コードネーム:アサシン
楓と咲良、それに歌音がショッピングモールにいた。
そこに特徴のないそこらにいそうなパーカーフードの少年が近づく。
俺でもハヤトでもない。
眼鏡の奥に嫌らしい光を持ったやつだ。
「真田咲良、そっちは渋谷楓か?」
「なんか用?」
足を組んだ咲良は面倒くさそうに言った。
「誰? こっちは人待ってるんですけど」
楓も頬杖をついてやる気のない声を出す。
「お兄ちゃん来るから帰ってくれませんか?」
歌音まで不機嫌だった。
その様子を見て少年が顔を真っ赤にする。
あまり頭がよろしくないようである。
少年は激高し、咲良の腕をつかむ。
「いいから来やがれ!」
次の瞬間、「ブンッ」という電気音とともに咲良が、阿亀の能面を着けた片岡愛理に変わった。
「あら、こんなおばさんでもいいの?」
少年の顔が驚愕に歪んだその瞬間、警笛の音がショッピングセンターに響いた。
罠である。
俺たちは汚い大人の戦術に同意した。
「警察だ! 大人しくしろ!」
ショッピングセンターの客たちが警棒を持って少年を取り囲む。
そこにいたのは何人もの警官だった。
さらに盾を持った制服警官がフードコートになだれ込んだ。
高田の大人の人脈の力が炸裂した瞬間だった。
愛理のジョブは魔道士、幻術の使い手だ。
愛理を咲良に偽装しておびき出したのだ。
低レベルの支援系魔術師は戦闘に貢献できない。
だから愛理は……。
「【闇の精霊よ! 姿を現せ】」
愛理の手に剣が現れる。闇の精霊の力で隠していた剣。太極拳で使うような直刀の剣だ。
愛理は片手剣の使い手だ。
正確には小太刀を片手剣用に改造したものである。
それをぶんっと少年に向かって振り下ろす。
少年は手を離し、後ろにバックステップした。
「ババア! てめえハメやがったな!」
次の瞬間、歌音と楓の姿も変わる。
一人はパーカーにキツネの面を着けたハヤト。
もう一人は猿面の仮面で大剣を持った魔道士で料理人、高田だ。でかいからすぐわかる。
高田が歌音に偽装していたのはちょっとつらい。お兄ちゃん的に。
ハヤトが「よいしょっ」と机を片手で持ち上げると言った。
「残念だったな。さあ、なぜ渋谷楓を狙うのか教えてもらおう」
俺は般若の面を着けて時間を待つ。
「ははははは。警察に異世界帰りか! 勇者に逆らう愚物どもめが! 俺はいつまでもゲームを続けてやるぞ!」
ハヤトが机で少年をぶん殴った。
だが少年は傷一つついてない。
水の壁が守っていたのだ。
「水使いの玲二! 俺は田中のバカよりも遙かに強いぞ!」
「確保ーッ!」
拡声器を持った警官が怒鳴った。
数十人の警察官が少年を確保せんと突撃する。
「バカが!」
こぶし大の水の粒が宙に浮き、警官隊の顔に貼り付いていく。
ごぶ! ごぶぶぶぶ!
嫌な音が響く。
警官たちは地上にいながら溺れ倒れていく。
「俺は無敵の勇者だ! 警官も軍隊も俺には勝てねえ! 俺は何も怖くねえ!」
玲二が叫んだ。
本当に警官すら気にしてない。
やつらはなにも恐れてなかった。
次の瞬間、館内放送が響いた。
「アサシン! 出番だ!」
関口会長の汚い声が響く。
俺は隠形もせず飛び出した。
アサシンとは俺のコードネーム。
ハヤトはバーサーカー、愛理はウィッチ、高田のおっさんはシェフだ。
俺がいたのは天井の中。屋根裏部屋の散歩者状態である。
パネルを突き破り、俺は玲二目がけて飛び降りる。
銃刀法を考慮して、今回の俺の獲物は特殊警棒。
俺は落下しながら玲二の頭めがけて警棒を振り下ろした。
だが俺の警棒は水の上を滑り、当たらない。
だから俺は水浸しの床を見た。
すると関口の慌てた声が聞こえる。
「あのバカ! バーサーカー! ウィッチ! シェフ! 逃げろ!」
三人は慌てて机の上に登る。
「雷の精霊よ! 弾けろ!」
いつもの電撃。だが電撃は水の盾に弾かれる。
「俺の盾は純水! 電撃など通さぬ! 【水の精霊よ! 敵の顔を水で覆え!】」
と、玲二が言い終わる前に俺は助走をつけてスライディングしていた。
水は俺の上を通過し、俺の体は水の盾を通過した。
そのまま俺の体は玲二の股の真下で止まる。
「オラァッ!」
俺は無慈悲に特殊警棒を振った。股間を。玉めがけて。
「けぴゃッ」
いろんな意味で終わった声がした。
もちろん動かなくなるまで連打は基本。
俺は立ち上がる。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!」
まずはがら空きのボディを拳で殴る。
よだれが空を飛ぶと今度は特殊警棒で打ち据える。
鼻、耳、顎、鎖骨、肋骨、こめかみ!
警棒がひん曲がったので捨てて胸倉をつかみ、鼻めがけて頭突き!
鼻が潰れる音がした。
「な、なじぇ……」
「床からの電気が遮断された。つまり床の不純物、ゴミを吸い上げてねえはずだ。おそらく下は薄いし床と接してない。水の壁を通ってしまいさえすればお前をボコボコにできる」
「し、死ね……【水の精霊よ】」
「言わせねえよ! 歯ぁ食いしばれ!」
俺は玲二の顔に拳を顔面にねじ込んだ。
玲二がふっ飛び椅子をなぎ倒した。
その瞬間、玲二の意識は途切れ警官にかけられた魔法が解ける。
「げほッ! げほッ! げほッ! げほッ! げほッ!」
警官たちがむせ、水を吐き出し、空気を吸い込む。
俺はそれを確認すると玲二の髪をつかんで引きずっていく。
「お、おいアサシン! なにしてる!」
関口の焦った声が聞こえるが、俺は聞こえないふり。
「オラ、起きろ!」
そのまま持ち上げ頭を机に叩きつける。
「ぎゃッ!」という悲鳴を出して玲二が起き上がる。
「いいか。自分にヒールをかけろ」
「【ひ、光の精霊よ! 我を癒やせ!】うごッ!」
ヒールをかけた直後、机が割れる勢いで叩きつける。
「ヒール」
「ひ、ひい! 【光の精霊よ。我を癒やせ】げびゅ!」
治った瞬間、今度は床に叩きつける。
床のタイルが割れ顔に突き刺さる。
俺は玲二に感情をこめずに質問した。
「なぜ二人を狙った?」
俺は情報を吐かせることにした。
勇者は黒田のことを漏らしたら自殺する呪いがかけられている。
今回はそれがわかっているので呪いが発動したら気絶させてハヤトに解呪させればいい。
「い、言えない。ぐびゃ!」
「ヒール」
「【光の精霊よ。我を癒やせ】……もう許してあやまるから……」
「だめだ。目的を言わない限り死ぬまで続く」
俺は涙を流して許しを請う玲二の顔を叩きつける。
警察はただ俺の暴挙を眺めていた。
「おい! 死んじまうぞ! よせアサシン!」
「うちのボスもそう言ってるぞ。死ぬ前に吐け。な?」
俺は玲二の顔を優しく叩く。
玲二はとうとう心が折れた顔をした。
「渋谷楓は聖女の子孫! 真田咲良は……王位継承権第6位。グスタフ公爵のひ孫だ!」
俺が髪を放すと警官が玲二を拘束した。
なお玲二は田中と違って死ぬことはなかった。
どういうことだ?
これはただの殺人事件じゃなかった。
咲良はいったい……。
【勇者『里中玲二』を討伐しました】
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