おっさんどもの挽歌1
俺は刀身を見つめる。
アサシンやバーサ-カーのような自信はない。
あいつらのように突っ込んでいっても死ぬだけだ。
俺は普通の人間だからな。
おそらく……二人は今ごろ何人か勇者を手にかけたに違いない。
俺は……罪人だ。
ガキにさんざん人殺しをさせ、それでもなお手を汚すことを強要している。
子どもに自爆を指示するテロリストと変わりない。
だがそれが悪魔の所業だとしても、あの二人にしか人々を救うことはできない。
だから大人として責任を取る準備だけはしてきた。
政府にはたとえなにがあっても刑事事件にしない確約を得た。
書面は顧問弁護士に預け、暗殺されたときのために他の弁護士にもコピーを渡してある。
もちろん日本だけじゃない。数カ国の弁護士事務所にも書面を渡している。
アメリカからは異世界帰還者の暗殺命令が出たときに第三国への亡命することの提案を受けた。
日本政府が裏切ることはまずないだろう。
それでも最悪のシナリオを想定して準備した。
民主制の日本では政権与党が変われば方針が変わることは珍しくない。
異世界帰りの拉致被害者を恐れて迫害することだってないとは言い切れない。
リスクは常につきまとう。
今回の作戦も罪の免除を確約済みだ。政府が約束を守るつもりならだが。
だから俺が、この関口が二重三重の手段を用意している。
俺は着替えて外に出る。
俺は二人のように化け物じみた体力はない。
レベルが上がっても常識の範囲内の力しか持ってない。
だからサポートで活躍するしかない。
だが今回は別だ。
後方を守るのは俺の役目だ。
たとえ死んだとしても、俺の意志は引き継がれる。そういう仕組みはすでに作った。
今日は死ぬにはいい日だ。……とは思わないがそろそろ順番が来る頃だろうからな。
被災者が車両に乗り込んでいくのが見えた。
最終的には元気で若い大人は徒歩で逃げることになるだろう。
俺が外に出ようとすると老人男性に声をかけられる。
「兄ちゃん、ちょっと来てくれねえか?」
兄ちゃんって年でもないが「どうしたんですか?」と愛想よく近づく。
「いやな、若い男が部屋にこもって出てこねえんだわ」
行ってみると空き教室の鍵がかかっていた。
なるほど中にいるのか。
非常時になにやってんだ?
「避難が始まってますよ。はやく乗ってくれませんか? すぐにここは戦場になりますよ」
すると若い男が怒鳴る。
「俺は絶対にここから出ないぞ! 外に出てもどうせみんな死ぬんだ! 俺はここに隠れて救助を待つんだ」
……めんどくせえ。
もうおじさん本気出しちゃお。
俺は扉に蹴りをぶちかます。
ばたんと倒れた扉を踏みつけ俺は中に入る。
「邪魔だからさっさと逃げろつってんだよ! オラァッ! 早く出ろ!」
男が体育館座りをしてブルブル震えていた。
茶髪のやたら容姿の整った男だ。
ただ涙と鼻水を垂れ流していて……正直笑える。
俺は男の襟をつかむ。
すると男が怒鳴り散らす。
「俺はこんなとこで死ぬわけないんだ!」
「誰でもそうだ! オラ、さっさと立て!」
無理矢理引き起すと男がさらに怒鳴る。
「俺は俳優の目白賢人だ! お前らとは価値が違う!」
ああん?
目白賢人?
そういやそんなヤツいたな。
うちのグループ企業のCMに出てたと思う。
記憶が曖昧なのはそういうのは社員に任せているからである。
「おい、俳優の目白さんよぉ、俺の顔見覚えねえか?」
「ああん? ……ああ! そうか番組スタッフか! ほら、路線列車グルメ旅の! 助けに来てくれたのか!」
「ちげえよバカ! お前をCMに出演させてる企業のオーナーだ! 顔くらい憶えておけ!」
「ええっと……あの通販番組の? 俺監修のフライパン売ってる」
この野郎!
的確にいらつかせてくれやがる!
「お前が似合わない背広着てウェーイって言ってる方だよ」
「あ、ああああーッ! 関口さん!」
「うるせえ! さっさと来やがれ!」
いきなり態度がよくなった目白を連行する。
外に出るとトラックが去って行くのが見えた。
「おーお、最終便が出ちまったか」
「ちょっと社長! どうすればいいんですかー!」
「歩きに決まってんだろ。おらよ」
俺は目白に脇差しを渡す。
「え……? これなに?」
「俺が一番信用してる鍛冶士の打った脇差しだ。それとナイフも持っていけ」
真穂の打った脇差しだ。
異世界の鍛冶知識と芸術性を無視した性能一点張りの化け物刀。……の脇差しだ。
俺の知っている中じゃ国宝も裸足で逃げ出すほどの逸品だ。
「えー……こんなのかよ……」
「お前なあ、そいつは国から言い値で買い取るって言われてるもんだぞ。スポーツカーより高いんだぞ」
「そう言われたら急に尊いものに見えてきた」
現金な野郎である。
「そんで……これでなにすればいいの?」
「これから徒歩で避難する連中が学校を出る。お前が守れ」
「俺が!?」
「ああそうだ。若くて健康なオスだし戦えるだろ?」
体力有り余ってるおっさんは戦場に出るからな。
本当だったらこいつも戦わせたいがそうもいかないだろう。
目白には故郷を守るという大義はない。
無理強いしても邪魔になるだけだ。
それだったら避難者の護衛をして貰った方がマシだ。
実際、徒歩避難者の多くは若い旅行者だ。
こいつが護衛する最後の隊は作業を手伝ってた地元のおっかさんたちだけどな。それは黙っておこう。
「で、でも……」
「お前が見放したら何人も死ぬ。ヒーローになってこい!」
「そ、そうだけど」
「帰ってきたら番組のスポンサーになってやる!」
「了解ッス! 約束ですからね!」
殴りてえ……。
「じゃあ俺、先に行ってます! よっしゃー! 俺はヒーローになるぜーッ!」
そう言って目白は元気に走っていく。
「おうおう、がんばれよー」
さーて、俺もがんばらねえとな。
「よっこらせ」と声を出して外に向かう。
最近老けたなー……。ホント老けたわー。酒抜いたのに。




