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 ショウコの近くを離れるな。

 などという命令を聞いた耳の裏も乾かぬうちに、私と護衛は我先にと犯行現場に乗り込み、調査を開始した。

 しかし現場はすでに衛兵たちによって蹂躙され、ろくな収穫がなかったので割愛する。その後の調査も特に目新しいことはなかったので割愛する。

 ではなにを割愛しないのかと言えば、今後の調査の方針である。


 頭脳派の私が指示を出し、肉体派の護衛がそれに従う。調査をするにあたって、自然とそう役割分担がされてしまったのは仕方がないと言えるだろう。

 パラメーターを体力全振りの脳筋には、頭脳労働なんて到底かなわない。調査すなわち殴り込み。放っておけば聞き込みでさえ、威嚇、脅し、暴行未遂等、種々の犯罪に手を染めようとする護衛を、必死に止めるのも一苦労だった。実に短絡的である。さすがの私も、ほとほと愛想が尽きるというものだ。

 ならば私が、彼を上手に使ってやらなければならない。それが理性的な文化人の使命なのだ。

 果たして私に頭脳派が務まるのか。お前も自他ともに認める馬鹿だろう。という意見は却下だ。まず第一に、馬鹿は馬鹿でも私は賢い馬鹿である。そして第二に、務まるか務まらないかではない。務めてみせるのだ。


 現状、王城内における私の評価は、退役聖女ということを差し引いても低い。それは認めざるを得ない。ショウコに対する期待と、私に対する期待が明らかに違うのだ。

 事実として、ショウコは私よりも顔は良い。頭もいい。勤勉であり、他者に対して親切だ。当然のごとく城中がショウコを褒め称え、まつり上げる。

 実にうらやましい。けしからん。顔と中身が良い人間をまつり上げてなにが楽しい。そんな当たり前の事しかできないから、この世界は中世以前で文明が止まったままなのだ。

 もっと斬新な発想を! そして私に光を!

 だがしかし、そんな義憤を心に秘めたまま、黙って見ているだけではなにも起こらない。


 これはチャンスなのだ。ここで犯人を追いつめれば、失墜した私の地位を取り戻し、称賛と信頼、そしてショウコからの熱烈な感謝を得ることができる。

 今こそ、おそらく私の身の内に眠っているであろう、膨大なポテンシャルを目覚めさせるとき。私の手にかかればきっと事件の真相が見えてくるはずである。たぶん、この先すごい発想と頭の回転を見せるだろう。数学は得意だったのだから、論理的思想が無きにしも非ず。いつか才能が開花すると信じている。

 すなわち、私が頭脳労働を担当したのは、必然と言えよう。


 希望的観測に希望的観測を重ね、体の奥底に深く沈み込んだまま見えてこない才能の目覚めに期待しつつ、私はその日の調査を終えた。


 ○


 夕食を済ませ、特にすることもなく瞑想という名の妄想に耽っていたころ、部屋にカミロが訪れた。

 神殿へ向かう道すがらで別れて以来、顔を合わせるのは久しぶりだった。というのに、カミロはいつも変わらぬ不機嫌な表情で、私の部屋に無遠慮に入り込む。勝手知ったる様子で適当な椅子に腰を掛けると、ベッドの上で胆力を鍛える私をじっと眺めていた。

「なんじゃい」

 たとえ頑強な精神であっても見られていては落ち着かないし、そもそも頑強な精神でもない。私は妄想の世界から現実に引き戻され、居心地悪くカミロを見た。

 勝手に淑女の部屋に入って来るとは。着替え中だったらどうするつもりだ。

 そう言うと、カミロは首を横に振った。

「淑女ではないし、お前は一人で着替えもできないだろう」

 それはドレスを着せる方が悪い。


 妄想の強制終了に遭い、私は仕方なくカミロに意識を向けた。

 カミロはベッドから一番近い椅子に座っていた。手を伸ばせば届く距離だが、伸ばさねば届かない距離だ。そこで足を組み、なにか考えるような顔つきで私を睨んでいた。元の顔の無愛想さも相まって、竦むような威圧感がある。

 そんな怖い顔で、いったい私になんの用がある。もしも喧嘩を売る気なら、たとえカミロが相手でも容赦はしない。全身全霊で逃げる。

 胸を張りつつ恐れおののく私に、カミロはばつが悪そうに目を逸らした。

「……お前、今日はなにをしていたんだ?」

「今日?」

 さてはプライベートの詮索であろうか。護衛から監視に転職したからには、日々の行動を逐一把握しなくてはならないのか。それならここ数日の監視放棄はとんだ失態だ。

「妙なこと聞きまわっていただろう、あの聖女の護衛と」

 逸らしていた視線を再び私に固定して、カミロは言った。

「怪しい人物だとか、親衛隊だとか。なにを調べていた?」

「…………重大な使命である」

 私はベッドの上で姿勢を正し、声を潜めてそう言った。王子からの直接命令とあれば、これは機密調査と言える。日本で官房長官に依頼されるようなものだ。

 カミロは案の定、「はあ?」という顔をした。事の重大さがわかっていないようだ。

 仕方がない。私が教えて差し上げよう。

「これは秘密だから、国家機密だからね」

 いいか、誰にも言うなよ、絶対だぞ!


 ○


 かくかくしかじか四角いムーブ。

 私はありのまますべてを伝えた。親衛隊の恐ろしい陰謀と、ショウコに向けられた敵意と、王子による極秘任務。すべては秘密である。決して誰にも言ってはいけないのである。ゆえに、カミロの口から秘密が漏れることがないように、私は深く深く念押しした。


「……またお前は殿下にそそのかされたのか」

 人聞きの悪い。

「今まで殿下を苦手としていたくせに、どうしてそう簡単に言うことを聞く」

「信頼されているから仕方ないね」

 私が言うと、カミロが徹底的に渋い顔をした。

「利用されているだけだ」

 つまり利用価値がある。価値がある。なるほど私に価値があるということか。褒め言葉であるな。

「……馬鹿」

 なんだと!

「どうしてそうまで殿下にのせられるんだ。殿下の態度が変わった理由がわからないのか?」

「わからん!」

 私は聖女の証たる、ない胸を張った。カミロの顔から浮かぶ渋みは、とどまることを知らない。眉間に寄せた皺が消えた瞬間を、この一年強の生活の内でどれほど見ることができただろうか。

「…………殿下は、反目するよりも、今は親しくする方に意義があると考えておられる。以前の夜会では、わざと侮辱して聖女の価値を落とさせた。そして今度は囲い込むことで、彼女を手中に収めている」

「囲い込むだと!」

「そう考える人間もいるということだ。夜会での聖女の粗相、それに対する殿下の温情。以来、聖女は殿下に付き従っている、と」

 カミロは椅子に深く腰掛け、暗い瞳で私を見やった。

 私は腕を組み、わかったような顔をして呻く。しかしよくわかってはいない。

「聖女が殿下の元に下ることで、不満を覚える人間もいる。神殿と王家の権力が、殿下に集中することになるからな」

 私の表情を見て、カミロが補足する。伊達に長い付き合いではない。

 つまり王子のこれまでの邪悪な態度は、すべて意図的なものであったというのだろうか。私やショウコへの悪口や侮蔑も?

 だとすれば、甘んじて悪口を受け続けた私は称賛に値するだろう。通常なら、ショウコのように手を上げてしかるべき精神的苦痛に耐え抜いた私を、神殿はもっとあがめるべきである。

「不満があれば、二人を引き剥がしたいものも出てくる。中には過激な手段をとるものもいるだろう。殿下か聖女か、どちらかに害をなそうと」

 確かに確かに。それで今手を焼いているわけだ。

「それが殿下の目的だ」

 なに!

 思わず私は身を乗り出した。カミロは私を見据えたまま、窺うように瞳を瞬かせる。

「……殿下は神殿の権力を削ぎ落したいと考えておられる。そのために聖女という神殿の権威を囮にしているんだ。怪我の一つでもしてくれれば、それを理由にいくらでも責めることができる」

 なるほどつまり、悪いのは全部王子ということだ。

 わざと狙われるように仕向けて、その上で私に犯人を探せなどとたわけたことを抜かしたのだ。マッチポンプとはまさにこのこと。許すまじ!

 怒りにのたうつ私を見て、カミロは軽く目を伏せた。肩の力を抜き、ほっとしたように椅子に腰を掛け直す。

「わかったなら大人しくしていろ。下手に場を引っ掻き回せば、お前にも危険が及びかねない」

 うむ、と私は俯いた。正した姿勢を再び崩し、両膝を抱え込む。足の先でベッドのシーツを弄りつつ、私は口を引き結んだ。

 カミロの言うところには、すべては悪徳殿下の手のひらの上。この聖女様を利用して、神殿の崩壊を目論むなど言語道断。私に調査の依頼をしておきながら、平和なこの国を脅かそうとしているのは王子の方だったのだ。

 なんと悪辣。なんと非道な男だろうか。このぬるま湯の中で停滞した王国において、王子はなぜ波風を立てようとする。


「波風の立たない水は、いずれ腐り落ちるだけだ」

 私の憤りに、カミロは無感情に答えた。

「平和なんていずれ掻き乱すためにある」

 なるほど。至言である。

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