孤児院設立
貯まった金と国王の口添えもあり、ついに孤児院を建てることが出来た。
町の外れにある余った土地に建てた為、畑なども作ることが出来る。建物はそれほど立派ではないが、綺麗で清潔な雰囲気は中々良いと思う。
適正人数は三十人ほどだろうが、五十人くらいなら生活出来るかもしれない。そんなことを思っていたら、なんと六十人の子供が生活することになった。布団を敷き詰めて寝る合宿のような生活になるが、子供達は喜んでいたので大丈夫だろうか。
「エメラお姉ちゃーん!」
「はーい! 何ですかー?」
名を呼ばれ、エメラは嬉しそうに走って行った。エメラは孤児院の小さな子に人気があり、よく面倒を見ている。
俺が作った鉄棒や登り棒、バーベルなどを駆使して孤児達は楽しそうに遊んでいた。
その様子を満足感と共に見つめていると、孤児達の運営の為に雇った中年の女性がこちらへ歩いてくる。
「あの、マットさんちょっとお話が……」
言いづらそうにそう話し掛けられ、俺は首を傾げた。
「どうかしましたか、ウラカンさん」
「いえ、月々の支払いなんですが……予定よりお金が掛かりそうで……」
「そうですか。まぁ、予想は出来てたので問題ありません。追加でお支払いしておきます」
「そ、そうですか! ありがとうございます!」
かなり不安だったのか、ウラカンさんは急に晴れやかな笑顔になり、去って行った。ウラカンさんも生活が困窮した中で一人娘を育てていた為、給料が出ないかもしれないと心配になったのだろう。
俺はウラカンさんの背中を見送りながら、ため息を吐く。
「食料、衣料、油代、従業員の給料……中々現実は厳しいな」
そう呟き、首を左右に振る。
何となく利用していたが、コンビニやラーメン屋などの店を運営している人は凄い人なのだろう。
俺は自分の身体一本で勝負し、稼いできたことを誇りにしていた。だが、店や会社を運営する経営者にはなれそうにない。
「向き不向きということか……いや、不得意なことだと分かっただけ良しとしよう。二倍努力して、人並みだ」
深呼吸を一度して、両手で自らの頬を打つ。
気合いだ。気合いがあれば大概のことは乗り切れる。
まずは、経営に詳しい人に教えを請うとしよう。
「それで何で私のとこに来るんだい」
そう言って、肉屋の女は俺に肉を差し出した。
「この店を経営して長いんだろう? その経験を活かして助言が欲しい」
肉を受け取りながらそう答えると、女は屋台から出てきて自分の店をじっくりと眺めた。
そして、こちらに顔を向ける。
「これが店? こんなのは経営の内に入んないよ!」
「しかし、全部自分でやっているんだろう?」
「そりゃあ、人なんか雇う余裕はないからね。でも、アンタん所は管理を任せられる人を雇えば良いじゃないか」
「それを探しているが見つからないんだ……だから、毎回自分で市場に行って……」
そう口にすると、唖然とした表情が返ってきた。
「市場に毎回行ってんのかい? まさか、一つ一つ選んでるなんてことはないよね?」
「選んでるぞ。子供達の口に入るものだ。しっかり吟味して……どうした?」
気が付けば、女は頭を抱えるように片手で額を押さえて唸っていた。
「よし、私と一緒においで」
「ん? 店は良いのか? 今日は興行は無いが……」
今は屋台の周囲に人は少ないが、それでも全く人がいない訳では無い。俺が心配してそう尋ねると、女は近くを通る中年の男性を見つけて声を掛けた。
「ちょっと、そこのおっさん! 代わりに肉を売っててくれるかい!? すぐに帰るからね!」
「おお! ってまたワシかい!」
「ああ、またおっさんかい。はっはっは! じゃあ頼んだよ!」
「ええい、お前より沢山売ってやるわ!」
そう言って、男は屋台の肉を焼き出した。どうやら留守番をしてくれるらしい。なんだかんだで屋台が似合っていると思った。
市場に行くと、俺の前を先導する女が慣れた様子で人混みを掻き分けていった。
車一台も通れないような狭い通路を人がごった返しており、様々な店が通りを挟むようにして所狭しと並んでいる。
女は俺が普段買う店を通り過ぎ、奥の方へ進んで行った。
「こっちの店はあんまり力が無いからね。良い場所がもらえないのさ。だから、常連のお客を大事にするよ」
「大きい店の方が安いんじゃないか?」
「何言ってんだい。大きい店でもこの場で売ってる商品はそんなに安くないよ。新鮮な食べ物を小分けにして売ってくれるんだからね。それに大体の相場ってのがあるさね」
「む、そ、そうか」
「いいからついて来な」
笑いながら言われたそんな台詞に俺は素直に従った。
後を付いていくと、女はパッとしない店の前で止まった。店の前には色々な食材を木の箱に別けて纏めているが、あまり目立つような雰囲気では無い。
店の奥には若い女が一人で座っており、どこか遠くを見つめてボーッとしているようだ。
「クルック! 目開けたまま寝てんじゃないだろうね」
女がそう言うと、クルックと呼ばれた女は顔を上げてこちらを見た。
「あ、お肉屋さん……と、誰でしょう?」
クルックにそう言われ、俺は軽く会釈する。
「ヤマトという。孤児院を経営しているんだが、安く食料が入らないかと思って教えてもらった」
そう自己紹介すると、クルックは首を傾げた。
「安く……うち、そんなに安くないですけど……」
クルックは眉をハの字にしてそう呟くと、困ったように屋台の女に目を向ける。
すると、女は俺を見て苦笑し、クルックを振り向いた。
「普通の値段で良いさ。ただし、孤児院まで配達をお願いするよ。定期収入の機会だ。大丈夫だろ?」
女がそう言って笑うと、クルックは目を何度か瞬かせる。
「孤児院に? うん、それは有り難いですけど……大きな店なら在庫も一杯あるから多少安くなりますよ……? うちは、あまり安く出来ないから……」
「良いから! 嫌なら仕方ないけど、別に配達くらい大丈夫なんだろ? ほら、弟もいるじゃないか!」
「あ、は、はい……そ、それでは、ちょっと詳しい話を……」
クルックは勢いに負けてゆったりと立ち上がり、店の奥に向かって歩いて行った。
俺がその様子を眺めていると、女は笑って俺の背中を叩く。
「安心しな! あの子は抜けてるけどね、真面目だから変な品物は持ってこないよ! だからあんまり儲けれてないんだけどね」
そう言われて、俺は納得する。
「そうか。安くは無いが、きちんとした食材が定期的に運ばれてくる……人件費と手間の節約になるのか」
俺がそう呟くと、女は快活に笑って頷いた。
「お、やっと分かったかい! それに信頼のおける店と取引出来るのが一番さ! 後は、服とか油類とかも毎回孤児院に届くようにしないとね!」
「……助かる」
俺はそう返事をして、ふと、あることに意識がいった。
名前を呼ぶことが無かった為気にしていなかったが、今度から店の人と話をする時に困るかもしれない。
「そういえば、名前を聞いていなかった」
「はっはっは! 今更だね!」
女はそう言って笑うと、口を開いた。
「ミチノークだよ!」




