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俺達を囲んでいる仮面の連中の数は大体十人程度。使用している武器はバラバラで、男女が入り混ざっている。共通点は顔に付けている髑髏を模した仮面ぐらい。一言も言葉を発さず、ジリジリと包囲を狭めてきている。
ナイフで刺された《アドバンテージ》の男は背中に刺さっているナイフを抜くと、立ち上がって武器を構えた。それを確認したカズヤ達はお互いに視線を合わせて頷き合うと、武器を構えて仮面の連中を睨みつける。手斧も斧を抜いて油断なく構えている。
街の中では未だにモンスターが暴れ回り、弱いプレイヤーが悲鳴を上げて逃げ惑っている。他にプレイヤー達を救助しているギルドやパーティもあるだろうが、ここで《アドバンテージ》が動けないでいれば助けられる筈だった死んでしまうかもしれない。それにこんな危険な場所にリンをいつまでも居させる訳にはいかない。
モンスターが暴れているということは、プレイヤーである《屍喰らい》だって危険な筈だ。ここは交渉して引いて貰う事は出来ないだろうか。
交渉するため、一歩前に出て口を開く。
「モンスターが暴れまわってるのが見えないのか!? ここで戦えばお前らだって危険だろう! ここは一旦引いてくれないか!?」
最初にナイフを投げてきた女が、返事をする代わりに両手に持ったナイフを投擲してきた。鋭い音を立てて飛来する数本のナイフを大太刀で弾く。それが合図になったかのように他の連中も動きだした。俺達が逃げられないように円形になりながら、距離を縮めてくる。
「手斧! お前は下がってろ! リンを頼む!」
リンを手斧の隣に置いて、正面から走ってきたナイフの女を迎え撃つ。《アドバンテージ》のメンバー達も互いに背中を合わせながら、前からやってくる連中と戦闘を開始した。人数ではこちらが負けているが、実力では負けない自信がある。前回のように十数人に囲まれながら戦うのは流石にキツイが、数人程度ならば何とかなる筈だ。
ナイフの女が手に持っていたナイフを全て投擲してきた。大太刀で弾き、身体を捻って全てを回避する。
「っ」
ナイフに意識を取られている隙に、ナイフの女は背中に差してあったダガーの様な小さい片手剣を抜き、まるで地面を這うように姿勢を低くしながら間合いに入ってきていた。手に握られたダガーが真っ直ぐ俺の心臓目掛けて向かってくる。
回避不可能だと理解し、俺はダガーを左手で受け止めた。刃が掌を貫通し焼けるような痛みが襲ってくる。呻きそうになるのを堪え、動きが止まった女に向けて背中を大きく後ろに逸らし、勢いを付けた頭突きをお見舞いする。
ゴッと鈍い音が響き、女の仮面が砕ける。後ろに大きく仰け反った女の腹部に向けて膝蹴りを叩きこむ。女はスピード重視なのか、盾は装備していないし防具も軽装だ。威力の低い素手での攻撃とはいえ、レベルが上がり身体能力もかなり上昇している俺の攻撃を女は耐え切る事が出来ない。
小さく息を吐き出し、くの字型に身体を折った女に片手で持ち上げた大太刀を振り下ろす。女は咄嗟に腕を上げて防御する。手の甲を覆っているプロテクターで受け止めるつもりだろう。
左手を負傷しているため、両手で振ることは出来ないが、今までに片手で振る修練をしてきた。軽い防具しか装備していない女の腕を斬り落とすには十分な威力だった。
ズパッと切断音がすると同時に重い手応えが大太刀を通して伝わってくる。切断された腕がクルクルと回転し、地面に落下して光の粒となる。血は出ていないがそれなりにショッキングな映像だ。しかし俺はそれをもう何とも思わない。リンを守るためなら、この程度の事はいくらでもする。
女はうめき声一つ上げる事無く、即座に《ステップ》で後ろに跳んだ。その一瞬、俺は彼女と目があった。
どんよりと濁り、光のない虚ろな瞳だった。
下がった彼女と入れ違いざまに、スキルを発動した双剣の男が突っ込んできた。左手の剣を正面から振り下ろしながら、右手に持った剣を斜めから振り下ろす同時攻撃だ。
【黄金の祝福】で腕の傷が回復していたので、大太刀を両手で握り男に構わず横薙ぎに振る。
男の双剣が目の前まで迫るがそれが俺に当たることは無かった。男の上半身が滑るようにして地面に落ちていく。下半身が力を失って膝をつく。
大太刀で腰から上を斬り落としたのだ。今の感触で分かったがやはりこいつらは大したレベルではない。装備も凄まじく良いという訳では無いし、技術が卓越しているという訳でもない。
これならどうにかなりそうだ。
心の中で安堵すると、地面で藻掻いている男の首を斬り落とす。自らの手で命を奪う感触。背中に冷たい物が走り、全身の力が抜けそうになる。それらを今までの経験と、リンを守るという意志で抑えこみ、周囲の様子を確認すした。
俺の予想通り、《アドバンテージ》の皆も仮面の連中相手に善戦していた。カズヤやエッグ1は複数対一で戦っているが、それでも相手を押している。相手を全滅させるのも時間の問題だろう。
彼らが相手を追い詰めている為、リンと手斧の所に仮面の連中は行けていない。仮に間を通り抜けてリン達に襲いかかったとしても、こいつらでは手斧にも勝てないだろう。
ドン、ドンと地面を鳴らしながら、前方からクリスタルドラゴンがコチラへ歩いてきているのが見える。まだかなり距離があるが間違いなくコチラへ向かってきている。
俺達の実力ならばクリスタルドラゴンでも倒せるだろうが、あいつのブレスは範囲が広い。万が一の事があるかもしれないし、早く《屍喰らい》の連中を蹴散らして逃げたほうが良いだろう。
既に十人いた仮面の連中は俺に一人、《アドバンテージ》によって四人倒されている。残りはもう半分だけだ。《アドバンテージ》に加勢するためにナイフの女に止めを刺そうと視線を前に向け、俺はゾワリと嫌な感覚を覚え《ステップ》で斜め後ろに跳んだ。
次の瞬間、さっきまで俺がいた場所に仮面を付けた男が大剣を振り下ろしていた。地面に刃がめり込んでいる。
さっきまで居なかった男の襲撃に、俺は慌てて周囲を見回す。
「クソ……」
最初に襲われた時と同じように、十人程の仮面を付けた連中が俺達を囲んでいた。これでまた人数的にはコチラが不利になってしまった。注意深く周囲を確認するが、今の所他の気配は感じられない。しかし《屍喰らい》の規模的に考えてまだ伏兵がいるかも知れないし、何より未だに戦人針の姿が見えない。状況は振り出しに戻るどころか、余計に不利になっている。
舌打ちし、地面から大剣を抜いた男がこちらに突進しようとしているので、対応しようと大太刀を持ち上げる。
その時、唐突に現れた影に大剣の男の動きが止まった。ビクリと身体を震わせると、どうしたら良いのか分からないといった様狼狽えている。
どこからかやってきたその影の正体はカタナだった。カタナは無表情で男を一瞥した後、俺達を囲んでいる連中にも視線を向ける。カタナに視線を向けられた仮面達は大剣の男と同じように動きを止めた。
「今のうちに行こう」
カタナの言葉に頷き、俺は急に連中が動きを止めて驚いている《アドバンテージ》に声を掛け、リンを再び抱きかかえて走りだす。クリスタルドラゴンはすぐ後ろまで来ているし、チンタラしている暇は無いのだ。後ろから《アドバンテージ》の皆がついてきていることを確認し、俺はカタナの背中を追った。
――――――――――――
モンスターの数が少ない場所まで移動し、仮面の連中が居ないことを確認した俺達は、裏路地で一息吐いた。カタナとリン以外の全員が肩を上下させている。
他のギルドが避難させたのか、モンスターに殺されてしまったのか、さっきまで聞こえてきた悲鳴や怒声は聞こえなくなっていた。早い所俺達もこの街から避難した方が良さそうだ。しかしまだ《屍喰らい》が彷徨いているかもしれないので、玖龍達にメッセージを出しておいた。しばらくすればこの街に応援が来るそうだ。しばらくはここで待機しているつもりだ。
壁にもたれ掛かる俺達に言葉はない。
冷静になって今まで起こった事を整理すると、また頭が冷静じゃなくなりそうだ。皆頭が混乱して、どうしたら良いのか分からない状況なのだろう。カタナですら、今は無表情で黙っている。
「なあアカツキ」
「ん? どうした」
エッグワンが小声で話しかけてきた。
「ここに直前にカタナと話したか?」
「? ああ、話した」
「行き先とかを教えていたのか?」
「そうだが」
質問に答えると、エッグワンはそうかと頷いて離れていった。何だったんだろう。
まあ、今は他の事は考えず、安全についてだけ考えていた方が良さそうだ。混乱していては動きが鈍る。
隣に座っているリンの頭を撫でながら、これからどうするかを頭の中で纏める。一応現在地をメッセージで伝えているため、ここで待っていれば大丈夫だろうが、いつまでここが安全か分からない。見張りを立てて周囲を警戒した方が良いだろう。カズヤ達が何か話しているので、見張りを立てようという事言いに行こうと立ち上がった瞬間、
「そいつから離れろ!」
エッグ1がカタナを指差しながらそう叫んだ。何事かと俺とリンが固まっていると、カズヤ達が俺達の腕を掴み、カタナから距離を取らせた。他のメンバーは武器を構えてカタナを睨みつけている。
カタナは何が何だか分からない、という表情で俺達の方を見ていた。
「どういうことだ? 何がどうなってる」
カズヤ達に説明を求めると、エッグ1が油断なくカタナを警戒しながら「カタナは《屍喰らい》と内通している可能性がある」と答えた。最初は冗談か何かで言っているのかと考えたが、彼らの表情は真面目その物だった。
「どういう理由があってそんな事を言うんだ。この状況でそれは洒落にならないぞ」
腕を振り払い、キツイ声色で問う。流石に友人に向かってそんな事を言われれば黙っている訳にはいかない。リンもなんでそんな事を言うのか、と責めるような表情でエッグ1達を見ている。
「過去にあった《屍喰らい》による襲撃事件。その全てにカタナが関わっているんだよ。《ブラッディフォレスト》での《連合壊滅事件》でもそうだし、その後何度かあった《屍喰らい》絡みの事件にもどこかしらでカタナが関わっていた」
「たったそれだけでカタナを疑うなんてどうかしてる。カタナは以前から攻略組だったんだぞ。色々な場所で活動していたんだから《屍喰らい》と関わりを持ってもおかしくないだろう」
「そうだよ。ちゃんとした根拠は無いのかい?」
カタナが僅かに表情を険しくし、エッグワンに問いかける。
「アカツキがモグラ叩きをしている最中に《屍喰らい》に襲撃された事件があっただろう」
「ああ……」
「あの時、お前にモグラ叩きという隠れスポットを教えたのは誰だった?」
「それはカタナだが……」
「おいおい、僕は友達に穴場を教えただけだぜ?」
「じゃああの時、お前がモグラ叩きに行っているという事を知っていた奴は何人いる?」
あの時、俺の行き先を知っていたのはリンとカタナだけだった。助けを呼び、カタナによってアーサー達も俺の居場所を知ったが、それは襲われた後の話だ。襲われる前に俺の行き先を知っていたのはリンとカタナしか居ない。
「でもさ、アカツキ君はモグラ叩きの場所に何日も通っていたし、途中ですれ違うプレイヤーもいた筈だよ? その中に《屍喰らい》のプレイヤーがいて、アカツキ君に気付いて襲撃してきた、って事も考えられるんじゃない?」
「確かにそれはあるかもしれない。まあこれはお前が疑わしいという話の一つに過ぎない。怪しむ理由として、聞くがカタナ、お前は《連合襲撃事件》が会った日、どこにいたんだ?」
「どこにいたって、そりゃ僕は宿の中でダラダラと過ごしていたよ」
カタナの発言を聞き、エッグワン達が表情を険しくした。
「嘘だね。あの日、俺は昼ごろお前が《ライフツリー》のエリアに入っていく所を見ている。時間的に考えて、襲撃事件が会った時、お前は《ライフツリー》のエリアの中の何処かにいただろう。エリアのどこにいたんだ?」
「お、おい。どういうことだ」
エッグワンの話について行けず、俺は思わず話を止めてしまった。
だって、仕方ないだろう。事件が会った日、会った時間帯にカタナが《ライフツリー》の中にいたなんて初耳なのだ。
「俺は手に入れたアイテムで新しい武器を作るため、一人で街の中を歩いていたんだ。そこでカタナの背中を見つけ、お礼を言うために後ろをついていったんだ。そしたら彼が一人でエリアの中に入っていった」
「な、なんで黙って」
「あの時はたまたま偶然、エリアの中に入っていっただけだと思っていた。今もそう思いたい」
カタナは黙って話を聞いている。
「しかし、今日の襲撃にしたってここに来る直前、アカツキはカタナに行き先を話していたそうじゃないか」
「……それは」
「《屍喰らい》がたまたま偶然、あのタイミングでアカツキを襲撃しに来たとは考えにくい」
「……」
「そして、あのタイミングで襲撃してきたということは、あの連中は こうなることを知っていたという事だ」
カタナは口元に手を当て、何も言わずに黙っている。
「俺の予想は、カタナは《屍喰らい》に何らかの形で繋がっており、尚且つ街がモンスターに襲撃されるということを知っていた……という事だ」
「…………」
「今上げた事は確実にカタナがそうであるという証拠にはなっていない。ただ疑問に思った理由を説明しただけだ」
「っ」
カタナが視線を床に落とし、うめき声の様な物を上げた。
「俺は馬鹿げた推理だと笑って欲しい。カタナ。今俺が言ったことについて、反論してくれ」
「…………」
カタナは何も言わない。
「お、おい。言ってやれよ。僕は《屍喰らい》となんか関わりはないって!」
俺がそう声を掛けるが、カタナは「うう」と呻きながら手で顔を覆ってしまう。
場の空気が急速に冷めていく。
「ちょ、リンちゃん!」
俺が何か口にするよりも早く、隣に立っていたリンが動いた。
カタナのすぐ前まで歩いて行き、俺達を睨みつける。
「カタナさんに酷いことを言わないでください! カタナさんがそんな事するわけないじゃないですか! そうでしょ!? お兄ちゃん!」
リンの言葉に、俺は一瞬悩んだ後、頷いた。
そうだ。
カタナが《屍喰らい》と繋がっている訳がない。
「ううう……」
「お、おい、カタナッ」
何かを堪えるかのように、呻き声をあげているカタナに、何か言ってやれ、と言いかけた時、リンの背中で何かが一瞬瞬いた。
何故か、リンのHPが赤く染まり、もう殆ど残っていなかった。
何が起きたか分からず、俺は固まる。
「ううう」
次の瞬間、リンの左胸から刃が生えた。
「あっ」
リンが呆けたような声を出し、自分の胸を見た。
「うううううううううう」
リンの身体が光の粒になっていく。
「ううううううううううううううううう」
ううううううううううううううううううううううううううううううううううう。
「うふ」
うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふうふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ
ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ
ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ
ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ。
消滅していくリンが、困ったように笑って、
俺を見て、
「愛してる」
と呟いて
消滅した。
え
は。
は?
「あはははっはははははははははははっははははははははっははははっはははははははははははっははははははははっははははっはははははははははははっははははははははっははははっはははははははははははっははははははははっははははははははっはははははははははははははっははははははは! あはははははははっははははははははっはははははははははははっははははははははははははははははははははははははははははははあはははははははっははははははははっはははははははははははっはははははははははははははははははははははははははははははは!!!!」
カタナが狂ったように笑って。
リンが死んだ。




