第86話 狂気の裏
斬られて大量に吐血した俺は、咄嗟に魔剣を爆発させる。
勇者は聖剣でガードしながら飛び退いた。
飛び散った破片は残らず弾いていた。
反応速度が以前とは比較にならない。
豹変前から剣術に優れていたが、そこにチート級の身体能力が加わったことで脅威度が急激に上がっている。
「ったく、厄介だな」
俺は愚痴りながら再生する。
割れた胴体は完璧に復元し、衣服に付いた血も綺麗さっぱり消えた。
指先で斬痕のあった場所をなぞる。
「…………」
血みどろの勇者は剣を構えて佇んでいた。
表情は読めず無言だ。
その双眸を目にした瞬間、俺は確信する。
「やっぱりお前、発狂してないだろ」
「……自分では、もう判断できない」
返り血に隠れた顔が呟いた。
それは紛うことなき本音であった。
狂人は己の狂気に気付けない。
歪んだ視点では、正常な者との比較すらままならないからだ。
俺の主観で判断するのなら、勇者はまだ理性を保っていた。
本当に狂った奴は、戦闘技術すら放棄して本能のままに攻撃してくる。
目の前の勇者は、己を呑もうとする狂気を利用していた。
表面上は理性を飛ばして虐殺し、そうすることで強さへの足枷となる自身の心を封じている。
最速で力を得るためには、人々を殺戮するのが一番なのだ。
仲間を復活させずに経験値も独占しているのも大きい。
ゲームシステムを勇者が理解しているはずがないので、直感的に感じ取ったのだろう。
倫理や良心を置き去りにして、勇者は徹底的な効率化を図っていた。
(すべては世界平和のため、か)
俺は勇者の覚悟を察する。
精神的なボーダーラインで揺れる彼は、ここまでどんな想いで歩んできたのか。
さぞ地獄だったに違いない。
大切な仲間を守れず、己のポリシーすら貫けない。
掲げた正義は否定されて、他でもない大衆に踏み躙られる。
目的意識だけを保とうとした結果、血濡れた虐殺者になった。
もはや彼を英雄として崇める者はいない。
「……いや、俺だけでもやっておくか。よっ、勇者様かっこいい」
心を込めて声援を送る。
返ってきたのは聖剣の刃だった。
俺は刹那の間に数十の肉片へと分解される。
気が付いたら視界が暗転していた。
ここまでくると、もはや痛みすら感じない。
そこから俺は平然と再生して反撃を行う。
素手による爆破を狙うものの、勇者は的確に受け流してやり過ごした。
さらに追い縋るが、今度はミンチ状に切り刻まれた。
再生した俺は首を刎ね飛ばされながら呆れる。
(なんて身体能力だ。レベルを上げすぎだろ)
ステータスを弄って最大値にしている俺を明らかに凌駕している。
勇者はシステム的な限界を超越し、カンストレベルのその先に到達したようだった。




