大切だからこそ
義妹である杏子からの本気の告白を受けた俺は、お茶を濁す感じで逃れようとしていた。しかしその事に対して罪悪感もあった俺は、都合良く俺と杏子の様子がおかしい事に気付いた明日香さんにその事を話した。
未だはっきりと答えが出たわけではないけど、少なくとも明日香さんと話をした事で、杏子の気持ちに真剣に答えようと考えるようにはなった。
俺にとって杏子が大事な妹なのは間違いない。
でもそれは、最初からそうだったわけじゃない。なにせ俺は、最初こそ杏子の事が苦手だったのだから。それでも一緒に暮らす事になるのだからと、俺は一生懸命に杏子を妹として見ようとしてきた。
おかげでこうして杏子を可愛い妹として見れるようになったわけだが、杏子を一人の異性として見ていた事があったのは間違いない。だから俺の中に杏子を妹としてではなく、一人の異性として見る気持ちが完全にないのかと言えば嘘になる。
明日香さんと話をしてから二日後の夕方、俺はいつもの日常を送りつつも、明日香さんに言ったように杏子の気持ちを前向きに受け止めようとしていた。
学園から戻った俺は制服のままでリビングのソファーに寝転がり、杏子の事を色々と考えていた。そしてリビングに設置しているアナログ壁時計の針がそろそろ十八時を示そうとしていた頃、晩御飯の支度をしていた杏子が俺に話し掛けて来た。
「お兄ちゃん、白雪姫の餌を一緒に買いに行かない?」
「もうそんなに少なくなったのか?」
「うん、最近は白雪姫も沢山食べるから」
「今が白雪姫の成長期って事か、それじゃあ太り過ぎないように、餌の種類も考えなきゃな」
「そうだね、丸々とした白雪姫も可愛いだろうけど、それじゃあ動き辛くなって可哀相だもんね」
「だな、それじゃあ俺は着替えて来るから、玄関で待ってろ」
「うん、分かった」
俺はソファーから身体を起こして床へ両足を着き、急いで自室へと行ってから服を着替えて杏子と一緒に家を出た。
「段々と夏めいてきてるな、暑さも厳しくなってきてるし、この時間でもまだ街灯が点いてないし」
「そうだね、これからはこうして日傘も必須になってくるよ、お兄ちゃんも入る?」
「そうだな、それじゃ入れてもらおうか、俺の珠の様な肌に染みでもできたら大変だからな」
「お兄ちゃん、いつからそんなに肌に気を遣うようになったの?」
「知らないのか? 最近は男でも大勢が貴婦人並に肌に気を遣ってるんだぜ?」
「知らない事はないけど、肌に気を遣ってるお兄ちゃんなんてなんだか気持ち悪いよ」
「失礼なやっちゃな」
「でもそんなに肌の事を気にしてるなら、私が毎日全身に日焼け止めを塗ってあげよっか?」
「遠慮しとく、ついでに全身をくすぐられそうだからな」
「さすがはお兄ちゃん、よく分かってるね」
普段と変わる事のないくだらない会話、杏子とのいつもの日常、それはどこまでも普通で心地良い。
だけど杏子がいつものように笑顔を見せていると、最近ではそれがとても可愛らしく見えるようになっていた。それは妹としての杏子ではなく、一人の女の子としてだ。
そして兄妹でくだらない会話を繰り広げながらペットショップへ向かい、お目当ての白雪姫用の新しい餌を買ってから自宅へと戻った。
「いい食べっぷりだな」
「そうだね、気に入ったみたいで良かったよ」
新しく買った白雪姫の餌はどうやらお気に召したようで、パクパクと美味しそうに食べていた。そんな白雪姫の様子を二人で微笑ましく見ていたわけだが、途中で俺が白雪姫を可愛がり過ぎたせいで、また杏子をいじけさせてしまった。
「――お兄ちゃん、起きてる?」
日付が変わる前、いじけて部屋に戻った杏子が俺の部屋を訪ねて来た。
「起きてるぞ、どうかしたか?」
「入っていい?」
「おう、いいぞ」
そう答えると杏子は恐る恐ると言った感じで部屋の中へ入り、ベッドに寝転がっていた俺の隣に座り込んだ。
「どうしたんだ? こんな時間に」
「話をしに来たの」
「話? 何の話だ?」
「色々とね」
「色々ねえ……まあいいや、付き合ってやるよ」
「ありがとう。ねえ、お兄ちゃん、もしかしたらだけどね、白雪姫を引き取ってくれるかもしれない人が居るの」
「えっ? そうなのか?」
「うん。でもね、正直嫌なんだ、白雪姫を渡すの」
杏子の言いたい事は分かる。飼い始めてからまだ一ヶ月程度ではあるが、俺もかなり白雪姫に情が移っているから、いざ他人に渡す事が現実味を帯びると寂しい気持ちは出てくる。だがここは俺達の気持ちよりも、白雪姫の幸せを考えてやるのが筋だろう。
「気持ちは分かるけど、白雪姫が幸せになれる方を選んでやる方がいいんじゃないか?」
「……お兄ちゃんは白雪姫が私達と一緒じゃ幸せになれないって言うの? 何でそんな事が言えるの?」
「べ、別にそんな事は言ってないだろ? ちゃんと考えて決めればいいって話をしてるだけだし」
「お兄ちゃんはいつもそうだよ、周りの事ばかりを考えて、肝心な所を見てない」
「何を怒ってるんだ?」
「別に怒ってなんかいないよ、ただお兄ちゃんが大事な所を見てくれないから悲しいだけ」
「……それって、この前の告白の事を言ってるのか?」
「……うん」
杏子は一瞬身体をビクッとさせたあと、素直に頭を縦に振った。
「……分かった、それじゃあいい機会だから、お互いに腹を割って話をしよう。幸いにも明日は休みだし、とことん納得するまで話をしようじゃないか」
「……うん、分かった」
こうして俺達はベッドの上で向かい合って座り、お互いに言いたい事を言い合った。
杏子は俺と出会って心を開いた時から俺を兄として慕いながらも、ずっと一人の男性として俺を見ていた事を話してくれた。そしてそれと同時に、俺を好きな気持ちも十分に吐露した。
その話を聞いている時は顔が茹で上がりそうなくらいに恥ずかしかったが、おかげで杏子がどんな気持ちでいたのかをよく知る事ができた。それは何よりも良かったと思える。
そして俺も杏子に対し、自分の気持ちを話した。
杏子の事をずっと妹として見て接して来てたけど、時には一人の異性として可愛く思っていた事もあった事や、いつかは彼氏ができたりする事を嫌だと思っていた事など、本当に洗いざらい全てを話した。
「とまあ、そんな感じだな」
「……お兄ちゃん、顔が真っ赤だよ?」
「お前だって真っ赤じゃないか……」
「「…………」」
確かに腹を割って話そうとは言ったが、正直ぶっちゃけ過ぎたかなとも思った。しかし今更そんな事を思ってももう遅い、言った言葉は取り消しようがないのだから。
そしてお互いにしばらく沈黙したあと、杏子が意を決したかのようにして口を開いた。
「……お兄ちゃん、七月七日はちゃんと空けてる?」
「えっ? ああ、ちゃんと空けてるよ」
「だったらその日に全てを決めよう」
「どういう事だ?」
「これから七夕まではお互いに普通に過ごす、そしてその間にお兄ちゃんは色々と考えて。そして七夕の日にあの時の告白の返事を聞かせて、もしもそれでお兄ちゃんの答えがNOだったら、私はもう二度とお兄ちゃんの事を異性として好きとは言わない。お兄ちゃんが私の事を大事に思ってくれてたのはよく分かったから」
「……分かった、それでいいよ」
「ありがとう、お兄ちゃん」
そう言うと杏子はベッドから下り、部屋の出入口へと向かった。
そして扉を開いてから部屋を出て閉じる寸前、杏子は扉の隙間から顔を出して口を開いた。
「お兄ちゃん」
「何だ?」
「大好きだよ」
そう言うと杏子はそっと扉を閉じて部屋へ戻って行った。
「……七夕までは普通にしてるんじゃなかったのか?」
思いがけない不意打ちに、思わず激しくときめいてしまった。しかしその不意打ちにときめいてしまったのは、杏子の話を聞いたからなのは間違いない。
杏子には俺を好きな気持ちが溢れていて、それはしっかりと伝わった。だからそんな話を聞かされれば、意識するなと言う方が無理だろう。
「さてと、それじゃあ色々と考えさせてもらいますかね」
俺は電気を消してベッドに寝そべり、掛け布団を被った。七夕までは残り二週間もないが、気持ちの整理をつけるには十分な期間だろう。
こうして更に杏子を意識するようになった俺は、ここから七夕までの間、ずっと杏子の事ばかりを考え続けた。




