『ダークサイド』
昔からチヤホヤされるのが好きだった。褒められ、キャーキャー騒がれる事に快感を覚えた。
人一倍以上に顔が整っていたことがあり、昔から良くモテた。そんな自分の容姿を利用して、就職したのは大きなホストクラブだった。顔と持ち前のトークスキルで、すぐにランキングの上位に入れれるようになった。
《Blade Online》は客との話題作りの為に、《ドリーム》と一緒に購入した。
だから、デースゲームが起きるなんて知っていたら、当然彼はこんなゲームをプレイすることは無かっただろう。
「クソ!」
彼――虚空は最前線で戦う攻略組よりもレベルや実力で一歩劣っていた。虚空が声を掛ければ大抵の女性はパーティに入ってくれるので、仲間に不自由することは無かったが、しかし仲間が多いだけでは越えられない壁という物が存在した。
虚空達は攻略組があっさりと倒していくモンスターに苦戦し、挙句に仲間を一人失って街へ戻ってきた。部屋の中で虚空は苛立ちのままに壁を殴りつける。破壊不能オブジェクトである壁にはヒビ一つ入らない。
「どうして僕がこんな惨めな思いを――!」
思うようにレベルが伸びない虚空をパーティの女達は慰めてくる。それが気に入らなかった。僕の顔に群がってくる蛾の分際で、僕を憐れむなんてあり得ない。
何かが足りない。
身体がカラカラに渇いていく。
何かが足りないんだ。
――――――――
「だからあのタイミングでスキルを使えと散々言ったじゃないか!」
翌日。エリアの中に虚空の怒声が響く。叱りつけられているのは、最近新しくパーティに入ったばかりの女性だ。スキルを使うべきタイミングを誤った事で、虚空の溜まっていたストレスが爆発した。
大声で罵り、嘲り、貶した。女性は涙目で俯き、ただ震えることしか出来ない。他のメンバーはそんな虚空に恐れをなして、何も言えずただ黙っているだけ。
「お前らがちゃんとやらないから、いつまで経っても僕が最前線にいけないんじゃないか!」
そして虚空の怒りは他の仲間にも向かう。
虚空のメンバーに入っているのは、全員が虚空の顔に惹かれて集まってきた女性だ。ゲームが得意だったり、戦いが好きなわけではない。ただ虚空に気に入られたい一心でパーティに入っているだけなのだ。いくら虚空のプレイヤースキルが高くても、そんなバラバラなパーティで上手く行くはずが無い。
「どうして、こんなにも上手くいかないんだよ!」
『それは君が中途半端だからだ』
虚空の叫びに、答える者がいた。パーティメンバーではない。
「誰だ?」
虚空が声のした方を睨みつける。だがそこには誰も居ない。《察知》にもプレイヤーが居るという反応はない。
『つまらない男だ。短絡的にしか行動出来なくて、目先の事しか考える事が出来ない。大した力があるわけでもなく、良いのは顔だけ。その顔だって全く活用出来ていない。今の君は死んでいる。死んだままダラダラと生き続けているんだ』
「な――何が言いたいんだ! 姿を現せ!」
『さっきまであんなに威張り散らしていたのに、今は見えない存在に怯えている。哀れだ。本当に哀れだ。いっその事慰めてあげたいぐらいだ』
「馬鹿にしているのか!?」
『いいや、違う。死体は馬鹿にするにも及ばない。ただ言いたいのさ。死体はとっとと墓に入るべきだ――と』
「……ッ」
『死体は墓に入るしかない。それ以外にどうする事も出来ない。だけどもう一つ、死体の君には選択肢が存在している』
「それは……何だ」
『生き返るのさ。カラカラに渇ききっている、内側に何も存在しないただの空洞、それが君だ。まずはそれを自覚しろ』
「どうやったら……僕は生き返れるって言うんだ」
『――――。それが知りたければ今夜午前零時に、君の仲間を連れてもう一度この場にやってくると良い。続きはその時に聞かせよう』
残響を残し、その声は聞こえなくなった。
その時の虚空の心には、言いようのない高揚感があった。
――――――――
「ねえ……虚空さん! やめといた方がいいですって!」
声が言った通りに、午前零時にエリアへ出ようとする虚空を仲間が引き止める。夜になればエリア内は見通しが悪くなるし、凶暴化するモンスターも存在する。それに最近はPKギルドとかいう、プレイヤーを襲うプレイヤー達のギルドが活発に行動しているという。夜中に出歩くのは危険だ。
しかし、虚空は彼女の言葉を一蹴する。
「僕に着いてこれないと言うのなら、このパーティを抜けてもらっても構わない」
その言葉に、女性は何も言えなくなった。この絶望だらけの世界で、彼女達にとって虚空は唯一の希望だった。既に虚空に依存し始めている女性たちに、逆らうことなど出来なかった。
「来たぞ!」
午前零時丁度に指定された場所に虚空達はやってきた。人の気配はない。《察知》には誰の反応もない。
だというのに、虚空のその言葉に、またも答える声があった。
『ちゃんと来たか――。まだ君には生き返る見込があるようだ』
声はあちらこちらから反響するかのように聞こえてきて、音源がどこなのかが判断できない。女性達はすぐに武器を取り出せるように周囲を警戒した。
「どうしたら、僕は生き返れると言うんだ」
虚空が求めるその問に、声はあっさりと答えた。
『満たせ。君の渇ききった身体を、伽藍堂の心を』
「満た、す?」
『足りないものを補うんだ』
「それは……どういう」
『君は毎日思っている筈だ。自分には何かが足りないと。何かが餓え、渇いていると』
「……そうだ」
『その餓えを、その渇きを、君が満たす事はとても簡単な事だ。自分に足りないものは――他人から奪ってしまえばいい』
その声は虚空の心の奥に直接響いてくるようだった。声から耳を話す事が出来ない。
『君に足りないのは――快楽だ。心がとろけるほどの快楽が、君には必要だ。快楽を得る手段は既に用意した――』
――君の仲間を皆殺しにしろ。
「な、何を言ってるんですか!?」
「馬鹿なことを言わないでください! 言っていいことと悪いことがあるでしょう!?」
「姿を見せなさい!」
今まで黙って話を聞いていた女性達が、堪え切れずに叫び始める。これ以上は黙って聞いている訳にはいかなかった。この声の主は危険だ。虚空を危険に晒す訳にはいかない。
「虚空さん、今すぐ街に戻りましょう! あいつは何だかヤバイです!」
呆然とした表情で固まっている虚空の肩を女性が揺する。それで我に帰ったのか、虚空は「ああ……」と呟いて自分の肩を揺する女性に視線を向けると――。
「あぇ?」
何かが自分の身体を貫通する不思議な感覚に、女性は間の抜けた声を出す。胸を通って背中から何かが突き出ているけれど、これは一体なんだろう? そう思い自分の胸に視線を向けると、そこには槍が突き刺さっていた。
「なぁに、これ」
それが槍だと分かっても、理解する事は出来なかった。これは何ですか、と目の前の虚空に訪ねようとして、女性はようやく自分の身に何が起きているかを悟った。だがその時には既に遅く、女性のHPバーは消滅し、同時に女性自身も消滅した。
「え?」
虚空のパーティメンバー全員が、唐突に仲間が死んだという現実を受け入れる事が出来なかった。ただ槍を突き出している虚空を見て固まる。
「ははは」
「虚空……さん?」
「あははははははっはははあはっははははあはっはははははははははは!!」
壊れたように笑い出した虚空に、女性達は「ひっ」と悲鳴をあげて後ずさる。
「そうか……そういう事だったのか! 僕に足りなかったのは『これ』だ! こんな簡単な事だったんだ!」
陶酔する様に虚空はそう言うと、視線を怯える女性達に向ける。
「こ……虚空、さん?」
「喜んでいいよ。君達は僕が好きだろう? 僕の餓えと渇きを満たせるんだ。君達は喜ぶべきだ」
そう言って、虚空は動き出した。
そこから先に言ったのは、凄惨な虐殺だった。
逃げ惑う女性達を虚空の槍が襲う。
「なんで!? 転移出来ない!?」
転移系のアイテムを使用しても、それは発動しなかった。すがるようにアイテムを何度も掲げる女性の首を槍が貫いた。
「ごっ、がっ」
喉を潰され、呼吸の手段を失って女性は目を剥く。虚空が槍を持ち上げた事で女性は宙吊りになり、ぶらぶらと身体を揺らす。やがて女性は白目を向き、意識を失い、そして命までも失った。
「最高だ、最高だ、最高だ」
仲間を虐殺し尽くした虚空が、その快楽に身を震わす。
『おめでとう』
そんな虚空を祝福する声は笑っている様だった。
「ずいぶんやらかしたなァ」
「誰だ!」
男の声。
慌てて振り返る虚空の視線の先には、長身の男が立っていた。濡れたような髪の薄っすらと生やした顎鬚が特徴の、嫌な空気を纏った男だった。
槍を構えて警戒する虚空に、男はニヤニヤと笑みを浮かべる。
「お前は合格だ。俺達の仲間になる資格がある」
「資格……?」
「人を殺すのは楽しいか? 快感か? 愉悦を覚えたか? もしそうだったら俺達の仲間になれ。仲間になればお前は、今日味わった以上の快楽を味わう事が出来るだろう」
「――――」
「俺の名前はけだまく。そして俺が所属している組織は――――」
――――《目目目だ。
と、けだまくはプレイヤー達が恐怖するPKギルドの名前を口にしたのだった。
その日、虚空は《目目目》に入った。
PKを犯したことでPKプレイヤーとなった虚空だったが、けだまくに促されてクリアしたクエストにより、街の中へ入る事が出来る通常のプレイヤーの状態に戻った。
けだまくが虚空に出した指示は、トップギルド《不滅龍》へ入る事だった。
虚空はけだまくに聞いた。自分を勧誘したのは誰だったのか、と。しかしけだまくがそれに答えることはなく、また虚空が声の主に会うことは無かった。
《目目目》。
あらゆるギルドの中に、入り込んだ『目』。
やがてプレイヤー達はその『目』を文字通り、血眼になって探すことになる。
虚空が《目目目》に入り、そしてアカツキという名前の青年に会うのは、それから数カ月後の事だった――――。




