自分との戦い

　私はひたすら怯えていた、龍之介君から告白の返答を聞く事を。だからずっと逃げ続けていた。

　そしてそれがどれだけ龍之介君に対して失礼な事なのか、それも十分に理解していた。でも私は今も逃げ続けている、龍之介君からも自分の本心からも。

　もちろん告白を決意した時にも恐怖心はあったけど、それも今ほどじゃなかった。けれどその恐怖心や怯えは、龍之介君から返事をもらうはずだったあの日のお昼、あの屋上で私に告白をしてきた男子から『君も好きな相手に振られるかもしれないんだよ！』と言われた時に一気に増し、私は一瞬にして恐怖心や怯えに心を押し潰されてしまった。

　これだと振られる可能性を考えてなかったのかと思われそうだけど、もちろん龍之介君に振られてしまう可能性は告白をする前から考えてはいた。だったらどうして今更振られる事を恐れて龍之介君から逃げてしまったのかと言えば、振られるかもしれないという現実が目の前に迫り、どうしようもなく怖くなったからとしか言いようがない。

　それでも告白をする前は、振られたって龍之介君とずっと友達で居られる自信はあった。でも今となっては、もしも私の告白に対する返事がＮＯだったら、これまでの様に友達として自然に振舞える自信は無い。

　でも私から龍之介君に告白をして返答を求めた以上、いつまでも逃げ続けるわけにはいかない。

「まひろ、あなた宛に手紙が届いてますよ」

「あ、はい！」

　あの日からずっと逃げて悩み続けてる私がベッドの上で小さく溜息を吐くと、部屋の扉がノックされたあとでお母さんの声が聞こえ、私は慌ててベッドから下りてお母さんの待つ扉の方へ向かい、その扉を開けた。

「はい、どうぞ」

「ありがとう」

「どういたしまして。それよりも、夏休みだからと言ってだらけ過ぎてはいけませんよ？　さあ、もうお昼を過ぎてますから、一緒に昼食を食べましょう」

「ごめんなさい、すぐに着替えて行きます」

　私の返答を聞いてにこっと微笑んだお母さんは、そのまま食事を用意してあるいつもの部屋へ向かって行った。

　それを見た私は部屋のドアを閉めて受け取った手紙を机の上へ置き、急いでパジャマを脱いでから普段着へ着替え始めた。そして一時間ほどをかけてお母さんと一緒に食事をして部屋に戻って来た私は、受け取っていた手紙が誰からなのかを確かめる為、机の上にある手紙を手に取った。

「龍之介君から！？」

　私は思わず自分の目を疑った。だから何度も手紙に書かれていた差出人の名前を確認した。でもその名前は変わらない。これは間違いなく、龍之介君からの手紙だ。

「どうして龍之介君が手紙を？」

　今まで龍之介君から手紙を貰った事など一度もない。それは多分、私よりも付き合いの長い茜ちゃんだってないと思う。そんな彼が私に手紙を送ってきた事に驚きはあったけど、そんな驚きよりも気になったのは、その手紙の内容だった。こうして手紙を送って来た以上、私に何か伝えたい事があってそうしたのは間違いないのだから。

　本当ならすぐにでもその手紙を開いて内容を確認したかった。でも私にはそれができなかった、もしもその内容が告白の返事だったらどうしようと思ったからだ。

　私は机の引き出しをそっと開け、手に持っていた手紙をその中へと仕舞い込んだ。目に見える場所にあると気になって仕方がなくなるから。けれど引き出しに手紙を仕舞い込んだって、龍之介君から手紙が来たという事実を私はもう知ってしまった。だから気にならないわけがない。

　私はしばらく机とベッドの間を行ったり来たりしながら、落ち着きなく時間を過ごす事になった。

×　×　×　×

　龍之介君からの手紙を机の引き出しに仕舞い込んでから二日が経ち、外はまだ明るいけど夕方の時間帯を迎えていた。

『お姉ちゃん、お兄ちゃんからの手紙は読まないつもりなの？』

　手紙を受け取った日から更に胸中穏やかじゃない私に向かい、もう一人の自分である妹のまひるが声を掛けてきた。

『だって見るのが怖いから……』

『怖くなる気持ちは分かるけど、このままじゃ駄目だって事はお姉ちゃんにも分かってるはずだよ？』

『それは分かってるよ……』

　まひるの言っている事はちゃんと分かっている。でも頭で分かっていても、感情はそうはいかない。

『お姉ちゃん、私はお兄ちゃんからの手紙を見る事を強制も強要もしないけど、それを見なかった事で後悔するお姉ちゃんの姿は見たくない。だからお姉ちゃん、しっかりと考えて決めて、これからの自分の事、これからお兄ちゃんとどうして行きたいのかを。そして逃げないで、今回だけは私は何もできないから。私が代わりに何かをすれば、それは私の大好きなお兄ちゃんを裏切る事になるから……』

『……分かった』

『うん、頑張ってね、お姉ちゃん。何もできなくても、私はずっと側に居るから』

『ありがとう、まひる』

　まひるはずっと私の事を思ってくれている、それはまひるという存在を知った時から何も変わらない。いつも勇気の無い私に代わって、色々な事をしてくれていたまひる。そんな私の為にまひるがどれだけの苦労をしていたのか、それは私の想像が及ばない部分も多々ある。

　そんなまひるが私に『逃げないで』と言った、その言葉は誰のどんな言葉よりも重い。だから私はその重みを受け止め、乗り越えなければいけない。今までまひるに背負わせてしまっていた事を無駄にしない為にも。

　未だに落ち着かない気持ちはあるものの、私は大きく深呼吸をして机へ向かい、引き出しに仕舞っていた手紙を取り出して中を開き見た。

「――龍之介君……」

　取り出して読んだ手紙には、龍之介君の私に対する想いが綴《つづ》られていた。その想いとは私と知り合ってから過ごして来た日々に関するもので、告白に対する返事は一言も書かれていなかった。

　そしてその手紙の最後に書かれていた一文を見た私は、読んでいた手紙を机の上にサッと置いて花嵐恋《からんこえ》学園の制服に着替え、慌てて部屋を飛び出した。