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無数のモンスターが安全圏である筈の街の中で突如現れ、破壊不能な筈の建物を破壊し、そしてプレイヤーを襲う。
前代未聞――――未だかつて起こったことがない未曾有の事態に、全てのプレイヤーが混乱のどん底に叩き落されていた。それは勿論、常に最前線のエリアで戦い続けた『攻略組』ですら例外ではない。
中にはモンスターに対応しきれず、死亡した者もいた。
しかし、やはりここまで戦い続けてきた実力は本物だった。問題が起こっていると理解した瞬間、彼らはすぐに行動を開始した。
幾つかの組に別れ、各街にいる戦闘力のないプレイヤーを救出に向かった。そして大勢のプレイヤーが入る事が出来る大型のギルドホーム、龍帝宮の中に避難させた。当然モンスター達は龍帝宮にも襲撃を仕掛けるが、その周囲を守るのは攻略組の中でも最大の規模を誇る《不滅龍》の幹部達七人だった。
《龍牙》。《餓狼》グルアラ
《龍爪》。《死神》瞑限
《龍翼》。《双翼》尾前我優名
《龍眼》。《復讐》寸鉄
《龍腕》。《断裁》とっぽい
《龍脚》。《旋風》cold
《龍尾》。《女王》アンネラテ
《不滅龍》の幹部にして全員が二つ名を付けられるレベルの実力者。
彼らはパーティを組み、龍帝宮に近付くモンスターを片っ端から殲滅していった。
出現したモンスターのレベルは様々で、中にはエリアボスクラスのモンスターもいた。しかし、未だ一体も龍帝宮に触れることさえ出来ていない。それ程までにこの何人は強かった。
そして強いからこそ、この混乱の中でそれを見抜けていた。
「こいつら、行動パターンが今までと全然ちげぇぞ」
《龍牙》グルアラが接近してきたミノタウロスの巨体を大剣『神喰』で屠りながら、険しい表情でそう口にする。獣の様な鋭い目付きでモンスター達を睨み付け、フェンリルの牙で作られた大剣を振り回す彼の言葉に、周りにいる幹部達も闘いながら頷いた。
ゲームに出てくるモンスターにはプログラミングされた一定の行動ルーチンがある。それはVRMMOである《Blade Online》も例外ではない。今までのゲームに比べ、格段に多くの動きがあるものの、それでもそこには一定の法則が存在していた。
この街を襲撃しているモンスターにはそれが無いのだ。
まるで身体の動かし方に慣れていないかのように、滅茶苦茶な行動を取る。通常のモンスターの様にプレイヤーに突き進んでくるのではなく、何か迷っている様に動いているのだ。
そのお陰で通常のモンスターよりも楽に倒す事が出来るのだが――――。
「あそこにいる狼男はちょっとやばいわね」
漆黒という言葉がよく似合う、黒いドレスに身を包んだ女性がそう呟いた。
《女王》アンネラテ。
彼女は稀少武器である鞭『絶滅皇女』を振り回しながら、電灯に群がる虫の様に迫ってくるモンスターの後ろにいる二足歩行の狼を睨み付ける。接近してくるモンスターの全てを把握出来ている訳ではないが、それでもあの狼男が他の違っている事は理解できる。
「ああ。間違いなくあの狼男は普通じゃない。間違いないな」
白い仮面を付けた長身の男――――《復讐》寸鉄は片手剣『怨龍のツルギ』でクリムゾンナイトの巨大な剣を軽々と受け止める。そして次の瞬間、寸鉄に攻撃したクリムゾンナイトが後方へ勢い良く吹っ飛んだ。後方にいたモンスター達が吹っ飛んできたクリムゾンナイトに巻き込まれる。
寸鉄はその様子を仮面の下から眺めながら、アンネラテに言葉を返す。
あの狼男は自分達の戦いを遠巻きから観察している――――。
「――――疑問に思ってはいたが、確信が持てた。間違いなく、奴らには『知能』がある!」
「いつもあんたの言う間違いないっていうのは胡散臭くて信用ならないけど、今回ばかりは間違いなさそうだね」
「わはーい、あたしも寸鉄っちとラテっちに同意だねー。あの狼男っちはちょっと厄介そうだから、あたしっちが潰してこようかー?」
小柄な赤髪の少女が小さな斧を手にモンスターの群れの中を高速で動き回る。まるで風の様に通り過ぎていく彼女に、モンスター達は対応する事が出来ない。そして彼女の動きが止まった瞬間、通り道にいたモンスター達の身体が次々の切断されていく。
《旋風》cold。
その小柄な体型をいかした細かい動きと、サイズからは想像もつかないような破壊力を持つ斧『撃滅』。攻撃とスピードを兼ね備えた彼女は《不滅龍》内でも高い実力を誇る。
「奴が厄介なのは間違いないが、この状況で動くのは間違いなく危険だ」
「ま、寸鉄っちがそう言うんならあたしっちは――――――」
彼女がその言葉を言い終える前に、上から一本の光が《旋風》coldを飲み込んだ。彼女が声を漏らすよりも早く、そのHPは0になる。光が消えた時、coldは跡形もなく消え去っていた。
「っ!」
「なぁ!?」
「コォオオオオオオオオルドオオオオオオオオオオオオオオオ!」
《双翼》尾前牙優名が絶叫し、上を向く。そこには即死級の攻撃を撃ってくるボスクラスと言われる程の戦闘力を誇る聖天使アリエルが四対の翼を広げ浮遊していた。ありえるというどこか笑える名前とは裏腹に、強力な攻撃と強固な防御を誇るその天使は白く発光しているその顔に笑みを浮かべる。
彼らがそれを確認した次の瞬間には、その四対の翼が切断され、アリエルは落下して地面に叩きつけられた。
尾前牙優名がアリエルの位置まで跳び上がり、双剣『弐刀・滅式』で翼を斬ったのだ。
尾前牙優名の所有している稀少スキル《空中歩行》はスタミナが持つ限り、どれだけでも跳び上がる事が出来る。このスキルを極限まで使い込んだ彼は、少ないスタミナ消費で、高い位置まで高速で跳び上がる事が可能となっていた。アカツキも《空中歩行》を所有しているが、彼よりも尾前牙優名の物の方が、熟練度は高い。
そこを《死神》冥限が稀少武器鎌『タナトス』で攻撃する。一撃で天使の首が刈り取られた。
不吉さを感じるような黒いローブに身を包んだ、針金の様に細く背の高い男は、無表情でアリエルの攻撃を分析する。
「即死攻撃には溜め時間が必要……。溜めが終わるまで上空で待機し、coldに攻撃したという事ですか……」
アリエルが攻撃を仕掛けてくるまで、彼らは誰ひとりとしてその存在に気付く事が出来なかった。という事は、《察知》に引っかからない位置で即死攻撃を溜めていたのだ。
coldがやられたことで感情を剥き出しにし、モンスター達を力任せになぎ払っていく仲間達を冥限は落ち着いた様子で見ている。
「よくもまあ、仲間が死んだというのにそんなに冷静に分析が出来る物だな」
だぼついたシャツを来た長身で引き締まった身体を持つ黒髪の男が、接近してきたミスリルゴーレムを大剣『一刀龍断』で強引に切断した。彼の剣には攻撃の当たった相手を一定の確率で部位欠損させる能力が宿っている。
《断裁》とっぽいが《ステップ》で瞑限の隣まで下がり、彼を睨む。
普段の彼はキャラ付けのため、語尾に「だべ」を付けているが、現在はそれがない。
冥限は目を細めると、鎌を持ち上げながら言った。
「こうやって冷静な振りをしていないと――――先走って連中を皆殺しにしてしまいそうになるんですよ」
冥限の鎌が紫色の光を帯び、それを彼が振り下ろす。
次の瞬間、目の前に迫ってきていたモンスター達が真っ二つに切断され、消し飛んだ。
《死神》冥限は攻撃力だけで言えば――――七幹部中最強である。
――――――――――――
全てのエリアのプレイヤーの避難が完了するまで、三時間以上もの時間を要した。三十近くあるエリアから大勢のプレイヤーを助けるのにはむしろ十分に速いと言える。しかし、その間に相当数のプレイヤーがモンスターによって犠牲になっている。救助に向かった攻略組のプレイヤーからも、大勢の犠牲が出た。
龍帝宮の周囲にいたモンスター達は《不滅龍》幹部、そして後から駆けつけた《震源地》玖龍によって完全に殲滅された。現在も周囲を警戒しているが、モンスターの姿はない。
しかし、これで全てが終わっていないと、彼らは理解していたし、当然、これだけでは終わらなかった。
――――――――――――
怒声と泣き声、避難してきたプレイヤー達の声で龍帝宮の中は埋め尽くされていた。万が一の時の為に広く作られていたお陰で全てのプレイヤーが龍帝宮の中に収まってはいるが、それでもかなりの人数が集まっているため、少し先へ進むのにもかなりの時間が掛かる。
人が密集している通路を私は進む。
会議室で行われた今後に関する会議では、取り敢えず龍帝宮の周囲を固めるという事しか決定しなかった。攻略組のプレイヤーとは言え、元はただの人間なのだ。混乱しない筈がない。玖龍さんは上手く話を纏めてはいたものの、彼の顔にも疲労の色が浮かんでいた。
今回の救助中に二つ名持ちのプレイヤーも何名か死んでしまった。《ヘカトンケイル》《巨人殺し》、そして龍帝宮を守っていた《不滅龍》の幹部も一人やられたらしい。
しかし私達は知り合いが死んで悲しむ暇も無い。皆疲労を浮かべたまま、色々な場所を走り回っていた。普段はおちゃらけているとっぽいさんや、《海賊王》さんですら真面目な表情を浮かべている。未だ混乱のまっただ中にいるとはいえ、多少は落ち着いてきたと言えるかもしれない。
私の頭の中は混乱でぐちゃぐちゃになってしまっているけど。
カタナさん……に襲われていた兄さん達を助けてから何時間か経つ。未だ起こったことを頭の中で整理する事ができていない。
エッグワンさん達の話から、カタナさん、そして手斧ちゃんが何らかの形で《屍喰らい》に関係していているという事は理解した。それでも、何故、という気持ちがある。カタナさんも手斧ちゃんも、いつも兄さんと楽しそうにしていたのに。
人にぶつかりながらも、私はようやく目的の部屋に着くことが出来た。
以前は幹部が集まって雑談する場所だったらしいこの部屋は、現在では攻略組のプレイヤー達に利用されている。避難してきたプレイヤー達と同じ部屋にいては、上手く行動が出来ないからだ。
扉を開けて中に入ると、見知った顔が何人もいた。皆浮かべている表情は険しい。彼らは入ってきた私を見ると、気まずそうに顔を逸らした。理由は分かっている。
「……兄さん」
その部屋の隅には死んだように壁にもたれかかっている兄さんがいた。目は虚ろで、ブツブツと何事かを呟いている。
リンちゃんがカタナさんに殺されたらしい。それも兄さんの直ぐ目の前で。龍帝宮に連れてきてから、兄さんはずっと死んだように座っている。兄さんの気持ちを思うと、胸が締め付けられる。
兄さんの事をお兄ちゃん、と呼んで親しくしていた彼女を、私はあまり好きでは無かった。それでも彼女が死んだということを思うと胸が苦しくなる。
色々な人が兄さんに攻略組として戦って欲しいと声を掛けたけど、今はもう兄さんに声を掛ける人はいない。実際、今の兄さんではもうまともに戦うことは出来ないだろう。
「兄さん」
私が声を掛けると、兄さんは虚ろな表情を浮かべてコチラを見上げた。
「あの、何か食べませんか……? 取り敢えず避難の方も一段落しましたし……龍帝宮の中には幹部用の食堂とかあるらしくて、今はそこが攻略組用として使われているんですよ。よかったら一緒に」
「もう何もしたくない。もう何も見たくない。何も出来なかった何もしてやれなかった守れなかった俺のせいで俺が殺した俺が俺が。こんな事なら頑張らなければ良かった。どうせ俺になんか、誰も守れないって知ってたんだ。分かってたんだ。理解してた。俺はどうしようもない何も出来ないゴミクズだって知ってた知ってたのに! うううああああああああああ!!!!」
私の言葉を遮るようにして、兄さんはガリガリと頭を掻き毟りながら叫んだ。
私は兄さんの腕を掴んでやめさせ、抱きつく。
「大丈夫、大丈夫です……私がいます。兄さんには私がついてます」
耳元で優しく声を掛けていると、兄さんは少しずつ落ち着きを取り戻していった。そして私の胸の中で子どもの様に泣きじゃくった。その頭を撫でる。
「リンが……死んで……もう俺には、栞、しか……お、お前まで死んだら、おれは、おれ」
「大丈夫です。私は死んだりしません。ずっと兄さんの側にいます」
こんなに弱り切った兄さんを見たのは初めてだった。
もう、兄さんを守ってあげられるのは。
「兄さんは――――お兄ちゃんは私が守ります。だから、安心してください」




