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周囲を囲っていた透明な壁が消滅していく。俺の戦いを見ていたプレイヤー達が大声で歓声を上げているのが聞こえる。
目の前に『ゲームの強制終了を開始します』というタブが表示された。俺の持っている権限が、予め戦人針が倒れた時に強制終了するように設定されていたのだろうか。
「終わった、のか?」
目の前で戦人針を倒したとはいえ、これで終わりだという実感がいまいち湧いてこない。数年もこの世界で生活してきたのだ、当然だろう。
俺は脱力して地面に膝をついてしまう。【赤き紋章】が発動するまでHPは削られなかったものの、肉体的な疲労は蓄積されている。
「リンは、どうなったんだ」
そうだ。リンだ。
戦人針を倒してゲームを終わらせれば、リンを助けられる筈だ。死んだプレイヤー達は今、どうなっているんだ?
「リンちゃん達がどうなっているのか、教えてあげようか?」
上から声を掛けられ、見上げるとカタナが立っていた。鎧達との戦闘は終えたらしい。こいつがあれに負けるとは微塵も思っていなかったが。
「……知っているのか?」
「うん、知ってるよ」
俺は立ち上がり、カタナを睨み付ける。
何が「うん、知っているよ」だ。そもそもリンを殺したのはお前だろうが。
俺に敵意を向けられてもカタナは応じない。その態度がますます俺を苛つかせる。
「そう、僕は知っているよ。僕が後ろから斬り付けて、殺したリンちゃんが、どうなっているのかを」
「て……てめぇ!!」
挑発。
そう分かっていても頭は怒りで真っ白に染まり、俺はカタナに殴りかかろうとしていた。カタナはそんな俺を見てニヤリと笑みを浮かべ、手を背中の太刀に伸ばそうとして――――。
「兄さん!」
俺がカタナを殴るよりも速く、カタナが太刀を抜くよりも速く、何かが風のように俺の前に入り込んできた。そして響く金属音。
俺は我に返り、一方後ろに下がる。
俺とカタナの間には栞が入り込んできてきた。それだけではない。カタナの斜め後ろにはけだまくが立っており、片手剣を栞のバスタードソードの交差させていた。
「チッ、一撃で殺してやろうと思ったのになあ」
「このッ!」
栞が片手剣を弾き、けだまくから距離を取る。けだまくも反発せずに自分から後ろに跳び、栞から離れた。
けだまくはカタナの背後から忍び寄り、俺を殺そうとしていたのか。呆然とする俺に、栞が「大丈夫ですか?」と声を掛けてくる。曖昧に返事を返していると、カタナがけだまくを睨みつけていた。
「どういうことだククリ。アカツキ君は僕の獲物だってちゃんと言ったじゃないか。手をだすなら殺すぞ」
「くひひ、だから俺もこいつに先約を入れておいたって言ったじゃぁねえかよぉ」
仲間同士で殺意をぶつけ合い、剣呑な雰囲気を漂わせ始める。
その時、睨み合う彼らの脇をすり抜けて小柄な少女がこちらに走ってきた。オカッパ頭で、その体躯に不釣り合いな巨大な斧を背負っている。
「手斧……」
手斧は俺の名前を呼びながら笑顔でコチラに走ってきていた。俺と栞がその様子に呆気に取られていると、彼女はすぐそこにまで迫ってきて、直前で背中の斧に手を伸ばした。
「な」
慌てて反応しようと大太刀に手を伸ばす。
可愛らしい笑みを浮かべながら斧を手にした手斧が近づいてくる。
「おっと、そこまで」
手斧が俺達の間合いに踏み込む直前、不意に横から槍が突き出された。手斧は小さく舌打ちすると後ろに飛び退き槍を回避する。
「お疲れ、アカツキ君」
槍を突き出したのはらーさんだった。俺に労いの言葉を掛けながら、鋭い視線を手斧に向けている。
「おい! 大丈夫か!」
俺達のただならぬ様子に気付き、他のプレイヤー達が遅まきにこちらに走ってくる。
「させない」
手斧は低い声でそう呟くと宙に指を這わせた。
戦人針との決闘が終わり、解除された筈の壁が再び俺達を囲み始める。俺、栞、らーさん、そしてカタナ、けだまく、手斧の六人が壁の中に入っていた。
「ちょうど六人だ。けだまくは栞ちゃん、手斧はらーさんとやっておいてよ」
「チッ、仕方ねえな」
カタナとけだまくはいつの間にか話を付けていたのか、自分達で戦う相手を決めていた。けだまくは不満そうにしながらも、栞に醜悪な表情を向けている。手斧はその決定に納得出来ないのか、二人の言葉を無視して再度俺の方に向かってくるが、途中でらーさんに阻まれた。
「アカツキ君、この子は私に任せて」
いつになく真面目な口調でそう言うと、らーさんは叫ぶ手斧に槍で攻撃を開始した。連続で手斧に突きを入れ、俺達から距離を取っていく。
「兄さん、気を付けて」
「……ああ。お前もな」
指を曲げ、栞を呼ぶけだまく。栞は俺と言葉を交わすとけだまくの方へ歩いて行った。
残ったのは俺とカタナだけだ。
「ラスボス戦の後は、裏ボス戦って相場が決まっているからね。ゲームはまだちょっとだけ続くんだよ、アカツキ君」
戯言を吐くカタナと向かい合い、お互いに武器を構え合う。お互いに間合いを測り、いつでも動けるように腰を低く落とす。
「僕に勝てたら、リンちゃん達について教えてあげる、よッ!」
「ッ!」
同時に間合いに踏み込み、刃をぶつけ合う。
最終決戦の後の、消化試合。
仇討ち。
カタナの言う、裏ボス戦が始まった。
リンの状態について教えるといったが、俺は信じていない。もうこいつの戯言には耳を貸さない。
全てが終わった今、俺がこいつと剣を交えるとはリンの仇という理由だけで、戦うにはその理由だけで十分過ぎた。
―――――――――――――――
「どいてお姉ちゃん。じゃないとアカツキさん殺せない」
力任せに斧を振り回す手斧に対して、らーさんは的確に槍を動かし対処していく。手斧は非常にプレイヤースキルが高い。恐らく現実で格闘技か何かを習っているのだろうとらーさんは読んでいる。しかしいかにプレイヤースキルが高かろうと、冷静さを失ってしまえば意味が無い。
「アカツキさんアカツキさんアカツキさんあかつきさんあかつきさんあかつきさん」
「やはは……。アカツキ君、モテてるなあ」
流石のらーさんも彼女の言動には引き気味だ。普段から変人チックな言動をしている彼女だが、その実内心はそれなりにまともである。普段から語尾に付けている顔文字や()などもこの状況では引っ込めている。
地面を抉るように蹴りつけ、ロケットの様に一直線にらーさんに向かってくる手斧。らーさんは身体を捻ってそれを回避する。
「避けないでくださいよ意地悪しないでくださいアカツキさんの所にいかせてください早く死んでください」
攻撃を躱すらーさんに対して更に腹を立てたのか、手斧は斧をぶんぶんと振り回しながららーさんに突撃していく。乱雑な攻撃ではあるものの、それ故攻撃を挟みにくい。
「槍だったらね」
振り回している斧を潜り抜け、固いものが手斧の頬を叩いた。きゃっと悲鳴を上げて動きを止める手斧に、らーさんは容赦なく攻撃を叩き込んでいく。
「連続攻撃の隙を突いて攻撃ができる。そう、三節棍ならね」
稀少武器、三節棍。槍が変形し、まるで鞭の様にしねり手斧の身体を打ち付ける。三節棍のスキル《蛇打》だ。
「可愛い女の子に攻撃するのは心が痛むけど、アカツキ君に恩を返す機会は出来るだけ拾うようにしてるんだよ」
「おっ、恩?」
らーさんの攻撃を潜り抜けた手斧が、苦痛の表情を浮かべながららーさんの言葉に反応した。らーさんとのレベル差が大きい手斧は、スキルを叩きこまれた事によって既にHPがオレンジ色に染まっている。
「うん。私は落ち込んだ所を何度もアカツキ君に助けて貰ったんだ。だからアカツキ君の役に立ちたいなって思ってるんだよ」
「アカツキさんの役に」
「手斧ちゃんもアカツキ君に助けて貰ったことがあったんだよね? だったらさ、アカツキ君に迷惑掛けちゃ駄目じゃない?」
「あ、わ、私、はちが、ちが……」
狼狽する手斧。
らーさんはそんな彼女にふっと笑みを浮かべると、あるスキルを発動して攻撃を叩き込む。三節棍は手斧の構える斧の横を通過し、そして彼女の後頭部に回り込んだ。そしてそのまま後頭部を激しく打ち据える。
鈍い痛みが手斧を襲い、意識が急激に遠のいていく。
手斧が最後に聞いたのは、「後、アカツキ君は基本的に女の子には優しいから、あんまり勘違いしちゃ駄目だよ」という言葉だった。
「ふう……」
昏倒して地面に倒れ込んだ手斧を見下ろして、らーさんは溜息を吐く。手斧のHPバーは真っ赤に染まっているものの、ほんの一ドットだけ残っていた。らーさんが使用したスキルは《手加減》という、どんな攻撃を当てても相手のHPを1残すというスキルだった。
らーさんは倒れこんだ手斧を抱きかかえると、透明な壁にもたれ掛けさせた。それから彼女の顔を見て、皮肉げに呟く。
「勘違いしちゃ、ね」
―――――――――――――――
「貴方は確か、リンちゃんのお兄さんの仇でしたね」
「殺した奴の名前なんざ、いちいち覚えてねえよぉ! 雑魚は食パン以下の価値しかねぇえんだからなぁ!」
栞の連撃を紙一重の所で躱し、けだまくは栞の隙を縫って片手剣を突き出す。《Blade Online》でも上位の速度を誇る栞の攻撃を回避出来るけだまくは、手斧と同様に高度なプレイヤースキルを備えている。
栞は片手剣での攻撃を軽く回避し、次の攻撃をけだまくに叩きこむ。けだまくは左手に装備している盾でそれを防御した。
「!?」
けだまくの盾にぶつかった筈のバスタードソードから伝わってきた感覚に栞は目を見開く。まるで水を斬り付けたかのような手応え。
驚いた栞の頬をけだまくの片手剣が掠る。
「くひひ、俺の盾はレアな代物でよぉ。一定以下の威力の攻撃は無効にしちまうんだぜぇ」
盾を突き出して自慢気に語るけだまくに、栞は「そうですか」と小さく呟きバスタードソードを再度盾に叩き込んだ。
盾の中央に描かれている眼球の模様に刃がぶつかり、激しく火花を散らした。盾が持っているというスキルは発動しなかった。
バランスを崩して驚愕の表情を浮かべるけだまくに追撃しながら、栞は冷たくこう言った。
「一定以下の攻撃が駄目なら、一定以上の攻撃を叩き込めばいいだけの話です。私を余りなめないで下さい、この下衆が」
「う、お、お」
レベルが90を超えるトッププレイヤーである栞と、PKプレイヤーであるけだまくとの間には10以上の差がある。いくらプレイヤースキルが高かろうと、ここはゲームの世界だ。やはりレベルとステータスが一番に物を言う。
恐ろしい速度でHPを削られていくけだまく。栞はゴミを見るような表情で激しくスキルを叩き込んでいく。
「っ?」
不意に栞の身体から力が抜けた。立っている事が出来なくなり、固い地面に無防備に倒れ込む。自分のHPバーが麻痺を示す状態になっているのを見て、栞は舌打ちしたい気分になった。
けだまくが使っている片手剣には攻撃を当てたプレイヤーを一定の確率で麻痺状態にするスキルが付いていたのだろう。運が悪いことにそれに当たってしまったのだ。
「ひ、ひひ。全く焦らせやがってよぉ。高レベルのプレイヤーにゃ正攻法で勝てないと端から分かっていたからなぁ。上手く麻痺になってくれて助かったぜ」
表情に余裕を取り戻したけだまくは、下卑た表情を浮かべて倒れこんだ栞を見下ろす。片手剣に舌を這わせながら「この剣には麻痺毒の効果があるんだぜぇ」と囁く様な声で言う。
じっくりと料理してやるよ、と栞に片手剣を突き立てようと体勢を低くした時だった。不意に左足の感覚が消滅した。
「あ?」
バランスを崩して倒れ込むけだまく。見れば左足が斬り落とされていた。知覚した瞬間、焼けるような痛みが切断面から発生する。
「私は《照らす光》というスキルを持っていまして。このスキルはHPを回復させ、更にはバッドステータスを無効化する効果も持っています。スタミナを大量に消費するため、普段はあまり使わないスキルなのですが…………どうやら最後の最後で役に立ったようですね」
栞の言葉を最後まで聞かず、けだまくは片手剣を口に咥え、両手と残った右足を利用して犬の様な動きで栞に飛びかかった。予想外の攻撃だったが栞は動じること無くそれを回避し、背中を斬り付けた。
「クソがぁ……」
再び地面に倒れ込んだけだまくの右手に、バスタードソードの刃が突き刺さる。痛みにうめき声を上げるけだまくを冷ややかに見つめながら、栞はバスタードソードを引き抜き、今度は右足に突き刺す。
「すぐには殺しません。貴方が今まで殺してきた人達の痛みを私が教えてあげましょう――――」
栞は蔑むような表情に、笑みを浮かべると、けだまくの左手にバスタードソードを突き立てた。
「く……ひひひ」
両手両足を斬り落とされ、全身を刃で突き刺されたけだまくが、引き攣った笑みを浮かべながら栞を見上げる。両手両足を失い、全身に傷を負ったけだまくは相当な痛みを感じていた筈だが、殆どそれを表に出さなかった。
「最後に言いたいことは?」
「あっちの、アカツキとかいう甘っちょろい餓鬼よりも……よっぽどこぇえなぁ。くひひひ」
「言いたいことはそれだけですか?」
「くひひひひひひひ、楽しかったぜェ、クソアマ」
そして栞はバスタードソードを振り下ろした。
戦いを終えた栞は、アカツキの方へ視線を向ける。
「そ、そんな」
彼女が視線を向けた先では、アカツキがHPを真っ赤に染め、左手を失った状態で膝を付いている所だった。カタナはアカツキを見下ろし、太刀を振り下ろそうとしている。
「アカツキ君ッ!」
らーさんがアカツキに向かって駆け出そうとして、
「兄さん!」
栞がアカツキに向かって駆け出そうとして、
しかしそれよりも早く、彼らの戦いは終わりを迎えた。




