍女たちが駆けずり回る秋である。
さらに、現在はショウコの身辺警護強化月間。城内はいつもに増して慌ただしく、人の出入りも激しいようだ。
おかげで調査には苦戦を強いられた。うっかり誰かに鉢合わせると、「おやナツ様、今日も極秘任務中ですか?」などと尋ねられてしまう始末。
まったくこの城の人間ときたら、極秘という言葉をなんと心得る。秘密をやすやすと口にするようで、王宮勤めが務まるものか。
私が王であったならば、神殿だけではなく王宮も改革せねばなるまいな!
などと憤りの日々を過ごす間にも、ショウコへの地道ないやがらせは止まなかった。
幾重の護衛網を潜り抜け、届く不幸の手紙にトゥシューズの画鋲。調査をしても犯人は挙がらず、犯人の痕跡さえも認められず、護衛たちは役立たずの名をほしいままにした。
いったい犯人は何者であるのか。これも秘密親衛隊の仕業なのか。
謎は深まるばかりだった。
○
調査の基本は足である。
安楽椅子探偵も捨てがたいが、部屋で考えていても瞑想のちの睡眠という安定の結末を迎えるだけであったため、足に切り替えた。
そして現在、私の代わりに安楽椅子に座るのが王子だ。王子があれやこれやと調査の指示を出し、私は唯々諾々とそれに従う。王子の言葉の向くままに、私は人々から聞き込みをし、使われていない部屋に人の痕跡がないかを確かめた。
時にはサボタージュとしけこみつつも、王子の手下として使われるこの日々、そもそもの原因は王子の奸智にあるという事実は横に置いておく。とりあえずは忠実な犬のふりをして、いざ下剋上の機会が訪れたなら、鮮やかに手のひらを返そうというのが私の魂胆なのだ。
しかしそんな機会は訪れず、横に置いたままの事実はすっかり忘れ去られ、相も変わらず私は忠犬であった。
○
犬も歩けば棒にあたる。
あまり役立っているとは思えない調査と聞き込みに、城を縦横無尽に駆け巡っていると、珍しい人物に会った。
「あらごきげんよう、ナツ様。お久しぶりですわ」
イレーネであった。犬も別にあたりたくて棒にあたるわけではない。
王宮、北の回廊。日当たり悪く、あまり人の訪れない部屋の並ぶ通路を、いざ調査と意気込んでいたときの邂逅である。
昼間にイレーネと会うのははじめてだった。
さすがに、昼の彼女は夜会の扇情的な姿とは違う。茶色の髪は上品にまとめ、清楚で幾分動きやすそうなドレスを着ていた。こうして見るとまともな令嬢であるのだが、胸元はやはりけしからん。わしづかみにしてちぎって投げたくなる。
日が高いうちから、なぜこんな鬱屈とした感情を抱かねばならぬのか。
私は主に彼女の胸を眺めながら、この偶然の出会いを恨んだ。
○
実家住まいのすねかじりであるイレーネは、なにかイベントでもない限り王城に出入りをすることはない。
きっと今日はお茶会か、なにやら退屈な鑑賞会か、それに類するものでも開かれているのだろう。イレーネはそれに誘われホイホイ来てしまったのだ。迷惑なことこの上ない。ようやくいつも絡まれる夜会から逃れられたというのに、とんだ災難である。
「ごきげんよう」
義務感を持って私はあいさつを返したが、イレーネはまったく聞いてはいなかった。先ほどから誰かを探すように、私の周囲に視線を配り続けている。
残念ながらいくら見回しても、彼女の求める人物はいないだろう。
「……カミロ様はいらっしゃいませんの?」
「いらっしゃいませんの」
代わりにいるのは、例の赤毛の護衛である。彼は私の背後で、あまり興味もなさそうにイレーネの姿を眺めている。
「そちらの方は……聖女様の護衛の方ですわね。どうしてナツ様と一緒に?」
訝しげにイレーネが言った。
なるほどその疑問はもっともだ。最近はこの赤毛、私の調査に同道してばかりいる。聖女の護衛はどうしたと言いたいのだが、彼は断固として調査から抜けようとはしなかった。
それというのも先日以来、すっかり王子の口車に乗せられているせいだ。神殿の頂点に立つ聖女の護衛がこうも安直な人間とは、嘆かわしい限りである。もっと思慮深さを持つべきだ。たとえばそう、私のように。
こうした諸事情をイレーネは知らない。
私と赤毛の護衛を渋い顔で眺めると、不快感と喜びと疑いの入り混じった、なんとも言えない声色で言った。
「さすがナツ様、奔放でいらっしゃること」
たいそうな誤解である。
「……そう、それで近頃、カミロ様はお一人でいらっしゃるのですね。今まではずっとナツ様とご一緒でしたが、ここ数日はお二人でいる姿をまったく見かけませんものね。……おかわいそうに。なぐさめて差し上げないと」
胸の前で両手を合わせ、イレーネは目を伏せた。
その表情には、はじめの内こそ私に対する不快感が見え隠れしていたが、次第に喜びに取って代わられた。
「いいえ、それともカミロ様が、ついに目を覚ましてくださったのかもしれませんわ。いくら聖女様でも、その地位を降りればただの人。それなのに、相手も決めずに殿方を渡り歩くなんて、あまりに浅慮というものですわ。……ああ、いえ別に、それがナツ様とは言っておりません」
浮かれ気分のイレーネは、すっかり饒舌である。
「最近、城下のお屋敷にも戻られているのもそういうわけだったのですね。きっと、近いうちにカミロ様のお屋敷で夜会が開かれますわ。ナツ様は……呼ばれるといいですわね」
イレーネが暗示するのは、夜会とは名ばかりの嫁さがし。果たしてカミロが開催するだろうか。あの顔で女の影がろくに見えないカミロ。いい加減ホモという噂がたってもおかしくない。と思ったが、そういえばすでにたっていた。この王宮は腐っていたのだ。
いやいや、その疑問もさることながら、もう少し気にかけるべきところがある。なぜイレーネはカミロが城下の屋敷に戻っているのだと知っているのか。私は城下に屋敷があるということさえ知らないというのに。
「カミロ様をよく見ているからですわ」
私の疑問に、イレーネは胸を張って答えた。なるほど、ストーカーとはこのことか。
「愛しい人のすべてを知りたいと思って、なにが悪いというのです?」
そして開き直った。さてはこんな辺鄙な場所にいるのも、カミロを探して迷い込んだに相違ない。カミロも厄介な人物に好かれたものである。
久しぶりのイレーネは絶好調だった。特にカミロを連れていないということは、彼女にとって大いに力になったらしい。
対する私は、長く夜会を離れての再戦。ブランクを感じずにはいられなかった。笑顔にキレがない、返答に色気がない。舌戦は劣勢の一途をたどる。
私がまごまごしているうちにも、イレーネは攻撃の口を休めない。
「今の聖女様――ショウコ様は、とても素晴らしい方だそうですね。みんな噂しておりますわ、前の聖女様と比べて、と」
いや然り。
「聖女様を辞められてから、いまだに城に残られる方なんて初めてですわ。いったいこの先、どうされるのでしょう」
いやはや然り。
「いつまでも養ってはいられないですもの。いずれは出ていくしかありませんわね。同情いたしますわ」
然り、橋の下である。ダンボールハウスの作成について学ばなくてはなるまい。仕方ないからダンボールでザクでも作ろうかと思う。
「……それとも、今度はそちらの方と上手くやるのかしら。生まれが生まれですものね、お似合いですわ」
然らない。
「ナツ様の奔放さには、私、感心します。でも、これでカミロ様もわかってくださいましたわね。もうすっかり距離も置かれているみたいですし」
イレーネは満足したように息を吐いた。バトルフェイズの終了であろう。
つまり次は私のターンである。反撃の機はここにあり!
私とイレーネの背後では、赤毛の護衛が飽き飽きした表情を浮かべていた。無粋な男にこの戦いはわからぬ。
「たしかに、最近はカミロと行動することはありませんね」
私が言うと、イレーネは満面の笑みで頷いた。
「でも、夜には部屋に来ます。毎日来ます」
その表情のまま凍りついた。
「……夜?」
「夜です。我が物顔で部屋に入ってきます」
「な、なにをされているのです?」
「夜に部屋ですることと言ったら、決まっているでしょう」
○
夜することといえば、当然のように定例報告会である。その日の終わりに、一日あったことを振り返り、カミロに報告するのだ。
イレーネの言葉は半ば事実、カミロはたしかに、以前のように私につきっきりではなくなった。おかげで監視役のくせに、自ら監視せずにこんな姑息な真似をする。
カミロには失望した。勤勉実直を絵に描いたような私は、彼の職務への怠慢さには眉をひそめる他にない。私が包み隠さず話すから良いようなものを。相手が相手なら、カミロは騙されごまかされ、窓際部署へ異動の末の辞表提出ものである。
しかも監視を放り出して何をしていたかといえば、イレーネの言うことには実家に帰っていたらしい。これは職務放棄である。王子に報告せねばなるまいな。奴の給料からサボった分だけ天引きするのだ。
天引いた分は、報告料として私に寄こしてくれても構わない。
○
という私の心中をイレーネは知る由もない。彼女は私を見てわなないた。
どうやらイレーネの勝利はまだ遠いようである。
私は敗北を知りたい。




