日本でこそ輝く才能
いつもの町並み、人の群れ。
秋葉原はいつもどおりだった。
ただ違うのはクソ長くていかにも高そうな自動車が止まっていて、そこに人だかりができていた。
集まっている人々はスマホを構え写真を撮っている。
さらし者である。
どうやら珍しい高級車のようだ。
その自動車から男が降りてくる。
一目でわかる高級スーツを着て髪をオールバックにした男。
俺たちを見るとニヤニヤした。
嘘だろ……。
関口である。
ただ髪に白髪はなく顔の血色がいい。酒浸りじゃないのだろう。
無精ヒゲも剃ってあるので10歳は若く見える。
「よう、久しぶりだな。もっとも、お前らからすればついさっきの出来事か」
「ちょっと待ってハヤト、シュウちゃん整理するから。あのアル中の汚いおっさんは、超絶金持ち社長!」
「俺は知ってたぞ。有名だろ。経済番組によく出てる」
うそ、テレビ見ないから知らない……。
あの汚いおっさんが! 心まで汚いおっさんが! セレブ!
「たいしたことねえよ。少なくてもお前よりはな。お前のおかげで俺は人生を取り戻すことができた。ま、積もる話もあるがとりあえず乗れや」
長いだけあって中は広い。
俺は適当に座るが、ハヤトはソワソワしている。
やめろ、お前が冷静でいてくれないと俺がおバカキャラでいられない!
「おう飲むか?」
「俺たち未成年」
「冗談だよ。ほれジュース」
関口さんは俺たちにエナジードリンクを投げて寄こす。
なんだろうな。信じられない贅沢なのに。飲み物だけ庶民派。
「関口さん、どこに行くんですか」
「そうだな。その前に俺の話をしよう。1年前に戻った俺はシステムからクエストの通知を受けた。【準備しろ】だとよ。だから準備した。以上」
なんの説明にもなってない。雑すぎる!
「準備って……なにしたの!」
「言っただろ。俺はFMNの会長な。俺にしかできないことをした」
FMN。
証券からAIまで幅広く手がける大手IT企業である。
その会長……つまり関口は日本有数の大金持ちなのだ。
「うっそ! いやてっきりアル中の妄想かと!」
「だよなー! すべてを失ったら誰でもああなるっての! でもよ、帰ってきたらわかったんだ。金はあの世にも異世界にも持っていけないんだってな。それで動かせる財産の半分を準備に、あとの半分を……」
「半分を……」
「財団作って寄付してやった。俺のこと金の亡者呼ばわりしてた連中の泣きっ面、お前らにも見せてやりてえ! ちゃんと録画してるからな! 見てくれよ!」
「うっわ……相変わらず男子小学生みたいだな!」
「こっからが本題だ。でもよ。人脈は増えた。NGO、政治家、役人、大学教授……今まで俺を相手にもしなかった連中とビジネスができた。……金って使えば倍になって戻ってくるんだな。たった一年で資産が元の数倍になったわ」
おそらく【商人】のジョブの影響である。
頭痛がする。
資本主義の女神に愛された男が爆誕してしまった。
「それで、金の使い道がこれよ」
関口の指さす方には、本当に高級そうとしか例えようのないレストランが見えた。
だってビルだもん。
完全にビル一棟だもの。
「ほら、高田ってやたら料理のうまいやついただろ?」
「あー、あのクソ美味い料理を作る魔法使いの」
魔法使いだけど武器は大剣。高身長で筋肉質の……料理人。前衛である。
同じ下級戦士でも前衛の戦闘員は待遇がいい。
パーティーに誘われることが多いのだ。
だから互助会には入らないことが多い。
したがって弱者の互助会である【ニホン】の前衛はシーフやら僧侶やら魔法使いなのだ。
まともな後衛は弓使いのレンジャー片岡真次くらいだろう。
「俺と高田の店だ。見つけて雇って店買った。政治家御用達の隠れ家ってやつだ」
自動車が店の地下駐車場に入る。
クソ長いこの車が入る地下駐車場完備ってなによ!
運転手が車を停めドアを開ける。
おセレブ様ムーブである。
俺たちが『入り口』と書かれたエレベーターに乗ろうとすると止められる。
「そっちじゃねえ。VIP入り口だ」
と指さす方向には荷物搬入用の大きなエレベーター。
武骨なエレベーターにカードキーを入れるとエレベーターがやってくる。
外とは違い、中はとてもきれいだった。
「こっちからじゃねえとVIPルームに入れねえんだわ」
エレベーターが最上階に止まる。
扉が開くと豪華な内装の部屋に出た。
中には男女が先に待っていた。
皆知ってる顔だ。
【ニホン】のメンバー片岡夫妻だ。
俺の顔を見るやいなや愛理が俺に抱きつき、真次がハヤトに抱きついた。
「片岡夫妻は4日前に池袋に帰還した。連絡先聞いてた俺、有能」
関口がふんぞり返った。
その権利はあるだろう。マジ有能。
「ありがとう! もう二度と子どもたちに会えないかと思ってた。本当にありがとう」
くしゃくしゃの顔になって片岡嫁が号泣する。
片岡夫もつられて号泣。
他の連中も俺の背中を叩く。
皆、それぞれ人生を取り戻したのだろう。
「湿っぽいのはやめやめ。上に行くぞ」
関口に案内されて従業員用の階段でさらに上にあがる。
カードキーで扉を開けるとペントハウスが広がっていた。
「ここは要塞だ。各種警備システムにパニックルーム完備。異常があればすぐに警備会社に連絡が行く。道場完備。シャワー室もプールもジムもあるぞ。どうだ? 気に入ったか?」
「ハリウッド映画かよ……」
俺がため息をつくと関口は俺とハヤトにスマホを投げる。
受け取ってみると、FMNモバイルの最新機種だった。
「連絡用の携帯だ。軍事規格クリア、月のデータ制限なし、うちの会社が飛ばした衛星経由で秘密の通信ができる。うちの顧問弁護士の番号も登録してある。持っておけ」
「あざっす」としか言いようがなかった。
俺が想定していた【人数が必要】のレベルを超えていた。
「次は片岡からだ」
今度は片岡夫にバトンタッチ。
「まずヴァルキュリアって会社知ってるかな?」
知らん!
俺がふんぞり返っていると、ハヤトが代わりに答える。
「ネットニュースの会社ですね。他者に撮影した映像や記事を販売してる新興企業の」
「そう、それを関口さんが……」
「買収して片岡夫婦を雇った」
誰だ……こいつを野に放ったのは……。俺か。
日本でこそ輝く人材だなんて誰も思わないよ!
「ま、金のことは気にすんな。会社の金だしキッチリ利益は上げてる。投下した金の数倍は稼いだぞ!」
「……そういうことなんでここ一年で諜報部門というかメディアも稼動させることに成功した。わかるね、戦争とは情報戦だ。異世界では勇者たちに戦闘力で及ばなかっただろう。だがこちらでは私たちは負けない。いや負けるわけにはいかない」
片岡夫がそう言うと関口がリモコンを操作する。
照明が落ちてプロジェクタースクリーンが天井から降りてくる。
テーブルのノートPCを片岡が操作するとスクリーンに文書が表示される。
「ここ一年で発生した不可解な事件の一覧だ。で、どの事件だ?」
俺とハヤトは息を呑んだ。【どの事件】だと!
まさか、まさかこんなことがあるなんて!
スクリーンに映っていたのは数百人もの顔写真。
「勇者による殺人はわかってるだけでも数百件。これは被害者の顔写真だ。この顔心に焼き付けておけ」
そんなこと言われなくてもまぶたに焼き付いた、
子どもから大人まで。年齢も性別もバラバラだった。
勇者どもは殺人鬼だった。俺たちが戦争をしている間に野郎どもは殺人を楽しんでいたのだ。
関口が俺の肩を叩く。
「ああ、わかるよ。俺もファイルを見て3日寝込んだ。お前らが追っている野郎だけじゃねえ。かなりの数の勇者が殺人を犯している。俺はたとえ一人になっても一人残さず勇者を追い込むつもりだ。システムに命令されたからじゃねえ。こいつは俺の使命だと思う」
「他の10人は勇者たちと戦うことを望んでいる。二人はどうする?」
片岡夫は怒りに震えていた。
俺も同じだ。ハヤトも静かにブチ切れていた。
変な正義感じゃない。やつらは敵だ。
ミッドガルドであの世界のクソ貴族どもの価値観に染まってきやがったのだ!
やつらは駆逐せねばならない。
「やるぞハヤト」
「ああシュウ。止めるぞ」
俺と関口は固く握手した。
するとやたらガタイのいいおっさんが入ってくる。
この店の店長、高田だ。
「料理をお持ちしました」
「今日は【ニホン】メンバーの再会だ。固っ苦しいのはなしだって」
「じゃあ……」
高田はハヤトと俺と肩を組んだ。
「ありがとう。無事帰ってきてくれて……ありがとう!」
そう言った高田は男泣きしていた。
「暑苦しいのはなしにしてメシ食おうぜ。な、高田」
「会長……グス。申し訳ありません。うれしくて」
なんだか会合は暖かい雰囲気だった。
密かに脱落者が出ることを覚悟してたが、脱落者はいない。
皆、それぞれできることをしていた。
ようやく俺たちは戦う準備ができたのだ。
「ところでさ、関口さんさあ、どうやって戦うの?」
「作戦は考えてある。こっちの世界でなら俺は無敵なんだよ!」
悪い大人が吠えた。
【クエスト:勇者『黒田』討伐。討伐レイドが発生しました】




