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俺はラブコメがしたいッ!【改定版】  作者: まるまじろ
選択の向こう側~水沢茜編~
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繋がる想い

 凄まじい激戦を繰り広げた立秋館りっしゅうかん高校との試合が終わってから、早くも二日が経った。


「それじゃあ杏子あんず、ちょっと行って来るわ」

「うん、茜さんによろしくね」

「はいよ」


 八月も中旬を過ぎた昼過ぎ、外はまだまだ夏の様相を失ってはいない太陽の強い陽射しが降り注いでいた。


「今日も暑いな」


 アスファルトからゆらゆらと陽炎が立ち昇る中を歩いていると、夏お決まりの言葉が自然と口から漏れ出た。


「茜のやつ、大丈夫かな」


 バスケットをやる者にとって、夢の舞台であるインターハイ、そのインターハイは昨日の決勝戦で終わりを迎えた。

 結果として我らが花嵐恋からんこえ学園と立秋館高校の試合の結果がどうなったのかと言えば、一点差を守りきった立秋館高校が次の試合へとこまを進めた。つまり、花嵐恋学園は二回戦で敗退してしまったのだ。

 あの時、茜が新井さんからパスを受けて最後に放ったワンハンドシュートは、俺が見た中で一番美しく、一番綺麗な弧を描いて相手ゴールのネットを貫いた。そしてそれを見た俺は、王者立秋館高校を相手に逆転勝利をしたと喜んだ。

 しかしその喜びは長くは続かなかった。なぜならその直後、審判が茜の放ったシュートのノーカウントを告げたからだ。

 俺にはギリギリ時間内に決まったように見えたが、審判の目にはそう映らなかったらしい。あの時は天国から地獄へ一気に突き落とされたような気分を味わったが、そんな俺以上にショックだったのは、間違いなく女子バスケ部のみんなと、シュートを放った茜だっただろう。事実あの後、茜は思いっきり泣きまくって落ち込んでいたから。

 なんでも茜が言うには、足に感じていた違和感が気になり、それがシュートを放つタイミングを一瞬遅らせてしまったらしい。そしてその一瞬の気掛かりが文字通りに勝敗を決める事となり、その事で茜は激しく落ち込んでいた。試合に負けたのは私のせいだと。

 俺はそんな茜にかけてあげられる言葉が見つからず、翌日に最寄り駅から茜の自宅へ送るまでの間も、ろくな会話ができなかった。

 そしてそんな茜に対し、何かしてあげられる事はないだろうかと思っていた矢先の昨晩、俺は新井さんから『茜が体調不良で寝込んでるから、良かったらお見舞いに行ってあげて』と電話を受けた。本当ならそんな時にはそっとしておくのがいいんだろうと思いながらも、茜の様子が気にかかっていた俺は、これ幸いにとお見舞いへ向かっているわけだ。


「そういえば、お見舞いの品を買ってなかったな、何か買って行くか」


 茜の事が気になり過ぎてすっかりお見舞いの品を忘れていた俺は、そのまま商店街へ向かい、そこでカットフルーツの詰め合わせを買ってから茜の家へと向かった。

 それからしばらくして茜の家へ着いた俺は、ちょっと緊張した気分でインターフォンのチャイムを鳴らした。


「はーい、どちら様ですか?」

「あっ、みどりさん、こんにちは、龍之介です」

「あら龍ちゃん! いらっしゃい、すぐそっちに行くから待っててね」


 プツっとインターフォンの音が切れると、扉の奥からパタパタとスリッパで歩いて来る音が近づいて来た。そして鍵を開けるガチャっという音がして扉が開くと、そこからいつものにこやかで優しい笑顔の碧さんが姿を見せた。


「いらっしゃい龍ちゃん、さあ、上がって上がって」

「はい、それじゃあお邪魔します」


 碧さんは俺がいつ来てもこんな感じで明るく出迎えてくれる。それは小さな頃からずっと変わらず、茜と遊ぶ時も、茜と喧嘩した時も、どんな時でもこんな風に出迎えてくれた。小さな頃は気にしなかったけど、こうして高校生になった今、それがどれほどありがたい事か身にみて分かった。

 こうして俺は碧さんの案内でリビングへ通され、そこでお茶を振舞われた。


「はい、龍ちゃんどうぞ」

「ありがとうございます。えっとあの、これ、茜へのお見舞いです」

「わあっ、ありがとう龍ちゃん。茜きっと喜ぶわ」

「ははっ、だといいですけどね。ところで、茜の調子はどうですか?」

「体調は心配しなくても大丈夫よ、少し熱があるくらいだから。それよりも、インターハイでの事がショックみたいで、そっちの方が心配ね」

「そうですか……」


 碧さんにしては珍しく浮かない表情を見せる。それだけ茜の精神状況が良くないという事なのだろう。


「あの、茜に会っても大丈夫ですかね?」

「もちろん大丈夫よ、茜も龍ちゃんと話したら元気になると思うから。そうと決まればさっそく茜の部屋に行きましょう」

「は、はい」


 碧さんはいつもの明るい笑顔を見せながら、俺の手を握って茜の部屋がある二階へ向かい始めた。

 つい二日前までは毎日会っていたというのに、なんだかとても緊張してしまう。そんな緊張の中、俺はついに茜の部屋の前に着いてしまった。


「茜、入るわよ?」


 碧さんはそう言うと、茜の返事も待たずに扉を開けて中へと入った。そして碧さんに手を握られていた俺は、必然的に一緒に部屋へ入る事になった。


「りゅ、龍ちゃん!? 何でここに?」

「龍ちゃんはね、茜を心配してお見舞いに来てくれたんだよ? 相変わらず優しいよねえ、龍ちゃんは」

「あ、いやその、それほどでも」


 碧さんの言葉に苦笑いを浮かべながらそう答え、俺は茜の方へ視線を向けた。茜は明るいイエローのパジャマに身を包み、ベットの上で上半身を起こした形で手に本を持って座っていた。


「りゅ、龍ちゃんが来てるなら来てるって、最初に言ってよねっ!」

「あらあら、ごめんなさい」

「もう、お母さんはいっつもそうなんだから……」


 茜は諦めたようにして大きな溜息を吐くと、持っていた本を枕の横へと置いた。


「それじゃあ私は買物に行って来るから、龍ちゃん、茜の事をよろしくね?」

「えっ? あ、はい、分かりました」


 碧さんはその表情を更に明るくすると、楽しそうにしながら茜の部屋を出て行った。


「あー、えっとその……体調はどうだ? 大丈夫か?」

「あ、うん、ちょっと疲れが出ただけだから大丈夫、風邪でもないしね」

「そっか」

「うん……あっ、適当に座っていいよ?」

「お、おう」


 俺は言われるがままに適当な場所へあぐらをかいて座り、茜の方へ身体を向けた。しかし俺は真正面から茜を見る事に抵抗があり、ややずれた感じでその姿を捉えていた。


「私の事、ましろから聞いたの?」

「ああ、まあな」

「そっか、それでお見舞いに来てくれたんだね、ありがとう」

「いや、俺も茜の事は気にかかってたからさ、その、色々と――」


 インターハイでの事が――とは言い切れず、俺は曖昧な言い方をした。しかし俺の言っている色々がインターハイの事だというのは、茜にも理解できるだろう。


「そっか……なんかごめんね、気を遣わせたみたいで。ましろや他のみんなにも心配をかけてるみたいだし、ホント私ってば駄目だよね、私のせいであの試合も負けちゃったし……」


 言葉をつむぎ終わると、茜の瞳からポロポロと涙が零れ落ち始めた。


「そんな風に言うなよ、あの負けは茜のせいじゃないんだからさ」


 あれからまだ二日しか経っていないんだから、気持ちの整理をつけるのはまだ難しいだろう。でも、あの負けは決して茜のせいではない、それだけはハッキリと言いたかった。


「でも、あそこで私がシュートを決めてたらあの試合には勝ってたんだよっ! 負けたのは私のせいなんだよっ!」


 苦しい胸の内をさらけ出すように茜は声を上げた。茜はこれで責任感の強い方だから、自責の念に押し潰されかけているんだと思う。しかしそれでも俺は言いたかった、お前のせいじゃないと。

 でも、それを言ったところで茜は納得しない。それで納得するくらいなら、とうの昔に吹っ切れているはずだから。


「……何言ってんだよ、茜のせいで負けたとか、どんだけ自惚れてんだよ」

「えっ?」

「確かに茜は女子バスケ部のかなめかもしれないけど、バスケットはチームプレイじゃないか、だから誰が悪いとか、誰のせいで負けたとか、そんな事を言うのはナンセンスだ」

「でも……」


 俺の言葉を聞いても尚、茜は納得の表情を見せなかった。


「だったら茜、新井さんがパスミスをして相手に得点を許してしまった場面があったけど、あれが無ければ立秋館高校の得点に結びつく事はなかったんだから、新井さんのミスが敗因になったとも言えるんじゃないか?」

「それは違う! った試合ではミスだって起こりやすくなるし、ましろは必死に頑張ってた。他のみんなだってそうだよ、みんな必死で頑張ってた、だから誰も悪くないの!」

「お前が今言った事ってさ、みんなも思ってる事なんじゃねえのか?」

「……」

「勝敗を決めるシュートが無効になった悔しさとか後悔はあるとは思うけど、それをいつまでも引きるって事は、一緒に頑張って来たみんなに傷を負わせる事にもなるんじゃないのか? あの時に私がこうしていれば、茜は落ち込まずに済んだのに――ってさ」


 その言葉を聞いた茜は、深く顔を俯かせた。そんな茜の姿を見た時、俺はちょっと言い過ぎたのかもしれないと思った。だけどこれはとても大切な事で、茜が元気になる為には避けては通れない道でもあると思った。だから俺は、心を鬼にする気持ちでそう言ったのだ。


「茜もみんなも全力で戦った、茜も足に違和感があっても最後まで走った。正直言って茜が最後に打ったシュートを見た時は震えたよ、超カッコイイってな」

「そうなの?」

「ああ、あまりのカッコ良さに思わず惚れ直したくらいだ」

「惚れ直しちゃったの?」

「おう、あっ!?」


 茜の言葉に即答した後、俺は自分がとんでもない事を言った事に気づいた。


「え、えっとあの、今のはその……言葉のあやと言うか何と言うか……」


 焦りでしどろもどろになり、俺はそれ以上の言い訳が出てこなかった。

 しかしここまできて自分の想いを誤魔化すのは逆に恥ずかしくカッコ悪いと思った俺は、短く息を吸ってから茜を見据えた。


「いや、ごめんな茜、俺さ、茜に言いたかった事があるんだ。聞いてくれるか?」

「う、うん、ちゃんと聞くよ」

「……俺さ、茜の事が好きなんだ。だからもしも茜さえ良かったら、俺の彼女になってくれないか?」


 茜は俺の告白を聞くと、何も答えずに固まってしまった。


「茜?」

「……ホント? 本当に私でいいの?」


 固まったままの茜を心配して立ち上がると、茜はまたポロポロと涙を零しながらそんな事を口にした。


「いいも何も、俺は茜に彼女になってくれって言ってるんだぜ? だから茜が答えるのは、イエスかノーだけだよ」

「そんなのいいに決まってるよ……だって私はずっと昔から龍ちゃんが大好きだったんだから……ずっとずっと龍ちゃんだけを見続けて来たんだから……」


 そう言うと茜は更に大粒の涙を零し始めた。そんな茜を見た俺は、小さく微笑みながら茜に昔プレゼントされたハンカチを取り出し、それで茜の涙を拭った。


「龍ちゃん……」

「茜、これからもよろしくな」

「うん、よろしくね、龍ちゃん」


 涙を拭く俺の手をそっと握り、笑みを浮かべながらそう答える茜。そんな茜を見て、俺は心が満たされていくのを感じていた。


「茜おめでとう! これで龍ちゃんと結婚できるねっ!」

「「なっ!?」」


 そんな俺達のやり取りが終わると、部屋の扉が勢い良く開き、そこから凄まじいテンションの碧さんが部屋の中へと入って来た。


「おおおお母さん!? 買物に行ったんじゃないの?」

「ふふふ、実は買物に行くというのは嘘で、部屋の前でずっと会話を聞いていたのでーす!」

「マジですか……」

「ななな、なんて事をしてるのっ! お母さんの馬鹿っ!」

「そんな事よりも、やっと大好きだった龍ちゃんをゲットできたねっ! おめでとう!」

「ゲ、ゲットって……べ、別にそういうわけじゃ……」

「もお、照れちゃってぇ、龍ちゃん、素直じゃないところもある娘だけど、よろしく頼むわね?」

「えっ? あ、はい」

「もおっ! お母さんの馬鹿――――――――っ!!」


 こうして俺と茜の告白は碧さんの乱入により、甘さもへったくれもない終わりを迎えたが、それでも俺の心は大きな幸福感で満たされていた。

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