爆誕する型破りな魔法
「一階層の奴と違うというのは、このことだったようだな」
「なるほどな。再生するってのもやっかいだぜ」
マルバスは鼻を鳴らし、イビは合点がいった様子で相槌を打った。
鬼山羊【バフォメット】が振るった大鎌の一撃を避けた際、体のどこかに『翡翠の丸玉』があるはずだと目を凝らしても、どこにも見当たらない。
僕だけなら見落とした可能性もあるけど、二人も見つけられなかった。
つまり、見える場所にはない、ということだろう。
「ところでよ、悪役主人公【ダークヒーロー】。『ばふぉめっと』ってなんだ」
「え……?」
イビが眉を顰め、こちらを訝しんだ。
あ、そうだった。
この世界では山羊頭の悪魔こと『バフォメット』の存在は知られていなかったんだっけ。
僕はハッとすると、慌てて鬼山羊を指さした。
「あ、あいつの呼び方。とりあえず、それっぽいかなって。ほら、名称を決めた方が連携が取りやすいでしょ」
「へぇ、名称ねぇ。それにしては随分と言い慣れた様子だったぜ。まさか……」
「な、なんだい?」
元から名前を知っていたとか、変な疑いを掛けられてしまう流れっぽい。
不用意な発言だったか。
ごくりと喉を鳴らして息を飲んでたじろぐと、イビは顔を寄せてきてにやりと笑った。
「あれだな、人形遊びとかで悪役に付けてた名前だろ」
「は……?」
きょとんと目を瞬くと、イビは「当たりだな」としたり顔を浮かべた。
「まぁ、恥ずかしがるなって。悪役主人公ぐらいの年齢なら『格好良い』と思う名前は考えて、人形に付けるぐらいよくある話だぜ」
「え、い、いや……」
意図を察して否定しようとするが、否定したらしたで突っ込まれたらややこしいことになる。
僕は『違う』という咄嗟に言葉を飲み込んだ。
「なんだ、違うのかよ」
「あ、うん。実はそうなんだ。妹のメルと人形遊びする時に、ね」
「そういうことか。でもまぁ、年相応に可愛らしいところもあるじゃねぇか」
イビが笑い出すと、僕は心中で『メル、ごめんね』と呟いた。
でも、人形遊びは何度もしているし、完全な嘘にはならないはずだ。
決まりが悪くなって頬を掻いていると、マルバスが鬼のような形相で舌打ちをした。
「おい、木偶に鶏頭。いつまで話している。さっさと奴を倒して次の階層に進むぞ」
「う、うん。ごめん」
今まで一番怒気の籠もった彼の口調に、僕が軽く頭を下げると、イビはにやにやしながらマルバスを見やった。
「へへ、妹と人形遊びをするようながきんちょに敗北した事実に怒ってんだろ。木偶はどっちなんだろうなぁ」
「……くだらん。木偶が人形遊びをしてようが、例えおしめをしていようが、戦の勝敗は戦略と時の運で決まるのだ。そもそも、狭間砦の戦いは木偶一人に負けたのではない。ライナー・バルディア辺境伯と身内の裏切りが敗北の主な原因だ」
イビの挑発にマルバスは強い口調で答えた。
確かに狭間砦の戦いは僕一人の力じゃないけど、さすがの物言いでかちんときてしまう。
「ちょっと、マルバス。言うに事欠いて『おしめ』は言い過ぎでしょ」
僕が言い返したその時、鬼山羊が大鎌を構え「ガァアアアア」とこちらに向かって駆け出した。
「無駄話が過ぎたな。おい、木偶、鶏頭。翡翠の丸玉が力の源なら、必ず体のどこかにあるはずだ。切り刻むか、体を吹き飛ばすかして見つけ出すぞ」
「あたしに指図すんじゃないよ、ブラコン眼鏡」
「だ、誰がブラコンだ、鶏頭。私は兄上を尊敬しているだけだ」
「はは、頭の耳まで赤くしてやんの。図星だ、図星」
「き、貴様……⁉」
二人が罵り合う中、僕が「くるよ」と叫んだ。
間近に迫ってきた鬼山羊は大鎌を振るい、舞台上に突風が吹き荒れる。
大振りで当たることはないだろうけど、当たれば即死ものだ。
僕達はそれぞれに避け、再び集合した。
「二人とも言い争うのは後にして。それよりも、僕にあいつの体を吹き飛ばす良い考えがある」
「良い考えだと……?」
「へぇ、面白そうだな。聞かせてみろよ、悪役主人公」
眉をぴくりとさせ訝しむマルバス、嬉々として口元を緩めるイビ。
僕が考えを告げると、マルバスとイビは驚いた様子で目を瞬いた。
「馬鹿な。そんな方法は聞いたことがないぞ」
「さすがは型破りの風雲児。やることなすこと、全部がおもしれぇな。でも、本当にできんのか」
「……今は僕を信じて、としか言えないけどね」
説明が事実である証明をするためには、実際にやって見せるしかない。
ただ、攻撃として成立させるなら、二人の協力が必要不可欠だ。
二人の目を見据えると、「わかったぜ、悪役主人公」とイビが頷いてくれた。
「鶏頭、本気か」
「説明が嘘か、本当かはわからねぇ。だがよ、この状況で嘘をつく意味はねぇし、何より……」
イビは僕の目を見つめて、ふっと口元を緩めた。
「牢宮で出会ってから悪役主人公は一つも嘘を言ってねぇからな。信じてやるよ」
「……⁉ ありがとう、イビ」
僕が微笑み返すと、彼女は「ただし……」と目を細めた。
「嘘だったり、失敗した時には、その小さな尻を引っぱたいてやるからな。覚悟しておけよ」
「う、うん。わかった」
彼女に睨まれ、背筋がゾッとする。
言い出しておいてなんだけど、これ絶対に失敗できないやつだ。
「まぁいい、失敗したところで消耗するのは木偶だけだ。嘘か誠か、見せてもらおう」
マルバスは肩を竦めてそう言うと、薙刀を構えて鬼山羊に向かって駆け出した。
「仕掛けるぞ、鶏頭」
「あ、ぼんぼん眼鏡。抜け駆けしてんじゃねぇ」
イビも槍を構えてマルバスの後を追って、鬼山羊に向かっていった。
その背中を見つめながら、僕は魔力を三箇所で高めていく。
「ガァアアアアア」
鬼山羊は迫ってきたマルバスとイビに大鎌を振り回すも、身軽な二人を捕らえることができない。
土の属性魔法を発動して尖岩や壁を作り出し、二人の動きを制限しようとするも、上手くいかないようだ。
それも当然だ。
イビとマルバスは、おそらく獣人族の部族長に勝るとも劣らない実力の持ち主だからね。
鬼山羊から感じる魔力量も凄まじいんだけど、なんというか研ぎ澄まされていない。
水を垂れ流しているだけというか『大きさと力』だけに全振りした風船、張りぼてのようにも思える。
「頃合いだ。やれ、鶏頭。貴様に合わせてやる」
「あたしに指図すんじゃねぇ、ぼんぼん眼鏡」
大鎌の一撃を二人が揃って避けたその時、マルバスとイビが鬼山羊に向かって跳躍する。
そして、すれ違いざまに得物を振るった。
「ガァアアアアア⁉」
鬼山羊が悲痛な叫びを上げ、前のめりに倒れ込む。
二人の斬撃によって、両足の膝から下が切断されたのだ。
でも、すぐに鬼山羊は両腕を舞台に突いて、上半身を起こしていく。
切断された両足を見やれば、もう再生が始まっていた。
「さぁ、言われたとおりにしてやったぞ」
「見せてくれよ、悪役主人公【ダークヒーロー】。てめぇの型破りな魔法をな」
「あぁ、そのつもりだよ」
マルバスとイビの声に応じると、僕は両手に込めていた魔法を暗唱して発動する。
(いけ、水槍に雷槍)
右手から水槍、左手から雷槍が鬼山羊目掛けて放たれる。
ただし、いつもよりかなり大きい槍だ。
「グゥオオオオオオオ⁉」
足の再生が間に合わず、鬼山羊に二つの魔法が直撃。
舞台上に魔波が吹き荒れ、水しぶきと雷鳴が雷雨の如く轟いた。
でも、水と雷の属性はあまり効果がないらしく、鬼山羊は勝ち誇ったように目付きを細め、横線の入った瞳を光らせた。
「ガァアアアアアアア」
耳をつんざく雄叫びを鬼山羊が発した。
『見た目倒しだな、小童。貴様の攻撃など効かん、俺は無敵だ』……とでも言いたげだけど、僕は目を細めて微笑んだ。
「この世界だと知る人は少ないけど、電気で水を分解して水素と酸素を生み出すんだ。そこに火が加わったらどうなるのか。その身を以て知ると良いよ」
そう告げると、僕は頬と胸を膨らませて軽くのけぞり、勢いを付けるように口の中に溜め込んでいた魔力を巨大な火槍として解放した。
迫り来る火槍を目の当たりにしても、鬼山羊は大したことがないと言わんばかりに笑っている。
火槍が着弾したその時、一瞬の閃光が迸って大爆発が起き、爆風と爆煙が舞台に吹き荒れた。
どうやら、鬼山羊は声を上げる間もなかったらしい。
「これぞ爆誕、火遁・大爆殺陣ノ術【かとん・だいばくさつじんのじゅつ】……なんてね」
口の中に残っていた魔力を吐き出すと、その魔力は僕の目の前で赤く煌めきながら霧散していった。




