メディアリンチ
あれから世界は大騒ぎだった。
どうやら各国政府は異世界による拉致を世界はある程度知っていたらしい。
原因まではわからないが行方不明者の数くらいは把握していた。
宇宙人による誘拐なんて与太話が突如現実のものになったわけである。
医師、弁護士、大学教授、会社経営者、政治家……。
ハヤトの言ってた通り帰還者には社会的地位のある人が何人もいた。
しかも彼らは異世界から物や植物を持ち帰って来り、異世界は存在すると証言した。
持ちかえれたのか……いや最後に行ったときはこちらの物も持ち込めたけど……。
残念なのは警察官や軍人の生存率が低かったことだ。
民間人を護るために盾になって散っていった。
自分より上等な人間が死ぬのはつらい。
アメリカや欧州はいままで脱走兵扱いだった人の調査をするらしい。
日本も関口が詳細なリストをすでに提出済み。
数千人分のリストを少々の遺品とともに異世界から持ち帰った。
わかる範囲でずっと記録を取ったらしい。
氏名住所、家族構成やメールアドレスなんかも網羅しているので特定は容易だろう。
俺が加入する前に亡くなった警察官が表彰されるって報道があった。
テレビもネットも死亡者の情報と帰還者の話題で持ちきりだった。
エルフいるのー? とかじゃない、リアルな異世界の国家による侵略行為としてな。
何ができるわけじゃないし、元凶の国は滅ぼしたけどね。
それと……アサシンの話題も。
コードネーム「アサシン」は日本の特殊部隊員でアメリカのCIA工作員で中国の秘密工作員でフリーの殺し屋でロボットで侍で宇宙人で天使でサタンでクトゥルーでスパゲッティモンスターである。いい加減にしろや! 以上、報道の情報より。
その実態は数学に悩む高校生である。学費の安い国立に行かねば。
どうせ国家が本気を出したら身元は割れる。
だから素顔で通訳したのがまずかった。
あちこちで俺の似顔絵が出回ったのだ。スマホなくてよかった!
それによると某プロレスラーハリウッド俳優が過半数。なんとか獣先輩が少々。少数意見はゴリラとガン●ムと●ジラとグレイ型宇宙人。
誰がゴリラ顔じゃ! ぶん殴るぞ!
あとネタ枠で人間じゃねえの入れるな!
どうも軽い気持ちで英語試験受けたら満点近く取ってしまい担任も両親も妹もどん引きしたシュウちゃんです!
ねえ、誰か説明して。意味わからん!
あれから数日後。
都内某所のすんげえ豪華な建物に政府公用車で連れて行かれる。
「すた●な太郎でお嬢様学校の子と合コンって聞いてたのに……」
俺はひっくひっくとえずいていた。
騙された! 汚い大人に騙された!
「シュウ……お前が直前まで信じて方が信じられねえわ」
ハヤトがため息をついた。
車内には他に真穂と歌穂がいる。
関口率いる大人組は先に記者会見するんだって。
「ったく、そんなんしなくてもいいだろ! わ、私がいるんだからさ!」
なぜか真穂の機嫌が悪い。
「ぼくのアイス食べ放題……」
「あ、あとで行くか!?」
なぜか真穂が必死な表情になる。
「いいなあお姉ちゃん、デートですか」
歌穂がニヤニヤした。
「そ、そ、そ、そ、そういうこと言うなーッ! こ、こいつにおごらせるの! シュウのおごりな!」
いきなり数千円が消えることが確定したでゴザル。
「ま、いいけどさー。なんか俺、真穂にしか相手にして貰えない星の下にいるみたい。真穂ちゃんこれからもよろしくねー」
「だから言い方!」
なぜか怒られた。
するとハヤトがスマホを向ける。
「会見が始まったぞ」
ま、当然と言えば当然。
今話題のアサシンの飼い主は関口。
これはずっと前から公開してる。
会見を開けって言われるわな。
関口は汚いイケオジからきれいな経営者になって会見に現れる。
他の大人メンバーは戦闘服に能面だ。
まず関口は頭を下げた。
フラッシュが焚かれ「関口会長! あなたも拉致被害者なんですか!?」という記者の叫び声が飛ぶ。
「その通りです。私は異世界に拉致され帰還しました。アサシンも他のメンバーも同じです。拉致被害者奪還作戦の全責任は私にあります。私は明日警視庁に出頭する予定です」
「それはアサシンも現地人を虐殺したということですか?」
やたら意地の悪い声が飛んだ。
「すべて私の責任です!」
「そこの彼らも人殺し……」
「全責任は私にあります!」
「あんた! それじゃわからないだろ!」
怒鳴り声。
さらに別の記者も野次を飛ばした。
関口はただ黙っていた。
記者たちは関口が悪だと認定し叩くことにしたのだ。
学校と何も変わらん。
自分が正義だと思っているやつの醜悪さがこれでもかと凝縮している。
関口はそのままサンドバッグになるつもりのようだ。
すると小面の能面をつけた女がいきなり面を放り捨てた。
「あ、あんたは!」
芸能に詳しい記者が驚愕の声を上げた。
「谷本満里奈です。私が初めて人を殺したのは軍事キャンプの中でした。その日、死にかけて戻ってきたアサシンを女性メンバーで交代して介抱してました。そこに男がやってきて……」
あれはまだレベルが上がらなかった頃の話だ。
俺は日本人に後ろから刺されて死にかかった。
女性メンバーは俺を介抱するために一箇所に集まり、ハヤトは俺にヒールをかけ続けた。
他の男たちは水くんだり、物資を分けてもらいに行ったりでその場にいなかった。
そんな俺たちのアジトに三人組の男が乱入。俺を後ろから刺したやつらだ。
異世界の軍事キャンプでは多少の殺人は許されている。窃盗も強盗も恐喝もだ。
男たちが強姦しようと歌穂と真穂を組み倒した。
そこに駆けつけた満里奈が後ろから男一人を護身用のナイフでメッタ刺し。
真穂も持っていたナイフで一人刺した。
駆けつけたハヤトがまだ生きてた一人を素手で撲殺。
一人が逃げて仲間を連れて仕返しに来た。
そこに異変を感じて帰ってきた男衆&片岡嫁と戦闘に。
レベル1どうしなら戦闘技術が上の方が強い。要するに俺たちの方が圧倒的に強い。
歌穂に手を出そうとした野郎どもにブチ切れたハヤト先生が一方的に蹂躙。数人が死んだ。
兵隊はいちいち家畜の生死になんか干渉しない。死体をダンジョンに投げ込んで終了。
軍事キャンプでは珍しくない話だ。
満里奈が話し終わると記者は黙った。
「先日警察に出頭いたしました。あとは警察と弁護士におまかせしたいと思います。」
満里奈の話は終わり。
関口はつけ加える。
「谷本さんは自分と友人の身を守っただけです。悪いのは心の奥底では日本人同士わかり合えると甘いことを考えていた私です。警備が薄くなったのも、そもそもアサシンが負傷したのも私が甘かったせいです。作戦を失敗して犠牲者を出したのも……責任を問われるべきは私です」
記者たちはまだわかってないようだ。何一つ理解する気がなかった。
関口にフラッシュを浴びせる。
「関口さん! 会長を辞任なさるのですか!?」
「世間がそう望むのであれば」
すぐに荒れまくった会見は一方的に打ち切られた。
記者たちの怒号が飛び交う。
人殺しとヒステリックに騒ぐ記者が画面に映し出されて会見は終了した。
「……しばらく旅に出ようか? 真穂どうよ?」
「どどどど、どうよってなに! 温泉旅館とか!? おまえ! 赤ちゃんできたらどうすんだ!」
「お姉ちゃん! 問題はそこじゃない! つか飛躍しすぎ!」
「落ち着けお前ら!」
ハヤトがSNSを開く。
そこは……絶賛大炎上中だった。
燃え上がっているのは……記者。
関口擁護派が大多数。
記者が片っ端から晒しあげられていた。
ですよねー! やっぱこっちの世界大好き!




