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【■■■■■■】の中にある休憩室で、管理人浦部健正と副管理人朝倉彩花は椅子に座り、向い合ってコーヒーを飲んでいた。朝倉は気怠げな表情を浮かべ、マグカップをテーブルに置いて身体を伸ばす。その様子を浦部はニヤニヤと笑いながら見ている。何がおかしいのかと顔をしかめ、浦部の視線の先を見てみると自分の胸だった。身体を伸ばすことで胸が突き出される形になっている。この男がニヤニヤしている理由を知り、ぎこちなく身体を普通の体勢に戻した。自分の胸がそこそこ大きいという自覚がある朝倉は、何度か男性にこういう視線を向けられた事があるため、感情を表に出すことはなかった。
浦部は浮かべていた笑みを消し、真顔に戻る。
「さて朝倉、例の件なんだが」
「今、浦部貴様私の胸を見て居なかったか?」
「え、いや、ははっ、まあそんなことより」
「貴様が私の胸を見ていたという事実以上に今語ることなど無いわ!!」
「いやそんなにお前の胸重要!?」
などというやり取りを数分し、最終的に浦部が土下座させられたのは置いておく。
それから二人は数分の間、現状についての話をした。
「それで、あの人の様子はどうなんだ?」
「ああ、最近は例の実験に専念してるらしいな。たまに抜けだして遊んでいるようだが」
「全く……お前とあの人はどこか似た所があって困る」
「はは、まあ類は友を呼ぶっていうしな」
コーヒーをズズッと啜りながら、浦部は薄っぺらい笑みを浮かべる。朝倉はこの男の軽薄な笑いが嫌いだった。ヘラヘラと笑って誤魔化し、自分の思っている事を表に出さない。そのくせ相手の考えていることは容易く見抜くのだ。浦部はたまに口元にだけ笑みを貼り付けて、目が全く笑っていない時がある。まるで自分の考えている事が見抜かれている様な気がして、たまにこの男が怖くなる。
――――私が考えている事も、こいつは見抜いているのだろうか。
今もこいつは口元にだけ笑みを浮かべ、目は笑っていない。朝倉はマグカップを口に近付け、ゴクリと喉がなるのを隠した。その空虚な目で一体どこを見ているのだ。
そして浦部の視線の先を確かめると、またもや自分の胸を見ていた。
……やっぱりこの男は何も見えていないかもしれない。
「……それで浦部、例の連中については何か分かったのか?」
「いーやなーんにも」
気の抜けた返事が頭に来る。
「何かを考えていないようでやっぱり考えていない、この男の表情が不愉快だ。が、この男は仮にも上司なのだ。それを部下の私が口に出すことは出来ない」
「いやいやおもいっきり口に出してるからねお前!?」
「……全く。おかしいだろう。外部には情報が漏れないよう細心の注意を払った筈だ。失敗すれば全てが終わるのだからな」
「まあねえ。誰かが外部に漏らしたんだろうけどな」
「…………」
「まっ、今の所何の行動も見せてないし、心配するだけ無駄だろうぜ。ここに来た時点で俺達には何も出来やしねえよ」
「だといいんだがな。『時間制御』が現実時間に近付いたのと同時に、しかも閉めたはずのゲートをこじ開けて中に入ってきたんだ。これで終わるとは思えん」
「ま、何かあったらあった時に対処すりゃいいさ。今は完成を急ごうぜ」
「全く……。例の連中といい、バグといい、まだ解決していない事が山積みだ。胃に穴があきそうだ」
「はは。実際はあかないだろ。だってここ、ゲームの中だし」
「ふん、冗談だ。そんなことは分かってる。だが精神的な疲れとかはどうしようもないだろう」
「心労をケアするプログロムとかあったはずだけど、使ったか?」
「……ああ、あれか。確かに頭がスッキリするが一時的だしな。頭の中を弄られてるようで気持ち悪いし、あまり好きじゃない」
「はは。まあ実際弄られているんだがな」
「浦部貴様さっきから無駄な所まで『・』で強調するのやめろ鬱陶しいぞ遊ぶな」
「ええ、お前そこに突っ込み入れてくるのかよ。お前そんなメタな事を言って大丈夫か」
「メタも何も一言喋るごとに『てん』とか言ってるだろお前」
「はは。まあゲームの運営なんていうポジション自体、メタではあるがな」
そう言うと浦部は立ち上がり、「じゃあ戻るわ」と言って休憩室を出て行った。部屋には朝倉一人になる。
朝倉は残りのコーヒーを喉に流し込むと、システムを利用して目の前のマグカップを消滅させる。そして椅子からおもむらに立ち上がり、浦部が出て行った扉を睨む。
私がしようとしていることは、浦部にはまだバレて居ないはずだ。
――――バレる訳には行かないのだ。
朝倉も休憩室から出て行く。
そして、休憩室は完全な沈黙に包まれた。




