嘘つきの日常
花嫁選抜コンテストの出場受付が始まってから六日目。
お昼前最後の小休憩時間。
二年生の教室が並ぶ三階の奥。そこにある生徒会室を覗きに来ると、開け放たれた廊下側の窓から、生徒会役員の忙しなく働く姿が見えた。
昨日でコンテストの出場受付も終わり、今日は生徒会が朝から出場者一覧を張り出す為の出場者確認作業に追われている。先生の話によると、生徒会の作業が終わり次第、自薦他薦を含めた出場予定者一覧が、各学年がある階の掲示板に張り出されるとの事だ。
いったいどれだけの人数が出場しようとしているのかは分からないけど、生徒会の忙しさを見れば結構な参加希望人数なのは間違い無いだろう。
「鳴沢君」
廊下から生徒会役員達の働く様を見ていると不意に名前を呼ばれ、俺はその方向を振り向いた。
「し――じゃなかった。霧島さんか」
「よろしい。ところで、鳴沢君はここで何をしているの?」
「いや、別に何かある訳じゃないけど、生徒会は大変だなーと思って見てただけさ。そう言う霧島さんはどうしたの?」
「私は今度のコンテストで、記録係を頼まれているのよ。つまりは関係者ね」
それを聞いた俺は霧島さんに近付き、誰にも聞こえないくらいの小声で言葉を発した。
「それって、取材部の活動?」
「いいえ。今回は生徒会から受けた依頼だから、そっちとは無関係よ」
それを聞いた俺は霧島さんから程良い距離を取り、再び普通に会話を始めた。
「そっか。でも、記録係って何をするわけ?」
「私の役目はコンテストに関する経過、及びその状況を映像や写真に収めていく事よ」
「それじゃあ霧島さんて、カメラの扱いとか上手なんだ」
「まあ、色々とやってるからね」
霧島さんの言う、色々とやっている――というのは、取材部での活動を示しているんだろう。
取材部ってカメラとかの扱いに慣れてそうなイメージがあるから、それを考えると彼女が記録係として選ばれたのにも納得がいく。
「じゃあ霧島さんは、カメラの腕が良いから生徒会に頼まれたんだね」
「確かにカメラの腕には多少の自信があるけど、私は自分の特技や趣味を誰にも言った事はないわよ?」
「えっ? そうなの?」
――でも待てよ、そうなるとおかしいよな……霧島さんは自分の特技を誰にも話してないのに、何で生徒会はピンポイントで霧島さんに記録係の依頼を出したんだ?
霧島さんの言葉を聞いて、俺は妙な違和感を覚えてしまった。
そしてその違和感について少し考えたあとでそのおかしな点に気付き、それを確かめてみようとした。
「……ねえ、特技や趣味を誰にも言った事がないって本当?」
「どういう意味かしら?」
俺は疑問に感じた事を霧島さんに素直に話してみた。
すると霧島さんは黙って話を聞きながら、なにやら笑顔を浮かべてウンウンと頷いていた。
「――なるほど。私の言動の細かな矛盾に気付いたのね。そう、私は本当は生徒会に依頼されたんじゃなくて、理事長に依頼されたのよ」
そう言うと霧島さんは小さく両手の平を叩き、パチパチと拍手を送ってきた。
霧島さんがこう言っているという事は、少なくとも理事長は霧島さんが取材部の四季さんである事を知っているんだろう。
「どうも普段の活動が活動だからか、話の中で細かく嘘をつく癖がついているみたいね」
そう言ってふうっと息を吐き出すと、霧島さんにしては珍しく苦笑いを浮かべた。
取材部の四季さんとしての活動がどんなものなのか、俺にはまったく分からない。前に彼女が言っていた事だけど、綺麗ごとでは済まない事も多いのだろう。
つまり嘘をつくと言うのは、彼女にとって取材部の四季であるという自分の素性が知れるのを防止する為の自然な行動なんだと思う。
「因果なもんだね」
「そうね。でも、自分で選んだ事だから」
そう言ってにこっと微笑む霧島さんは、自分の選択に対して後悔はしていない様子だった。それは立派な事だと思う。
「凄いね、霧島さんは。俺は自分で選んだ事でも後悔してばっかりなのに」
「それでいいのよ。人って本来そういうものだから。でも、ありがとう。褒めてくれて」
「あ、いや……」
普段は同い年にも関わらず大人びている霧島さんだが、この時に見せた笑顔は初めて歳相応だと感じた。そして俺は、そんな霧島さんが見せた笑顔に不覚にも少し胸キュンしてしまった。
「それにしても、私の言動の矛盾によく気付いたわね」
「あ、いや、なんとなく変だな――って思っただけなんだけどね」
「変だなと思えるところが凄いのよ。人ってね、他人の話をちゃんと聞いているようで、実はちゃんと聞いていないものなのよ。相手が話している内容の三割くらいを聞いて理解してればいいくらい」
「へえ。そうなんだ」
「多くの人は相手の話の要点だけを聞いて、その話の内容を自分の中で予想して組み立ててしまうの。だから相手がもし嘘をついていても、そこになかなか気付かないのよ」
霧島さんの言わんとしている事はなんとなく分かる。
そう言われると俺も、普段気の知れた友達との話を全部が全部まともに聞いているとは言えない。むしろ聞き逃した部分を前後の会話から予想し、勝手に内容を自分で作り出して答えている事もあるくらいだから。
「鳴沢君は、私達の調べた内容とは少し違った人なのかもしれないわね」
「調べたって……いったい俺はどんな奴だと思われてるの?」
「そうね。ストレートな物言いをするなら、凄く鈍感な人――って感じかしら」
「鈍感? 何でそういう事になってるの?」
俺みたいに物事に対して敏感な奴はそう居ないと思うんだけど、何をもって鈍感などと言われているんだろうか。
「普段の鳴沢君を見ていれば、誰でもそう思うはずだけどね」
「普段の俺を?」
そう言われて普段の自分を振り返ってみるが、どこをどう思い返してみても、鈍感――というキーワードに当てはまる出来事など思いつかない。
「ふふっ。どうやら私達の調査も、あながち間違いではなさそうね」
過去の記憶を思い出しながら首を傾げていた俺に向かって霧島さんはそう言うと、横を通り抜けて生徒会室へ入ろうとした。
「ねえ、どういう意味か教えてよ」
そう言うと霧島さんはこちらへ振り返って俺に近付き、耳元でこう囁いた。
「だーめ。これは鳴沢君が自分で気付かないと。そうじゃなきゃ、みんなに失礼よ?」
そう囁いた霧島さんは、俺から離れて生徒会室へと入って行こうとしたが、再び足を止めてこちらへと振り返った。
「鳴沢君。人の言葉に真実だけがあるのは珍しいの。だから、私の言葉も疑ってかかった方がいいわよ?」
そう言ってクスクスっと笑うと、霧島さんはそのまま生徒会室へと入って行った。
――つまり要約すると、私はよく嘘をつくから気を付けろ――って事か? 相変らずよく分からん人だな。
それにしても、霧島さんが言っていた『みんなに失礼よ』という言葉が気にかかる。まあ、去り際の発言を聞いたあとだと、それすらも彼女が俺を煙に巻く為に言ったトラップなのかもしれないけど。
「あっ、やばっ!!」
そんな事を考えていると、小休憩が終わりを告げるチャイムが学園内に響いた。
それを聞いた俺は急いで踵を返し、慌てて自分の教室へと走った。




