首都炎上 3
回復したというのに足がふらつく。
頭は根拠不明の多幸感でぐるぐるする。
どうやら死を確信したせいで脳内麻薬が出まくっているらしい。
戦術的にはおおむね正しい戦いだった。だが死にかけたのはよくない。反省せねば。
手足はなくなった感じがする。これ脳の勘違いな。
脳はまだ俺の右腕と下半身が潰れたと思っていやがるのだ。
だけど実際は動ける。
超時間正座した後みたいな感じである。
「人間の体ポンコツ過ぎる!」
「お前の使い方がおかしいだけだ!」
ハヤトに怒られた……。
ドラゴンのダイブで潰れた貴族街。
当然、炊事洗濯をしている屋敷があった。
炊事は当然火を使う。
洗濯も貴族はお湯を使う。
上流階級の屋敷ではレバーグルグル方式の手動式洗濯機にかまどがついているやつが一般的らしい。
煮沸しつつノミやらシラミも抹殺と。
つまり何が言いたいかというと火事になった。
火を使っている最中にドラゴンダイブだもの。
火の付いた薪が転がって火事になる。
当然、隣家に燃え移る。
貴族街の半分が崩壊したので平民や商人の区域まで延焼した。
それもあっと言う間に。
城の外にいたリンチ寸前の兵士たちは市民と一緒に消火活動である。
ガソリン火炎瓶……いらなかったな。せっかく作らされたのに。
これが宮殿の外の現状。
一方、俺たち。
宮殿の中は死体だらけだった。
ほとんどは宮殿の崩壊に巻き込まれた兵士や非戦闘員だ。
ドラゴンの死に乗じて乗り込んだヒャッハーな市民たちもさすがに救助活動に回った。
この世界、民度が高いのか低いのかわからん。
ただ……ちょっと引くくらいひどい状況だったのは確かだ。
この状況で俺に剣を抜く騎士もいる。
「陛下を絶対に護ってみせる! この身が滅びようとも!」
「そうっスか」
もちろん殺さない。
手刀を首に一発。
一撃で戦闘不能に。
うん、遅い。まだ本調子じゃない。
「グレッーグ!!! ええい! であえであえ!」
騎士が叫ぶと残存戦力がやって来る。
俺は殴り倒したグレッグさんを横に置いてっと。
ハヤトは見えないジャブを男のアゴに放つ。
鎧を着てようが関係ない。一発で沈黙させた。
いま俺たちに向かってくるのは良い騎士だ。
自分の命よりも義務や忠誠心を大事にしている。
自己犠牲は尊い。
自らのために異世界人を犠牲にしていく思想とは真逆のものだ。
こういう連中が増えればこの世界も少しはマシになるだろう。
だから殺さない。
そもそも普通レベルの騎士や貴族は隠れて俺たちをやり過ごしている。
探し出して殺してもいいが、こちらも膝に矢を受けてしまってのう……(本当は瓦礫で潰れた)。
リソースが足りないのだ。
まだ神経がビクンビクンするのよ。
騎士には内緒だよ。
しばらく進むと玉座の間に到着。探すまでもない。
一番広い部屋だ。
奥にヤケにデカい椅子がある。
その上にちょこんと座るヒゲが立派なおっさんが俺たちを見下ろす。
正装だろうか。
だけど赤いワンピース、ええっとブリオーだっけな……を着ている。
ズボンはブリオーに隠れているのでよくわからん。
マントは毛皮。モンスターのものだろう。
くせっ毛の長髪を後ろでしっばっている。
手には錫杖……というか大きなメイスを持っていた。
おもしろカツラや白塗りはなし。
それは想定の範囲内。異常性はない。
白いタイツの洋風バカ殿だったら、うっかりその場で殺してただろう。
要するに何が言いのか。あれほど憎んだ王は普通のおっさんだった。
近衛の騎士はいない。もう逃げたあとだ。
それでも王は偉そうに命令する。
「王の前であるぞ。膝をついて頭を垂れよ」
その言葉を聞いた瞬間、逆に冷静になった。
そうだ普通のおっさんだけど、このクソ世界の王なのだ。
「俺たちの王じゃねえ、なあハヤト」
「だな」
俺は王の前に立つ。
「無礼者が!」
王は怒鳴った。
両手でメイスつかむと俺めがけてぶん回した。
「腰が入ってねえ!」
ガッと王を蹴飛ばす。
そのまま胸倉をつかんで玉座から放り投げる。
ハヤトが落ちた王の顔を踏みつける。
「ハヤト殺すなよー(棒)」
「殺さねえよー(棒)」
こうして王は俺たちに捕まったのである。
王をマントで簀巻きにして外に出る。
すると関口さんと愉快なエルフたちが待ち構えていた。
「王様捕まえたぞ」
「おう、でかした!」
俺は王を蹴飛ばして関口さんの前に出す。
すると市民軍というか暴徒の集団が二人の子どもたちを連れてくる。
男の子と女の子だ。
「王子と王女を捕まえた。どうする?」
顔は殴られたらしく腫れていたが、それ以上はされてないらしい。
うん。決めた。
「「解放しよう」」
ハヤトと同時に言ってしまった。
あーやだやだ!
でも同じ考えなのだろう。
ガキを殺すのは嫌だ。夢に出る。
死ぬなら俺たちの知らないところで野垂れ死んでくれ。
王は死ぬべきだ。だがガキは殺したくない。
あとで反対勢力をまとめ上げて最大の敵になったとしてもだ。
俺は王とは違う。
「だな。シュウ、ハヤト、後悔すんなよ」
「しねえよ」
関口さんは「あーあ、やだやだ」とポケットに手を突っ込むと大声を出す。
「二人も嫌だってよ!」
声の方向を見るとみんながいた。
「ちょっとシュウ! なにその血」
真穂が俺の顔をのぞき込む。
あ、笑ってるけどキレてる。俺にはわかる。
「あー……痔?」
「下ネタかよ! ドラゴンと戦ったって本当だったんだ」
「あー……それについてはマネージャーのハヤトちゃんに……ハヤトちゃーん!」
ハヤトになすりつけ全力ダッシュ。逃げたい!
だけど膝からかくんと力が抜ける。
やめて俺の脳味噌! いいかげん無事だってわかって!
「とりあえず一発殴らせろ」
「や、やめて! はじめては好きな人って決めてるのに! あ、ちょっと待ってグーはやめてグーは! あふんッ!」
痛い。
すると今度は咲良が言った。
「それでどうするの? そこのおじさん」
そりゃもちろん。
「殺すよ」
やだなー。この野郎だけはぶち殺さなきゃならん。
黒田は最終的に警察に任せることになるだろうけど、王だけはこの場で殺す。
それだけは揺らがない。
「余、余を殺すというのか! いいのか! 転生者の居所がわからなくなっても!」
「わかるよな?」
ハヤトも関口もうなずく。
「え?」
「だってダンジョンの近くだろ」
当たり前である。
ダンジョンで使い潰すために喚んだのだ。
ダンジョンの近くにいるはずだ。
頭が悪い? そりゃ違う。
本当に、心の底から、俺たちがどうなろうが興味なかったのだろう。
異世界人は消耗品。家畜程度の認識だったのだ。
だから俺たちの知能は劣っていると思っているし、まだ助かると思ってやがる。
自分はなにもしてないのに暴力を振るわれてると思ってるのだ。
すると王は叫んだ。
「ま、待て! 恨みがあるのだな! そうだ! 金をやろう! 領地もだ! 女もあてがってやろう! 怒りがおさまらなければ飽きるまで百姓を殺せばいい! そうだ! 下層民の家に火でもつけてみるか? きっと楽しいぞ! 家臣も諸侯も殺せばいい! そうだ我を殺す必要はない! なんなら我が子を殺すか? なあに代わりはいくらでも作れば……」
あー……救いようのない。
俺は親指でバカを指さして困り顔で関口を見る。
関口はニヤニヤしていた。
「ありがとう……クズに生まれてきてくれて。ありがとう!」
関口はバカを抱きしめる。
「お前さんなら殺しても心が痛まないし夢に出ない。よかった……我の代わりに民の命だけは助けてやってくれなんて言われたらどうしようかと思った」
ですよねー。
前回の関節が明後日の方向に曲がった腕を脱力して振ったらカポンってはまった話は藤原の実話でございます。質問されたもので……。
なお腕ひじきで折ったんじゃなくて四方投げで折りました。




