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三人称です
「思えば僕達がこうして本気で殺り合うなんて、初めてじゃない?」
自分に向かって放たれる何筋もの青い閃光を、まるで踊るようにして全て躱し、全くの余裕の表情でカタナはそう言った。アカツキは返事を返さず更に連続して剣技を叩き込むが、カタナはそれを弾き、またスルリとすり抜けるようにして回避する。そしてスキルを使用し終わったアカツキの一瞬の隙を狙って鋭い突きが放たれる。後ろに《ステップ》で跳ぶアカツキの鎧に剣先が僅かに掠る。
アカツキはカタナを最大限警戒しながらも、チラリと傷付けられた鎧を見て小さく舌打ちする。カタナは距離を取ったアカツキが体勢を立て直すのを見ながら、ただ笑みを浮かべている。
「どうしたいんだい、アカツキ君。君の実力はそんなもんじゃ無いだろう?」
「うるせえ……」
「もっと僕を楽しませてくれよ。さぁ続けよう、血湧き肉踊る殺し愛を!」
「うるせえってんだろ!」
両者が同時に動き、一瞬で間合いを詰めてお互いに刃を交差させる。そしてまるで嵐の様な勢いで激しく刃をぶつけ合っていく。金属同士がぶつかり合っているとは思えないような激しい音を立てながら、二人は壁の中を動き回る。
地を走り、宙を舞い、壁を蹴り、一人は憎しみを剣に乗せて激しく叩き付け、そしてもう一人は心底楽しそうに笑いながらそれをいなす。雷の様な激しさと、嵐の様な禍々しさを持つ剣戟。しかしその姿はまるで恋人同士がダンスをしている様にも見えた。
「あははははははは! あはははははは!」
アカツキが腰を低く下ろし、光の速度で突きを繰り出す。もはや視認する事すら難しい一瞬の突きを、カタナは下から掬い上げるようにして自分の軌道からずらし、お返しとばかりに突きを放つ。
アカツキの喉元に刃が吸い込まれ、そしてガラスの割れる様な音が響き渡る。アカツキの姿が消えるのを確認すること無く、カタナは背後に刃を振るう。
「?」
しかし手応えがない。僅かに目を開くカタナに次の瞬間、上から大太刀の刃が降り注いだ。
アカツキは《残響》を使用して死角に移動すると同時に、地面を蹴りつけ上へ飛び上がっていたのだ。
カタナは右足の踵で地面を蹴り、すぐさま後ろへ飛び退くが、しかしアカツキの方が一歩速かった。カタナの左胸から脇腹にかけてを大太刀の太い刃が深く斬り裂いた。
刃を振り下ろし体勢を低くしたアカツキ。カタナは体勢を崩しながら太刀を握った右手を横薙ぎに振る。その刃はアカツキの鎧を斬り裂き、左胸から右胸に掛けてに深い傷を追わせた。
「っ!」
痛みに顔をしかめ、間合いを取ったアカツキ。対してカタナは誕生日プレゼントに貰ったゲームに大はしゃぎする子供のような、無邪気で、そして苛烈な笑みを浮かべる。
二人は呼吸を整えるよりも早く、再び間合いを詰め合て剣を合わせた。
アカツキの顔に浮かぶのが、ただの激しい憎悪だけでは無くなったのは、この当たりからだ。
どれほどの時間、斬り結んだのだろう。一瞬にも感じられるし、永遠にも感じられる時間の中。二人は一心不乱に剣を振る。
軽業師の様な、曲芸師の様な、人間離れした動きを見せるカタナと、この世界の中で身に付けた全ての技術を出し惜しみせずにぶつけるアカツキ。
完成したプレイヤースキルと、極限にまで練りこまれたプレイヤースキル。技術と技術、剣技と剣技、力と力のぶつけ合い。平行線を辿ると思われたその戦いだったが、しかし終わりは近付き始めていた。
「っ、ぐぅ!」
カタナの腕がブレたかと思うと、アカツキの右肩と左肩に傷が入る。反撃するアカツキだったが、カタナはそれに対応していく。カタナは完全にアカツキの動きを読み切っていていた。ジワジワと削られていくアカツキのHP。
「フッ!」
カタナの突きがアカツキの頬を深く斬り裂いた。アカツキのHPが黄色から赤色に変わる。次の瞬間、アカツキの身体を真っ赤な紋章が蛇の様に這い始める。
「がああァァッッ!!」
「!」
今までの速度を遙かに上回るその一撃に、流石のカタナも反応し切れなかった。辛うじて太刀で防御態勢を取ったものの、その爆撃のような威力の刃はカタナの細い身体を後方に吹き飛ばした。
HPが二割近く削れ、カタナのHPも赤く染まる。
カタナは空中でクルリと回転し、羽のような柔らかさで地面に着地する。
それと同時に激しい爆発が起きたかと思うと、アカツキがカタナの目の前にまで迫ってきていた。地面を抉り、跳んだのだ。
「あはっ!」
《アクセル》を使用し、速度を上昇させたカタナ。まるで全方位から同時に振り下ろされるかのような速度を持つアカツキの攻撃を、カタナは全て受け流していく。獣の様な荒々しい剣技と硝子細工の様な繊細さを持つ剣技。
二人は地面を破壊し、蹂躙しながら剣戟を重ねる。
二人の戦いは最終局面に入っていた。
八連撃スキル《テンペストティアー》。
【赤き紋章】によって最大限にまで高められたスピードと攻撃力にスキルのアシストが加わり、《アクセル》を使用したカタナですら既に視認出来ない。
しかしカタナはそれを全て受け流していた。攻撃が放たれるより先に攻撃が来る場所を予測して動く。《見切り》などというスキルはこの状況ではもはや何の役にも立たないし、カタナは端から《見切り》のスキルを使用していなかった。自分の経験と感を最大限に利用して、神技とも言える動きを可能としていた。『刀』という人間の全てを出し切った、最高の動きだ。
浦部の設定により破壊可能となった床を激しく粉砕しながら、二人は最後の舞を踊る。アカツキが残りのスタミナを使い切り、最高のスキル《オーバーレイバースト》を発動するのと同時に、カタナも残り僅かなスタミナを使用して最後の《アクセル》を発動する。
黒銀の流星群が一人の人間を狙って降り注ぐ。しかしそれらは当たらない。目の眩む様な黒銀を撒き散らし、爆発音を響き渡らせ、地面を吹き飛ばしながら、計二十六の流星群が地に落ちた。そしてそれはただの一度もカタナを捉える事はなく、
「やっぱり君は最高だ――――――」
「ッ!」
「―――――ありがとう」
次の瞬間、アカツキの左腕が吹き飛んだ。
地面に膝を付き、頭を垂れるようにして俯くアカツキと、それを眺めるカタナ。二人共息を切らし疲弊し切っていた。
アカツキは装備している防具のスキルのお陰で、HPを1だけ残している。
「やっぱり強いな、お前は」
「アカツキ君も、すごく強かったよ」
「…………どうして、リンを殺したんだ」
「君と殺し愛をするために、必要だと思ったからだよ」
「…………」
「そんな事の為にって思うかも知れないけど、僕にはこれが全てなんだ。これだけが、全てなんだよ、アカツキ君」
「分かんねえよ……なんにも」
「…………。終わりにしようか、アカツキ君」
アカツキが残った右手で大太刀を握り、カタナに切っ先を向ける。それだけだった。もうアカツキには立ち上がる力も、片手で剣を振る力も残っていなかった。
カタナもそれが分かったのか、ふっと寂しそうな笑みを浮かべると太刀を持ち上げた。そしてそれをアカツキに振り下ろそうとして、
「、」
「ああ。終わりにしようぜ、カタナ」
大太刀の刃が青く光っていた。光は刃となり、大太刀の一部と化していた。数センチリーチを増した大太刀の、光の刃はカタナの左胸に深く突き刺さっていた。
《光刃》という、刃の長さを伸ばすだけのスキルだ。使い所がない、ネタスキルの様な物で、使用するスタミナはとても少ない。しかし、アカツキはスタミナを《オーバーレイバースト》で使いきっていた。それなのに、スキルが使用できたのは何故か。
それは《ディセイブキャッスル》という隠しエリアで、メアリーというNPCから貰った【黄金の祝福】という称号の効果による物だ。【黄金の祝福】はHPとスタミナを自動的に回復してくれる。その量はあまり多いとは言えないが、しかし《光刃》を辛うじて使用できるだけのスタミナを、アカツキは会話の間に回復させていた。
カタナと共に過ごした時間の中で手に入れた称号によって、勝利を手に入れる。それはとても皮肉だった。
かふっ、と小さく息を吐いてカタナの身体から力が抜ける。倒れ込もうとするカタナの身体を、アカツキは最後の力を振り絞って立ち上がり抱き抱える。
カタナのHPが0になっていく。
アカツキの腕の中に抱かれながら、カタナは小さく笑う。
「……お前は、何がしたかったんだよ」
「ふ、ふ。本当は、好きなひとに、殺されてみたかったのかもね」
「……最低だよ、お前は」
「ごめん」
「…………」
「愛、してるぜ、アカツキ君」
カタナの身体が光の粒となって消滅していく。腕の中からカタナの重さが消滅していく。
リンちゃんは、生きてるよ。
そう言い残して、カタナは完全に消滅した。
アカツキは少しだけ悲しそうな顔をしてさっきと同じ言葉を呟いた。
「…………、分かんねえよ、なんにも」
放心して、全身の力を失って倒れ込むアカツキ。蓄積した疲労とカタナとの戦闘で限界まで削り取られたHPによって、アカツキはもはや意識保つことすら困難な状況に陥っていた。
栞とらーさんの声が聞こえてくるが、アカツキにはもう返事をする事も出来ない。
次第に視界が真っ白に染まっていく。白で塗りつぶされて、もう何も見えない。もう何も聞こえない。
『《Blade Online》を終了しました』。
真っ白な視界の中で文字が浮かび上がってくる。そしてそれすらも白に飲み込まれて消えていく。
意識が遠のいていく。
完全に意識を失う直前、
『ありがとう、お兄ちゃん』
と、酷く懐かしく感じる少女の声が聞こえた気がした。




