『リンちゃんNOW』
現実に帰ってきてからは色々と大変だった。身体に影響が無いか調べるために長時間よく分からない機械で全身をスキャンされたり、精神に異常か無いか定期的に政府に指定された精神病院に通わされたり、俺が《Blade Online》のプレイヤーだとどこかで知ったマスコミの記者とかが家に押しかけてきたりだとか、本当に色々と大変だった。
その大変な中で瑠璃、現実で言うと小椋崎さんにゲーム会社に入らないか、と誘って貰い、そこから更に色々な手続きや勉強に追われた。
さて、何故俺がこんなにも忙しかった事を説明しているかというと、それはリンに関係している。
俺がまず最初に連絡を取ろうとしたブレオンのプレイヤーは栞を除けばリンだ。ゲームの中で住所や名前などを聞いていたから、連絡先を調べるのにそれ程時間は掛からなかった。
電話を掛けて最初に出たのはリュウだった。俺がアカツキだと知らせるとリュウは「待ってましたよ、お兄さん」と何だか含みのある言い方をしてきたっけ。
そしてリュウとしばらく話した後、リンに電話を変わって貰った。「もしもし?」と電話越しに聞こえる声は少し緊張で震えていたものの、ゲームの中で聞いたリンその物だった。
俺も何だかガチガチに緊張しながら、リンと色々な事を話していく。リンが死んだ後の事、現実に戻ってきてからの事、色々話した。リンもリンで色々と忙しいようだった。
しばらく話している内に俺は何だか泣けてきてしまって、「何泣いてるのぉ」と言いながらもリンも電話の向こうで号泣していた。
さて、それから俺達は携帯電話のアドレスや電話番号を交換し、忙しい日々の中で連絡を取り合った。最初はそれでお互いに満たされていたのだが、やはり時間が経つと現実で会いたくなってくる。リンの方は現実でのゴタゴタが落ち着いたようで、「アカツキ君に早く会いたいよぉ」と電話で言ってくれるのだが、俺の方が中々予定が取れない。引き篭もりライフの時には考えられない程の忙しさだ。
そして何ヶ月も会えない日が続いて、遂にリンが拗ねてしまった。だから慌てて会う日をセッティングしたのだが、急な用事が入ってその日はいけなくなってしまった。当然リンは怒った。もうあれは激怒って感じだったな。かなり古いが、昔流行った言い方をすると激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリームだ。もう何がなんだか分からない。
俺はリンに謝り倒し、上記の忙しいという事を何とか伝え、そして会う日を今度こそ完璧にセッティングした。荒ぶるリンをリュウが抑えてくれたことには感謝してもし切れない。
その間にブレオンプレイヤーで大規模なオフ会を開くという話も出てきていたっけな。らーさん達ともネット上で再会出来たし、ドルーア達に限っては栞が家に連れてきていて現実で会ってもいた。
早い所リンに会いたい。
そしてやって来ました会う日当日。不肖私矢代暁、実は死ぬほど緊張しているのであります。心臓の荒ぶりようが凄い。
俺の住んでいる地域は田舎という程では無いにしろ、あまり遊べる様な所が無い場所で、現実で会って何をするのかとかかなり悩んだ。
何しろ俺、デートとかしたこと無いし。バリバリのチェリーボーイなんですよね、これが。並のチェリーボーイじゃない、もはやハイクラスチェリーボーイだ。
待ち合わせ場所は駅だ。
人通りが多いので隅っこの壁にもたれ掛かり、まだかまだかとリンが来るのを待つ。リンが乗ってくる電車はもう着いた筈だ。リンが来るまでもう少し。
大勢の人の中で、周囲をキョロキョロと見回しながら歩いている女の子を見つけた。ひと目見ただけで、その子がリンだと分かった。
小柄で抱きしめたくなるような華奢な体つき、幼さが残っているものの整った顔つき。綺麗と言うよりは可愛いと言った方が合う、歳相応な女の子。
リンは俺の視線に気付いたのか、コチラを見て目を見開き、ここからでも緊張が分かる微笑ましい表情を浮かべ、俺の方に向かってきた。
緊張が分かる微笑ましい表情、とは言っているが俺の表情は緊張で笑えない事になっているだろう。
「あ、アカツキ君?」
俺の前までやってきたリンが、固い声色で名前を呼んできた。あの世界で聞いた声そのままだ。電話で聞いていたけど、現実で聞くと感動する。
「お、おう。初めまして、かな」
「う、うん。そうだね。初めまして」
こうして俺とリンはお互いガチガチに緊張しながら、現実での対面を果たしたのだった。
―――――
「へぇ、じゃあ現実に帰ってきてからも料理作ってるんだ?」
「うんっ。でもぶれおんの中で作るのに慣れて、現実でも偶にメニュー画面開こうとしたりしちゃうけどね」
「ああ、確かに俺もやっちゃうな。最近は少なくなってきたけど、服とか着替える時に。あー、でもリンの料理、現実でも食べてみたいな」
「ご、ごめん。お弁当作って来ればよかったね……」
「え、いや、いいって。そんなに気を使わないでいいよ」
目的に向かって歩きながら、二人で会話をする。駅で会った時ほどの緊張は無いものの、お互いに意識してしまっていつも通りに話せない。少しギクシャクしてしまっている。まあでも、時間が解決してくれると思う。
さっきも言ったが、俺が住んでいる所はあまり遊ぶ所がない。あるとしてもデパートやゲーセン、ボーリングやカラオケ、これぐらいだ。
待ち合わせ時間が昼に近かったので、まず俺達は昼食を摂ることにした。しかし残念な事にデートに相応しいようなお洒落な店は周囲にはなかった。情けないが昼食はゲーセンの隣にあるファミレスだ。
店内には幸いにもそれ程人はおらず、すぐに席に着くことが出来た。
「それで、結構腐女子に受けてるらしくてさ」
「そうだね。私もゲーム持ってるけど、結構いい感じのカップリングが出来そうなの多いよね」
「…………、小椋崎さん、じゃなくて瑠璃も腐女子だからリンと会ったら盛り上がるかもな」
「ゲームの中でも偶に瑠璃ちゃんとらーさんで話してたりしたよ」
「らーさんは雰囲気で腐女子って何となく分かる」
「特に一番盛り上がったカップリングは、アカツキ君とカタナ……さんかな」
自分が殺された時の事を思い出してしまったのだろう、リンは目を伏せて俯く。リンがカタナに殺された時、俺も相当なショックを受けたが、当然ながら殺されたリンが一番ショックだったんだろうな。
向かいに座るリンに手を伸ばして、頭を撫でる。リンはピクッと身体を震わせたが、撫でやすいように頭を差し出してきた。
「ありがと、アカツキ君。えへへ、撫でられるの好き」
蕩けそうな笑顔を浮かべるリン。かなり可愛い。
「私が思うにさ、カタナさんってアカツキ君の事が好きだったんじゃないかな」
「ええ……」
「好きな人に殺して欲しかったって言ってたんだよね。カタナさんが私の事を殺したのは、アカツキ君に殺して貰う為、だったりして。後は嫉妬とか」
「好きな人に殺されるとか全く理解できないよ」
「うーん……私は何となくは分かるかもしれない。好きな人との『殺し愛』って何だかドラマチックだもん」
そう言えばカタナもストーリ性だとかドラマチックだとか言ってたような気がする。思い出すとゾッとするけどさ。
リンは小声で「アカツキ×カタナ……カタナ×アカツキ……やっぱどっちもイケるよね」と呟いている。リン……。
――――――
それから俺達はファミレスの隣にあるゲーセンに行って遊んだ。
ファミレスの代金は当然俺が奢った。リンは「ふぇえ!? 悪いしいいよ! お小遣い持ってきたもん!」と言っていたが、無理やり払わせて貰った。
以前、まあ色々な付き合いで女子とファミレスに行ったことがあった。俺は対して行きたくなかったのに、女子の方が「一緒に行ってあげる」とか言い出してな。それで割り勘にしようとしたら「男の癖に女と割り勘なんておかしくない? 何のために来てあげたと思ってるの?」とか言い出したんだよな。その時は「なんで払わないといけねぇんだよ」と思った。こいつはクラスで何かあると「女だから」と自分の都合の良いように事を進めたがる。男女平等だよ、とか言いながらレディーファーストを要求してくるんだよな。わけがわからないよ。
あの時は女に奢るとか絶対しない、なんて思った物だが、やはり自分が好きな女の子には奢りたくなるもんだな。
女だからじゃなくて、奢りたいから奢る。これが普通だと思うんだ。
「あはは、アカツキ君下手ー!」
さて、ゲーセンで今クレーンゲームをしている訳だが、驚くぐらいに取れない。リンにぬいぐるみでも取ってあげようと思ったんだけど、全然取れないね。おかしいね。
「私に任せなさいー」
惨敗した俺の肩をポンポンと叩くと、リンは財布から五百円玉を取り出してゲームに入れた。そしてボタンを押してクレーンを操っていく。
「はい、とれたよ。アカツキ君にプレゼント!」
五百円玉を入れると六回プレイ出来るのだが、リンは二回目で俺が取ろうとしていた人形を取り、残りで同じ人形をもう一個取った。そして嬉しそうに人形を俺にくれた。おかしい、役回りが逆じゃないのか。
リンが取ったのは『返り血ベアー君』という名前の通り、全身に返り血を浴びた熊の人形だ。目は濁っておりラリってるし、全身が血でベタベタだ。かなりショッキングな見た目をしているが、女性にはかなり人気らしい。リンも人形を見てかわいーと喜んでいる。
何となくブラッディベアーを思い出すんだよ……こいつ。
それから俺達はプリクラを取った。
プリクラのシステムが分からないのでリンに殆ど任せってきりだったな。何回か取ったことはあるけどその時も友達に任せてたし。
画面の中の俺はやたら目が輝いている。結構イケメンだ。でも喜んではいけない。プリクラでイケメンじゃね俺、とか思っていると履歴書とかに貼る自分の写真を見てショックを受けることになるから。
出てきたプリクラを二人で分けて、お互いに携帯に貼った。なんか照れくさいな。
その後はカラオケに言った。
お菓子とジュースを買っていき、二人でゆったりと歌った。リンは下手じゃないんだけどそんなに上手くなかった。微妙な感じ。ちょっと舌足らずな感じが凄い可愛いんだけど。
一生懸命歌うリンにめちゃくちゃ癒やされたなぁ。
ひとしきり歌い、俺達は隣に座り合って他愛もない話をした。
こんな風に、リンともう一度話す事が出来て俺は幸せだ。
ゲームから解放された今でも、偶に大切な人を失う夢を見る。だけど俺は何も出来なくて、守れないんだ。
「アカツキ君?」
気付くとすぐ目の前にリンの顔があった。考え込んでいたらしい。なんでも無いと誤魔化して、ジュースで渇いた喉を潤す。
それからまたしばらく話した。もう出会った時の緊張感は欠片もない。ゲームの中で話すのと同じくらい、自然に会話出来ている。
しばらく会話して、ある時それが途切れた。部屋の中に沈黙が広がる。だけど気まずい感じの沈黙じゃなくて、何というか、言葉にしにくい感じの沈黙だ。
リンは頬をほんのりと染めて、濡れた瞳で俺を顔を見ている。身体が金縛りにあったみたいに動かなくて、俺もリンの顔を見ている。
「アカツキ君」
リンが艶っぽい声で俺の名前を呼んで、身体を寄せてきた。背中に手を回してきた。頭がクラクラするような女の子の甘い匂いがする。俺もリンの背中に手を回して抱きしめる。女の子の柔らかい感触。喉が鳴る。
リンが俺の胸元に顔を埋める。リンの息遣いを感じる。胸元が温かい。
リンは何も言わない。俺も何も言えない。
次第に俺達は身体を倒していき、ソファーにゆっくりと倒れ込む。リンを俺が上から覗きこんでいる。下にいるリンは普段の彼女からは想像できないような扇情的な表情をしていて、理性が何処かへ飛んでいきそうになる。
リンの唇や首元を指で優しくくすぐり、少しずつ指を下の方へ持っていく。
小さくて艶かしいピンク色の唇に、俺は吸い込まれそうになる。
しかし忘れてはならない。
俺はハイクラスチェリーボーイなのである。
キスをするという段階になって急に怖気づいた。
いや、ゲームの中ではできたんだけどね。現実だとなんかね。
後、ここカラオケだから監視カメラ付いてるよね、うん。
「どうしたの……?」
下にいるリンが甘えた声を出してくる。
しかし冷静になってしまった俺にはもうどうする事も出来ない。
なんて言ったらいいのかな。
はは……。
――――――
夕方の駅。
帰りの電車を待つリンはムッツリと膨れていた。
「意気地なし」
「い、いや……だってさ、カラオケで監視カメラがあるし……見られたら、あれだし……」
「…………」
見られたらという言葉に反応したのか、リンの顔が真っ赤になる。それでもムッツリとした表情は崩さない。うぅむ、どうしたものか。
「そ、それにリンと俺じゃ年が離れてて、そういう事はちょっと色々マズイっていうか」
「むぅぅうう」
「18禁的なあれはノクターン的な感じで不味いっていうか」
「むぅぅぅ」
自分でも何を言っているんだという色々あれな言い訳だったが、リンも仕方ないと思ってくれたらしい。機嫌を直してくれた。
「一日、あっという間だったね」
「今度は泊まりで長い間一緒にいたいな」
「と、泊まりは……」
「アカツキ君の家でさ」
「…………ま、まあ考えておくよ」
「…………」
電車がそろそろ来る、という段階になって、俺はあらかじめ買っておいたネックレスをプレゼントしてみた。栞にそれとなく助言を求めて買ったので、センス的には問題ないと思う。
「こ、これ、プレゼント、だけど」
リンは泣きそうな顔で凄い喜んでくれた。結構何を買うのに迷ったから、こういう反応をしてくれると凄い嬉しい。
「電車……」
時間になり、電車がやってきた。リンは悲しそうな顔をして電車を見ている。
「そうだ、リン。顔に埃ついてるよ」
そう言って俺はリンの顔に手を伸ばし、頬を優しく持って、それからいきなりキスしてやった。ハイクラスチェリーボーイの俺にしては頑張った。それから唇を話して、耳元で「大好きだ」と囁いた。恥ずかしくて死にたい。気障な奴になってないだろうか。虚空みたいに。
「あ、ああ……あぁうぅあ」
リンは顔を真赤にして口をパクパクさせると、ひゃーと叫んで開いた電車の中に入っていってしまった。
そのまま行っちゃうのかなと思ったが、すぐに扉からひょっこり出てきて、「私もだよ……」と俯きながら言ってきた。死ねる。
「じゃあね、アカツキ君。また会おうね」
「ああ、バイバイ」
リンの乗った電車が走って行くのを見送り、俺は大きく溜息を吐いた。
デートっていう物は想像以上に疲れるな……。
浮気になりそうだからあれなんだけどさ……栞や七海やらーさんと遊びに行く予定もあるんだよね……。いや、リンにはちゃんと報告してあるんだけどさ……。
そんなこんなで、俺達のデートは終了した。




