コンテストへ向けて
花嫁選抜コンテストが二日後に迫っていた日の放課後。
俺は生徒会の面々と一緒に、コンテスト開催当日の予定について話し合っていた。
「では、当日の進行はこの進行表どおりに行いますので、皆さんよく目を通しておいて下さい」
我らが花嵐恋学園の女子生徒会長がそう言うと、集まった面々はそれぞれに返事をしたり頷いたりしてそれに応えていた。
そしてそのまま本日のコンテスト会議は終了となり、各人身支度を済ませてから次々と生徒会室を出て行く。
「そういえば聞きたかったんだけどさ、真柴さんは何で出場するのを止めたの?」
今回のコンテスト開催に際し、運営を手伝ってくれる人員を生徒会が募集していたんだけど、その中には自薦枠で名前が載っていた真柴が居た。
二年生に進級してから真柴とは別のクラスになっていたので、俺はこれ幸いにとこの質問をした。
「確かにそうだよな。自薦枠に名前があったし」
同じくコンテスト当日の司会進行役に選ばれていた渡も会議に参加していた為、俺が真柴に振った話に食いついて来た。
「あー、その話? 私もコンテストに出てみたかったんだけど、彼氏に反対されちゃって」
「彼氏って、確か大学生だっけ?」
何で渡は真柴の彼氏が大学生だと知っているんだろうか。てか、どこで調べたんだろう。
「うん。前にこのコンテストに出場するって話をしたら、『志穂の花嫁姿を他の誰にも見せたくないっ!』って言われちゃったの。だから出場を止めたんだよね」
そう言う真柴は顔を紅く染めながら、まるでトーストに乗せられ温められたチーズの様に表情をとろけさせ始める。
――ちっ、これだからリア充は嫌いなんだよ。どんな事からでもすぐにノロケ話を始めやがるから。
「さいですか」
ニヤニヤとした表情でノロケ話を続ける真柴を見ながら、俺は興味を失って気のない言葉を出す。
「それにしても、コンテスト参加人数がこんなに絞られるとは思わなかったよ。なあ、龍之介」
「ああ。でも、残った面子が問題なんだよな……」
今回の花嫁選抜コンテスト。最終意思決定期間終了前までの参加希望人数は、自薦他薦を含めて百五十七名のエントリーがあったんだけど、驚いた事に最終的な参加人数は五名となった。
しかもその残った面子というのが、まひろ、茜、美月さん、杏子、愛紗という、よりにもよって全員が俺の知り合いという事態になった。まるで神様の悪戯とでも言わんばかりの出場メンバーに、最初は激しい頭痛がしたのを覚えている。
「にしても、何であんなに居た参加者がこぞって辞退したんだろうな?」
「あー、その事か。実は俺もそれが気になってさ、ちょろっとそのへんの事を調べてみたんだよ」
相変らずコイツはこういった事には労力を惜しまない。感心すると言うべきかなのか、アホと言うべきなのか。
「ほう。で? 調べた結果はどうだったんだ?」
「それがだな、参加者がここまで減った原因は、どうも涼風さんにあるみたいなんだよ」
渡が周りを気にしながら、耳元でヒソヒソとそう話す。
「何でまひろが原因なんだよ?」
どうにも解せない思いでそう問いかけると、渡はニヤリと笑みを浮かべて話を再開した。
「実はな、辞退した人の大半は、『男子なのに超可愛いし、負けたら立ち直れないから』って事で戦意喪失したらしいんだよ。そんで次に多かったのが、真柴さんが言ってたような、彼氏に反対されたから――ってのが理由みたいだぜ」
なるほど。どうにも解せない感じだったが、渡から理由を聞いて納得した。
確かにまひろは、そこいらに居る女子よりも遥かに可愛らしい。だから出場しようとしていた女子が、揃って戦意喪失したとしてもおかしくはないと思う。理由としてはこれ以上無いくらいの理由だ。
しかしそう思っていたとしても、それだけの女子を戦意喪失させてしまうまひろは相当に凄い。まひろが本当に女性だったら、きっと世界に名を轟かせる人物になっただろうなと思ってしまう。いや、今のまひろでも十分にそれは出来そうだけど。
――それにしても、辞退するもう一つの理由が彼氏に反対されたからだあ!? どこまで恋人が居ない非リア充をバカにしてやがるんだ。彼氏と一緒に盛大に爆発してしまえっ!
「しかしまあ、その理由でも納得できるからすげえよな。恐るべしまひろ……」
「そうだな。さすがは涼風さんてところだな」
「でも待てよ? 何で辞退した人達はまひろの顔を知ってたんだ?」
「ああ。それなら多分、これを見たからだろう」
そう言った渡は一枚の紙を制服の胸ポケットから取り出し、それを俺に見せてきた。その紙には参加希望者の名前と一緒に、顔写真と簡単な紹介が載せられていた。
「何だこれは?」
「いやー、宮下先生から『せっかくだから、参加者がどんな人達なのかを見ておきたい』って言われてな。そんでそれを作ったんだが、その宮下先生から『参加希望者にも配っておいてくれ』って言われてな。そんで張り切ってコピーして迅速に配ったんだよ」
「……なるほど。それでその結果こうなったと?」
「まあ、そういう事だな!」
アハハハハッ――と、高笑いをする渡。
それにしても、マジで宮下先生は何を考えてるんだろうか。あの先生の行動だけはまったく意図が掴めない。
そしてこのあと、偶然にも生徒会室に様子を見に来た宮下先生にそのあたりの事を聞いてみたところ、『自分が戦う相手の事を知るというのは、とても大切な事だぞ?』と、なにやらもっともらしい事を言って煙に巻かれた。
宮下先生のやる事には何かしらの意図を感じるんだけど、どうせ聞いても上手くかわされるだけだろうし、例えそれを喋ったとしても、本心を話しているかは疑わしい。
なんだか宮下先生の手の平でコロコロと転がされている様な気分だけど、しかしそれを言及したところで、徒労に終わるのは目に見えている。ここは素直に流れに身を任せるのが得策だろう。これ以上面倒な事になっては困るから。
そして俺は未だノロケ話を延々と語っている真柴を正気に戻し、渡と真柴の二人と一緒に生徒会室を後にした。
明後日はいよいよコンテスト本番。どんな事になるのか今から楽しみだ。
しかしまあ、楽しみなのは間違い無いけど、これだけは願っておこう。
どうか面倒ごとに巻き込まれませんように――と。




