タイマン
脳筋担当とヒール担当。
なんだろう。既視感がある。
でもさー、いくらなんでもビジュアル酷くね?
俺はタトゥー入れてないし、ハヤトだってあんなに頭悪そうじゃない。
だって毒喰らって顔蒼くなってるし!
治療してもしんどいのは残るからな!
下半身潰したときの俺みたいにぷるぷるしてる。
なお異世界で入れ墨を彫らなかった一番の要因は感染症が怖かったからである。
だって入れたやつ、何人も死んだもん。
高熱出してがっくんがっくん背骨曲げながら痙攣して死ぬんだぜ。怖いだろが!
バーコードタトゥーが俺を指さす。
「正々堂々行こうか。そうだな……俺を殴れ。そうしたら今度は俺が殴る。タイマンだ」
「アホか。体格差考えろボケ」
アホは正々堂々の意味がわかっていないらしい。
そもそもだ。ナイフでぶっ殺したところで勝負はついている。
俺の完全勝利だ。
「うるせえ! ズルしやがって! 俺が負けるなんてありえねえ! 再戦だ!」
ずびしっと指をさす。
お前もヒールで復活しただろが!
へし折りたい。その指。
そして打ち切りの方が手を上げる。
「おいそこのゴミ、戦え。じゃねえと……」
ゴブリンが前に出る。
ゴブリンは小さな女の子の首にナイフを突きつけていた。
打ち切りが勝ち誇った表情になった。
「このガキ殺しちまうぞ」
「おい、チンカス野郎なんのつもりだ?」
「なにって? ヤるために連れてきたガキをお前の目の前で殺してやるって言ってんだよ。お前ら偽善者はこうやると言うことを聞くんだろ? 警察の連中も目の前でガキの頭潰してやったら言うこと聞いたぜ!」
「あはははははははは!」
自然と笑いがもれた。怒りが頂点まで達すると笑うしかなくなる。
警察が帰ってこなかった原因はこれか。
おそらく人質を取って目の前で殺す、その隙にゴブリンで囲んだ、と。
あ、そう。そういう手にでるのね。わかった。
シュウちゃんよくわかった。
「いいよ」
「あん?」
「だからいいよ。殴り合おう。うん拳でカタを付けよう」
俺はぐるぐると肩を回す。
呼吸を整え集中する。
指先にまで意識を集中。
小手先の技術じゃない。
ゴブリンは大人しく下がりはやし立てる。
『殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ!』
だが俺の耳はそれを聞き流していた。
集中、集中、集中、集中、集中。
あいつらぶっころ……じゃなくて集中。
俺は拳を引き構える。
単純だ。最高速度でぶん殴る。それだけだ。
ケツを閉め、肚に力を入れる。
準備完了。
バーコードタトゥーを見ると拳を振りかぶっていた。
「悪いな。お前が先っての。ありゃ嘘だ」
どこかで聞いた台詞だな。
そんな言葉が頭をかすめる。
同時に一歩踏み出し拳を突き出す。
拳は俺に向かってくるバーコードタトゥーの巨大な拳へ突き進む。
そして気合。
「エイヤアアアアアアアアアアアアアァッ!」
シュウちゃん先生の来世にご期待ください……って思うだろ。
ところが違うんだな。
べきりと音が響く。
バーコードタトゥーの拳が粉砕される音だ。
俺はさらに踏み込む。
バーコードタトゥーの拳を砕いた正拳が野郎のツラめがけて突き進む。
信じられないって顔をした野郎のツラの真ん中。
鼻を俺の拳は撃ち抜く。
ガラスの砕けたような音。ギャラリーには雷の音に聞こえたかもしれない。
バーコードタトゥーの頭蓋骨が砕けた。
野郎の体が崩れた。
それを見てゴブリンたちは一斉に沈黙した。
重い空気が漂う中、打ち切り勇者がハゲに駆け寄る。
「おい佐山ぁ。なに寝てんだよ。オラ、ヒールをかけてやるから……死んでる」
俺がいつ「素手で人を殺せない」なんて言った?
「お、おい嘘だろ! 起きろ! ヒール! ヒール! ヒール!」
ヒールで回復するのなら即死させればいい。実にシンプルだ。
日本じゃなるべく殺さないルールは封印。
こういう人質を取るようなゴミカスは始末する。
俺は剣を抜き人質に近寄る。
逃げようとするゴブリンの肩口に剣を叩き込むと人質を抱き寄せる。
先に帰らねえとな。
「ふざけんな! 聞いてねえ……殴り殺すなんて聞いてねえ! 黒田の野郎騙しやがったな! 死ぬなんて聞いてねえぞ! こんなヤベエやつがいるなんて聞いてねえぞ!」
こいつ……自分を客観視できてねえ。
強姦殺人で服役してるのに「自分の長所は優しいところです」って言っちゃうタイプだ。
「お、おい、降伏する! だから命だけは助けろ! な、政府はなるべく殺さない方針だろ?」
「だめだ。お前はここで死ね。風の精霊よ。分解せよ」
「うわあああああああああッ! お前ら、やつを殺せ!」
もう遅い。
水素を集め終わった。
俺は毒のナイフを投げる。
ナイフが打ち切り勇者に突き刺さった。
「ああああああああああッ! ヒール! ヒール! ヒール!」
あいつ回復だけは優秀なんだよな。
俺の毒まで無効化しちゃうもんな。
だから点火。
「雷の精霊よ。炸裂せよ!」
バンッと水素が爆発した。
打ち切り勇者の足が飛んだ。首じゃなかったか残念。少し火力が弱かったようだ。残念。
次殺すときは放置されてる車からガソリン集めようっと。
爆発は敵を脅すには充分だった。
俺は人質とともに闇に消える。
あばよー!
「俺の足が! 俺の足がああああああああああッ! ヒール! ヒール! クソ、お前ら見つけ出して殺せ! 殺せえええええええええええッ!」
やっぱり殺し損なった。残念。
でも痛みは取れないもんねー!
今のうちに逃げさせてもらいますわ!
俺はゴキブリよりも早く逃げる。
まー遊撃の目的は達成したかな?
「てめえ! 許さねえ! 殺してやる! ぜったいに殺してやる!」
怨嗟の声が聞こえる。
アホが。いつまでも一方的に楽しく殺人……なんてできるわけねえだろ。
俺だってそのうち痛い目見る番が来る。
「大丈夫?」
と声をかけながらもナイフを意識する。
気にしすぎかもしれない。
だけどダンジョンじゃこういう罠は日常茶飯事だ。
女性の声で助けを求める罠とかな。
だがなにも反応が返ってこない。
その瞳には絶望という闇があった。
そういや俺も異世界についてから一週間くらいこういう表情になってたな。
同情する……。
「避難所には自衛隊がいるから。あとバーサーカーもいるよ」
まあ戦場なんですけどね……。
そういやハヤトはどうしてるんだろう?
次回、苦労人ハヤト




