因果応報の始まり(3)
「さっきまでの威勢はどうしたぁ‼」
鉄仮面とディアナの一騎打ちが始まった。
鉄仮面は特殊な全身鎧で体を覆っており、鎧の強度はアスナの斬撃すら防ぎ、逆に彼女の刀を折るほどだ。
対してディアナは素手だ。
普通に考えればディアナが鉄仮面に勝てる要素はないように思える。
鉄仮面もそれがわかっているのだろう。
まるで、遊ぶようにディアナに大刀を振り回して、彼女が避ける姿を見て楽しんでいるようだ。
ディアナは鉄仮面の攻撃を躱すたびに、彼の鎧を触りながら何かを確かめ確認している。
そのことに鉄仮面も気付いているのか段々と怪訝な雰囲気になり、ディアナに吐き捨てるように言った。
「……てめぇ、何を考えていやがる?」
「さぁ、教養の無い頭で考えてみてはどうでしょうか?」
ディアナは鉄仮面を煽るように不敵な笑みを浮かべながら言葉を紡いだ。
安い挑発ではあるが、鉄仮面は周りに伝わるほどの怒りを露わにしていた。
彼がさっき言い放った言葉。
『男に勝る女なぞ存在しねぇんだ‼ 絶対だ‼』という内容から察するに、彼にとって強い女性というのはトラウマになっているのかも知れない。
「ちょこまかすんな‼ このメイドがぁ‼」
「……‼」
ディアナの服が鉄仮面の斬撃によって切り裂かれた。
鉄仮面はその見た目と反してちゃんとした剣士だった。
彼は少しずつディアナの動きに合わせた斬撃を繰り出している。
結果、彼女の服を少しずつ切り裂いていた。
鉄仮面はディアナの服の面積が少なくなった時に、下卑た声で言い放った。
「メイドのストリップも楽しいが、俺が倒してぇのはお前じゃねぇ‼」
鉄仮面は言葉と同時に鋭い斬撃を繰り出した。
だが、ディアナはその斬撃を紙一重で躱す。
その時、彼女が後ろでまとめていた髪留めが外れ、髪が下ろされた。
ディアナは鉄仮面から少し距離を取ると、彼を見据えた。
「……そうですね。悪趣味な被り物をしている男の相手は生理的に疲れますから、終わりにしましょう」
「……舐めたことを言ってんじゃねぇぞ‼」
彼女の言葉に逆上した鉄仮面は大刀を上段に構えて彼女に向かって突進した。
対してディアナは突進してきた彼の懐に入ると、笑みを浮かべて火属性の魔法を発動させた。
たちまち鉄仮面は火に包まれるが、笑いながら言い放った。
「フハハハ‼ 馬鹿が‼ この鎧は特別製と言ったはずだ‼」
火に包まれながら彼は、再度ディアナに襲い掛かる。
だが、彼女は鉄仮面の攻撃を躱すとまた火属性の魔法を発動した。
そのやりとりが何度か繰り返された時、鉄仮面の動きに異変が起きた。
動きにキレが無くなり、明らかに体力が激減している。
鉄仮面はディアナを怨めしそうな目で睨んだ。
「て、てめぇ、まさか最初からこれを狙っていたのか……⁉」
「今更気付くなんて、やはり教養がないですね……」
「……‼ クソがぁ‼」
鉄仮面に最初にあった余裕はもうなかった。
彼はディアナの策にはまったことを理解して、なんとか勝機を見出す為に大刀を振り上げ彼女に向かってがむしゃらに駆け出した。
だが、それは悪手だった。
ディアナは鉄仮面の動きに動じることなく、火属性の魔法を再度発動した。
炎に鉄仮面が包まれた時、彼は初めて悲痛な叫び声を上げた。
「ぐぁあああああああ‼ 熱い‼ やめろぉおおおお‼」
その時、僕はディアナが考えた策の正体がわかった。
恐らく、最初の火魔法を発動した後、彼の鎧に『火魔法が直接効かなくても、熱は宿る』ことに気付いたのだろう。
鉄仮面の攻撃を躱しながら、気付いた仮説が正しいか確認をして実行に移したのだ。
いま鉄仮面は全身鎧が熱く焼けた鉄板と化しており、中はまさに生き地獄だろう。
すでに、ディアナは火属性の魔法を止めている。
だが、鎧に籠った熱はそう簡単に下がらない。
鉄仮面は悲痛な声を上げながらのたうち回っていた。
ディアナはため息を吐いて彼に言った。
「馬鹿ですね。そんなに熱いなら鎧を脱げばいいじゃないですか……」
「……‼ そ、そうか‼」
鉄仮面はディアナの言葉に流されて急いで全身鎧を脱ぎ去った。
全身鎧を脱ぎ去った後の彼は鉄仮面に薄い下着姿という非常に滑稽な姿になっている。
その素肌は褐色であり、彼はダークエルフかもしれない。
だが、鎧の熱で体のあちこちが爛れており、酷い火傷を負っているのが見てわかる。
そんな彼にディアナは容赦しなかった。
鎧を脱いだ鉄仮面に対して不敵な笑みを浮かべると、一瞬で懐に入り彼のみぞおちに拳を叩きこんだ。
「……⁉ げばぁああ‼」
鉄仮面はいま酷い火傷により皮膚が爛れ、恐らく神経がむき出しになっている。
そんな、体に何か触れようものなら相当な激痛が走るはずだ。
その状態でみぞおちに抉り込むような拳が入るのであればその痛みは想像を絶するものだろう。
僕は、最近似たような光景を見たことを思い出して「ディアナ、それはやり過……」と言いかけたが、時すでに遅く彼女は言い放って魔法を発動させた。
「弾けて爆ぜろ‼」
彼女が言葉を発すると、鉄仮面のみぞおちに打ち込まれた拳から大爆発が起こった。
その爆発で発生した轟音と煙を纏いながら鉄仮面は悲痛な叫びを上げながら吹っ飛んだ。
「ばわぁああああああ‼」
爆発の衝撃で宙を舞った彼は、マレインの横を素通りして二階の壁に激突した。
その後、壁からずり落ちた彼にはもはや意識はない。
鉄仮面を吹き飛ばしたディアナは、一階から見上げながら呟いた。
「……あなたには、その無様な姿が相応しいですね」
「てっ、鉄仮面すら勝てないだと‼」
マレインは自分の屋敷に来た集団が常識外れの強さを持っていたことに今更ながらに気付いて頭を抱えていた。
彼の動揺は、ゴロツキ達にも伝わりもはや僕達に勇ましく向かってくる者はおらず、及び腰になっている。
「潮時だな」と思った僕は、アスナに目線で合図を送る。
さらに、外に待機しているクリスに打ち合わせしていた合図として「火槍」を屋敷の外に向かって放った。
僕のしたことの意図がわからず、マレインやゴロツキ達は怪訝な表情になっている。
合図に気付いたアスナは僕に向かって首を縦に振ると、ファラに近寄り屋敷全体に響くように高らかに言い放った。
「者ども控えろ‼ このお方をどなたと心得る‼」
アスナの言葉にマレインが、屋敷中の人が注目した。
その時、ファラとアスナは頭巾を解き始めた。
アスナの代わりに僕とディアナがファラの前に控えながら言葉を高らかに言い放った。
「このお方はレナルーテ王国第一王女、ファラ・レナルーテ様で在らせられる‼ 者ども頭が高い、控えおろう‼」
「な、なんだと⁉」
僕達の言葉に合わせて頭巾を解いたファラとアスナの素顔を見てマレインの顔は真っ青になり、血の気が引いた。
そんな彼にファラが止めと言わんばかり、見据えて言い放った。
「マレイン、あなたもこの国の「華族」の一員であるならば私やアスナの顔を知らないとは言わせません。あなたが行った行為を私はこの国の王女として許すわけには参りません。追って沙汰が下ると思いなさい……‼」
「ば、馬鹿な⁉ こんな馬鹿なことがあってたまるか‼」
血の気が引き、真っ青になり、頭を抱えたマレインにさらなる衝撃が訪れた。
僕達の後ろにあるドアが開かれてレナルーテ王国の兵士達がなだれ込んできた。
その中で一番強面の兵士が高らかに言い放った。
「レナルーテ王国軍である、神妙にお縄を頂戴しろ‼」
「……⁉ 何故だ‼ 何故、王国軍までこんなに早く来るのだ⁉」
マレインは何が何だかわからないと混乱している様子だ。
一方、強面兵士の言葉が発せられると兵士達はゴロツキ達にどんどん縄をかけていった。
その様子を僕達が見ていると、後ろから声をかけられた。
「リ……じゃない。ティア様、ご無事でしたか⁉」
「あ、クリス。打ち合わせした通り、レナルーテの兵士達を連れて来てくれてありがとう」
「いえ、お力になれたなら良かったです……」
クリスは心配そうな目で見ていたが、僕に怪我がない様子を見て安堵したようだった。
さて、このままここにいると僕がメイド服を着ていることが知れてしまう。
事前に皆で打ち合わせした通り、そっと僕とディアナ、エレンと魔物の二匹はどさくさに紛れてマレイン・コンドロイの屋敷を後にするのだった。
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