第114話 悪意の鎖
倒れた博士はもう動かない。
毒液と血だまりが一緒になって体外へ流れ出していた。
荒野に落ちた生首が泡を立てて急速に腐敗する。
身体も同様に腐って液状化しつつあった。
体内に仕込んでいた毒が、制御から解放されて効力を発揮しているのだ。
僅か数秒で博士の痕跡は、血と毒に汚れた衣服のみとなった。
博士は死んだ。
俺はその事実を冷静に受け入れた。
こうなることも可能性として想定していたのだ。
世界最強の勇者パーティーを全滅させようとしているのだから、当然、犠牲が出てもおかしくない。
向こうを皆殺しにして、こちらの被害がゼロなんて楽観的すぎる。
これが現実だった。
ゲームモチーフな異世界だが、死はどこまでもリアルである。
残機を持たない者にとって命は一つなのだ。
死ねばそこで終わりとなる。
ところが、そこまで冷静なのは俺だけだったらしい。
黒魔導士が顔を真っ赤にして激昂し、何事かを叫びながら勇者に突貫した。
彼女は即死魔術の超連打を見舞う。
それは色鮮やかな光が乱反射しながら勇者へと殺到した。
光と轟音が辺りを埋め尽くしながら地形を徹底的に破壊していく。
肉体にかかる負荷を無視した猛攻だった。
いつもは飄々とした黒魔導士が怒り狂っている。
勇者パーティーに入るルートを持つ彼女は、その根幹に英雄の素質を持っていた。
俺のような外道と違って犠牲を割り切れない部分があるのだろう。
だからこそ怒りを抱き、その報復に打って出た。
黒魔導士の猛攻は数分が経っても続いていた。
時折ふらつきながらも、彼女は術の連打を繰り返す。
もう明らかに命を削る領域となっていた。
それを止める資格が俺にはない。
ただ邪魔をせずに傍観することしかできないのだ。
叩き込まれる魔術の豪雨が止まったのは、それから二十秒後のことだった。
爆心地から放たれた斬撃が、黒魔導士の術を残らず両断した。
土煙から歩み出てきたのは再生途中の勇者だった。
骨や筋肉を露出させて、どす黒くなった血を鎧のように纏いながら現れた。
その手には、やはり聖剣が握られている。
勇者は血を滴らせながら駆けた。
反応できなかった黒魔導士の胸を貫き、そして胴体を斬り払う。
黒魔導士は仰向けに倒れた。
苦痛に歪む顔が遠目にも分かった。
彼女の呼吸が徐々に弱くなる。
あの姿は屋敷から飛ばした分身のはずだが、勇者の放ったカンスト越えのダメージは本体にまで届いているのだろう。
やがて黒魔導士は呼吸を止めた。
怒りに燃え狂う彼女は、それすら呑まれて死んだのだ。




