首都炎上 2
「風の精霊よ……」
矢を放つ。
巨大なドラゴンの目を目指し飛んでいく。
「愚かものが!」
どんッっと轟音がし、矢が爆発で弾かれる。
いちいちやることが派手なドラゴンだな。
「愚か愚か愚か愚か愚か愚か愚か愚か愚か愚かぁッ! 目は弱点に非ず!」
ドラゴンはうれしそうに怒鳴った。
目から入って脳味噌グリグリ作戦失敗。
ま、これが上手く行くんだったらドラゴンなんてとっくに絶滅してるわな。
人間は大きな生き物見たら狩りたい思いを我慢できない生き物だもの。
さーって、一通り動物の苦手なことしてみますかね。
「まずはご挨拶! 風の精霊よ。炸裂せよ!」
ドカーンッ! という音がする。
原理は簡単だ。ただ空気を破裂させた。
ただしドラゴンの片耳の耳元で。
ドラゴンの目が開き首を振った。
「こ、小細工を! この愚かで小さな人間が!」
先ほどよりも大声を上げる。
こりゃ耳がキーンッってしてるな。
俺は「来いよ」と手招きする。
それにブチ切れたドラゴンが走ってくる。が、滑った。
平衡感覚に異常も出た模様。
なるほど、案外動物のようだな。
ドラゴンは激怒した。
後ろを向くと尻尾でなぎ払ってくる。
「風の精霊よ。我に加護をあたえ給え」
風の加護を身につけた俺は尻尾をひょいっと飛び越す。
象の鼻だったら食らっていただろうが、ドラゴンの尻尾は大きすぎるし遅すぎる。
下でハヤトが尻尾を盾で受け止めた。
超高重量に耐えかねた金属の盾が悲鳴を上げる。
だがハヤトも化け物だ。
そのまま尻尾を腕力で弾く。そして弾かれた尻尾にメイスの追撃。
「褒めてやろう! 人間の勇者よ! 尻尾を弾かれたのは二度目だ!」
ドラゴンが上から目線で褒める。こいつむかつくなー。闘いながら煽るとか。
あ、そうか俺と精神構造が似てるのか。
ドラゴンも尻尾だけで勝てるとは思っていないらしい。
口が光った。ブレスだ。
ところがブレスが発射される寸前、口元が爆発した。
口の中から顔まで焼ける。
「グアアアアアアアアアアアアアアァッッッ!」
「バーカ。対策してねえわけねえだろ!」
「な、なにをした! なにをしたのだぁ!!!」
戦闘前に空気中のゴミと酸素を集めただけ。
勝手に引火したのだよ。
俺は弓を放つ。俺の矢はドラゴンの目を正確に射抜いたが、通らない。
かんっと情けない音を出して矢が落ちる。
「は、はははは! 驚かせおって! そうだ! 我はドラゴン! 聖龍に矢など効かぬ!」
「はーい、ハヤトちゃんやってー」
「光の精霊よ! 炸裂せよ!」
油断した瞬間を狙ってドラゴンの目を狙って光を放つ。
スタングレネードより大きな光を喰らったドラゴンが尻餅をつく。
「目が! 目がああああああああああッ!」
俺は遠慮なく襲いかかる。
卑怯? 知らない言葉だな!
俺はドラゴンの首に乗ると真穂の打った剣を突き刺す。
うーん、半分も刺さらない。脊髄の切断は無理か。
「ぎゃあああああああああああああッ! 貴様! なぜドラゴンの鱗を貫ける!」
「刀大好き戦闘民族をなめるなっての!」
俺は剣を引っこ抜くと、今度は斬撃をお見舞いする。
カンッと情けない音がしてこっちは完全に弾かれる。
俺の剣の腕じゃ無理か。
「この虫けらが!」
ドラゴンは叫んだ。
羽根が開き助走もなくその巨体が大空へ飛ぶ。
俺は慌てて剣を突き刺し、剣と鱗にしがみつく。
激しい風を受けて息ができないほどの圧がかかる。
あはははは! 想定より速いじゃねえか!
プロペラ機程度の速さなんだろうが、バカでかい生き物がこの速度かよ!
こりゃやべえわ!
俺は踵を叩きつける。
するとつま先からナイフが出てくる。護身用の小細工だ。
こんなとこで使うとは思わなかった!
俺はつま先のナイフをドラゴンに突き刺す。
真穂! お前のおかげで生きてる!
「鉄の精霊よ! 形を変えよ!」
ナイフをドラゴンの身体の中でくさび形に変化させる。
よし! ブーツが脱げない限りは落ちない! たぶん!
このまま宇宙空間に到達したら死ぬけどな!
あれ……? 第二宇宙速度だっけ? それを超えないと宇宙に出られないんだっけ? どこかで聞いたことあるぞ。
よし、ドラゴンは宇宙に出られない。俺勝利。
目視から割り出した速さも旅客機程度。
下は畑が広がっている。
いきなりドラゴンが急上昇した。
「振り落としてくれる!」
そのまま雲の上に出ると直下降。
ドラゴンがローリングする。
なんという運動性能!
目が回る。
内臓に圧がかかり胃液が逆流してくる。
リバース寸前!
くそ! いままで一番つらいわ!
「雷の精霊よ! 炸裂せよ!」
剣と足のナイフから電気を放出する。
墜落の危険もあるがこれは泥仕合。
根性と根性のぶつかり合いなのだ!
クソ! 冷静に考えたら時間稼いでるの俺じゃん! ハヤトも乗せりゃよかった!
電気はドラゴンの首の筋肉を締め上げる。
「ぎゃあああああああああああああッ!」
いままで一番の悲鳴。テンション高すぎんだよてめえは!
あ、そうか姿勢制御に頭と首使ってるのか。
そこを無理に動かしたら……。まずい!
俺たちは落下した。
ローリングじゃない! 墜落だ!
ドラゴンが暴れ、俺は振り回される。
地面が見えた!
死という文字が頭をかすめる。
「風の精霊よ! 加護を!」
風の精霊で落下スピードを……重すぎる!
少しも遅くならない。
そして地面に落ちる瞬間、ぐるんとドラゴンは空に向かって飛んだ。
姿勢制御……できた!
だが次の瞬間、横に姿勢が崩れ羽根が地面に激突。
地面をえぐり、ばきりと音がした。
そのままドラゴンはバウンドし、足と腹が地面に激突。
こちらもばきりと壊れた音がする。
だがなんとか飛行に成功した。
「ぜえぜえ……貴様! 憶えておけ! 絶対に殺してやる! お前の一族も仲間も根絶やしにしてやる! クソ! 痛い! 息苦しい!」
明らかに安定してない。
低空飛行をドラゴンは続ける。
王都が見えた。
そのままドラゴンは王都に……っておい、ふざけんな!
「クソ虫……お前だけは殺してやる」
やたらテンションの高いドラゴンが低い声で言った。
あ……ブチ切れていらっしゃる。
宮殿が見えた。もうおわかりですね!
お、おい! 待て! てめえざけんな!
そのままドラゴンは一切速度を緩めずに頭から城にダイブ!
最後の最後で俺の予想を上回ってきやがった!
バン? ドン? いやなんでもいい。
とにかく爆発したかのような音。
それで俺の耳はキーンッと鳴っていた。
しっかり仕返しされてやんの!
土が舞い上がり、瓦礫の雨が降る。
俺はいろいろなものにぶつかる。
そして剣も足のナイフもすっぽ抜けた。
城は半分が吹き飛んだ。
街を覆う城壁も、貴族街の半分もドラゴンの墜落に巻き込まれて消滅。
俺は鼻血を流しながら仰向けに倒れていた。
頭が暖かい。こりゃ血が流れてるな。
右腕を上げると肘の関節が明後日の方向を向いていた。
脱力して振るとカポンとはまる。
指も変な方向を向いている。
左は無事だったので指を引っ張って元に戻す。
痛いけど腕が動くようになったので起きようと思ったら起き上がれない。
よく見ると瓦礫が腹に突き刺さっている。
あークッソ! こりゃ死んだわ!
足は……思いっきり瓦礫の下敷きに。
負けかー。早死にするとは思ってたが……黒田をぶん殴る前か。残念だ。
真穂が怒るだろうな。
すると俺の足を潰していた瓦礫の重さがなくなる。
「おい! 生きてるか!?」
どうやら日頃の行いがよかったらしい。
ハヤトが来てくれた。
そうか。戦闘開始した場所の近くに墜落したのか。
「ぐへへへへ。ドラゴンぶちのめしてくれたぜ」
「そんなこと言ってる場合か! ヒールかけるぞ!」
体が元に戻っていく。
口の中に指を突っ込む。
ああ、クッソ、歯がほとんど折れてたのな。
再生前の奥歯を取って他は吐き出す。
粘度の高い血と歯がジャラジャラ出てくる。
舌で確認すると歯が再生していた。
虫歯治療した歯までも。
「お前……下半身が完全に潰れてたぞ。よく……生きててくれた。死んだかと思ったぞ!」
……まじで? そこまで重傷!
そうか飛行機事故みたいなものか。
ズボンはボロボロだったがなんとか使用可能。
さすが現代の作業着である。
だけど真穂の剣もナイフブーツもどこかに行ってしまった。
弓も折れていた。
とりあえずハヤトに肩を貸してもらい歩く。
ドラゴンは倒れていた。
これで死んだとは思えないが動けなければ楽だ。
もう戦うのつらい。
ドラゴンは近くにいた。
ピクリとも動かない。
「おまえ……なにを……した?」
墜落のことじゃない。
もっと前に仕込んでいたものだ。
ようやく効いてきたか。
「毒だ」
「ドラゴンに……毒は……効かぬ……」
「そりゃな。正確には毒物じゃねえからな。お前がベラベラ喋ってる時からずうっと低酸素の空気をお前の中に送り込んでたんだよ。ブレスが爆発したときの酸素。ありゃブレス対策に置いたんじゃねえ。てめえの中に送り込んだ空気から分離したものだ」
低酸素の空気による事故は頻繁に起こっている。
少しでも吸い込んだらアウト。
最悪の毒だ。
一酸化炭素に硫化水素にと考えていたが、そもそも毒じゃない絶対に逃れられないものにした。
「戦う前から……我は……負けていたのか……」
「だから言っただろ? お前はもう死んでいるって」
「……」
ドラゴンはだんだんと口数が減っていた。
最後に一言。
「貴様と戦うのではなかった……」
と言い残して完全に動かなくなった。
俺もだ。ドラゴンとは戦いたくない。特に空を飛ぶやつ。
戦うとしたら戦闘機とミサイルが欲しい。
「シュウ、そいつは仇じゃねえ。でも満足したか」
「案外楽しくねえな。戻ったら真穂に剣壊したって怒られるし」
それでも俺は……今日からドラゴンの恐怖に怯えることはないだろう。
ドラゴンに勝利した。乗りこえたのだ。
「次は王族だな」
「バラバラになってなきゃな」
俺は宮殿を指さす。
もうすぐ自壊しそうなくらい宮殿は壊れていた。




