生物兵器
「まず……だ。ここに王都を守る砦がある」
関口が地図に書き込んだ。
砦は王都のすぐ近くにあった。
「兵は約2000。敵国にいきなり王都が落とされることはまずないから、これは内乱の鎮圧と事前抑止のための兵だ。資料によると文官まで貴族の子弟だな」
「殺しても心が痛まなくていいな」
「ま、そういうことだ。お前、できるか? こいつらをなんとかしなけりゃならん」
「グスタフ公は?」
咲良の曾祖父だ。
グスタフ公に砦をなんとかしてもらう。
それはできないのだろうか?
「手紙を送ったが援軍を寄こすはずがない。様子見だ。俺たちが勝ったら咲良ちゃんの曾祖父として名乗り出て後ろ盾になろうとする。王が勝ったら知らぬ存ぜぬで通せばいい。実際に手を貸さなければどうにでもなる」
「うわあ……」
来ないのわかっていたのね。
だから揉めてたわけか。
いやこれはギリギリまで交渉したけど無視されたな。
それならそう言えばいいのに。
「親から会社を継いだ社長と同じマインドだ。養うべき家臣がいる。ならば肉親をも切り捨てるのは当然だろ? さあクソゲーのはじまりだ。どうだ、砦をなんとかできるか?」
「できるよ。ただし危険だから絶対に近づくな」
殺す方法の研究は俺たちの世界の方が遙かに進んでいる。
応用できる知識は頭に入っている。
もはや何万人いようが関係ない。
奇襲さえできればだけどね。
「一人で行くってことか?」
「一人じゃなきゃ味方から死人が出る」
「わかった。荷物に紛れ込ませるから荷馬車で行け」
荷馬車は乗り心地が悪い。最悪である。
だが他に手段はないのだろう。
「死ぬなよ……それとお前がなにをしようとも責任を取るのは俺だ。悪いのも俺だ。憶えておけ」
「へいへい」
俺はそのまま荷馬車に揺られていく。
関口たちは先に王都に潜入する。
つまり最初から俺とハヤトだけで砦を何とかするつもりだったのだろう。
おそらく占いで「単独で俺を行かせろ」と出たのだろう。
単独じゃなかったのは、ハヤトは俺が死にかかったとき用の保険。
今のハヤトなら内臓飛び出ても治してくれる。
ひどい大人たちもいたものである。
俺はハヤトと砦を制圧したら合流っと。
「あたしシュウ。アイドルを夢見る高校二年生。登録者100万人を目指してリスナーさんをぶっころ……」
「とりあえず殴っていいか?」
「顔だけはやめて」
「それで……どうするつもりだ?」
「ハヤト、お前は下がってろ。絶対に近づくな。俺が出てきたら全力でキュアをかけて逃走。わかったな?」
「なにをするつもりだ?」
「大量殺人。タネは反対されるから教えてやらね。なあ、1人殺せば殺人犯。100人殺せば英雄。じゃあ2000人を殺したら俺は何になるのかな?」
「……あとで絶対タネを聞かせろよ」
「ういーっす」
索敵範囲外で荷馬車を降りる。
そのまま隠形で身を隠し砦に入る。
俺は警備をかいくぐり適当な建物の上に登った。
広場では騎士たちが訓練をしていた。
……エルフの死体で。
江戸時代に侍もやったやつだ。
死体を積み上げて試し斬り。
よーし同情心とか葛藤が消え失せたぞ。
このクソども殺そう。一人残さず。
「【風の精霊よ。エルフの場所を示せ】」
俺の頭の中に施設の地図が浮かぶ。
何の表記もなかった。
つまりエルフは……皆殺しだ。
俺は一番高い塔に登る。
俺は中に入ると、懐から粉を出しばらまく。
そして塔から出て屋根に登ると呪文を詠唱する。
「【風の精霊よ。分解せよ。合成せよ】」
はい。終わり。
こいつは現代の技術で最高レベルの毒だ。
効果が現れるまで、どれほどかかるだろうな?
道を歩く兵士が倒れるのが見えた。
案外早い。
「【風の精霊よ。生存者の場所を示せ】」
赤いのが敵だろう。次々と消えていく。
あれほど騒がしかった周りは死の静寂に包まれた。
双眼鏡で見るとエルフの死体を切り刻んでいた騎士たちも倒れていた。
解毒が間に合うものももういないだろう。
反省もさせない。ただ害虫のように命を奪った。
砦丸ごと一つを皆殺しにした。
こりゃ毒への耐性がある俺でもやばいかな?
と思った瞬間、頭の中で警報が鳴った。
【致死性の猛毒、致死性の猛毒、致死性の猛毒、致死性の猛毒、致死性の猛毒……直ちに解毒してください。カウント開始120、119、118……】
おっと、俺も死にかけてるらしい。
「【光の精霊よ。毒を消せ】」
【レベルが足りません】
おっと無理だった。
さっさとキュアをかけないと。
俺は急いでハヤトの元に戻る。
「【光の精霊よ。毒を消せ】」
すぐにハヤトが俺に毒消しのキュアをかけた。
そして俺の胸倉をつかむ。
「なにをした! 猛毒だと! お前、なにをした! レベル5のキュアが必要だと!」
解毒者には何の毒かわかるようだ。
レベルの意味はわからないが、確かにばらまいたのは生半可な毒ではない。
作り出した俺たちの世界でも使ったら世界中から非難されるものだ。
「神経毒。あらかじめ土から合成した薬を魔法で反応させた。数分で解毒不可能になり、そして動けなくなり、やがて心臓が止まる」
「……それは例の呪いの効果か?」
俺が死にかけた呪いだ。
その代わりに得たものは知識。
人を殺すためにしか使えないゴミ知識だ。
「そうだよ。ありとあらゆる呪いと毒を検索できるようになった。効果や特性からの逆引きもできる。この世に存在しないものすらもな。使うのは初めてだから近くで使ったけど、こりゃ、やべえわ。危うく死にかけた。ダメだな、漫画の知識だけで現代兵器使っちゃ」
「化学兵器をこの世界に持ち込みやがった……」
「気にすんな。悪いのはハヤトじゃない。俺だ。俺が手段を選んで実行した。関口のせいでもない。俺の責任だ。ド畜生は俺だけだ。お前はただ何も知らずに見ていただけ。俺にとっちゃ2000人のクズどもより、日本人の命の方が重かっただけだ」
するとハヤトは俺の胸倉を掴んだまま揺さぶった。
「ふざけるな相棒! 俺も同じだ! 俺はお前の計画を知っていても手を貸した。いや、俺がお前でも一番安全な手段を使った! 見ろ! 誰も傷ついていない! 生き残りもいない。しかも砦が落ちたという情報が王都に伝わるのが遅れる。完璧よりも上の戦果だ!」
ハヤトは俺を解放した。
「王都に戻るぞ……王を滅ぼし黒田の野望も潰す」
「ああ、行くぞ。王を仕留めるぞ」
俺はそう言うと、ハヤトがわざとらしく咳をした。
「ところで……ドラゴンへの秘密兵器ってこれか?」
「いいや、毒が効くかわからん」
「待て……まだ隠し球があるのか?」
「あるよ。絶対に防御できないのがな」
ドラゴンが生き物ならな。
ものすげえ単純かつえげつない手段があるのだよ。




