悪友のありがたみ
まひろの中に居るもう一人の人格であるまひるちゃんが、我が家を訪ねて来てから二日が経った。あれから俺は、まひるちゃんと話した内容を元に色々と考えを巡らせている。しかしいくら考えても、未だ明確な答えは出ていない。
今日は制作研究部の集まりが午後からあり、みんなで部室に集まる事になっている。だからまひろと話す機会もあると思うから、その時に会話をして少しでも早く今回の件を解決したいと思っている。
しかしそれは、まひろがちゃんと来てくれればの話になる。だから俺は不安だった、もしもまひろが来てくれなかったらどうしようと思っていたからだ。
そんな不安を抱きながら制服に着替えて昼食を摂ったあと、俺は杏子と一緒に花嵐恋学園へ向かった。
「ちゃーっす」
「こんにちは」
「あっ、こんにちは、龍之介さん、杏子ちゃん」
部室の扉を開けると、中には既に部長である美月さんが来ていた。部室にはいつも美月さんが一番に来ているらしいのだが、それは美月さんからすれば『部長だから当然です』との事だ。
真面目と律儀を絵に描いた様な美月さんの笑顔を見ながら室内のパイプ椅子に座り、俺は制作研究部で作っている恋愛シュミレーションゲームの資料に目を通し始めた。
夏休みに入った今、制作研究部は夏のコミックマーケット、略して夏コミに向けてラストスパートをかけている状態だ。夏コミでは渡の知り合いがやっているサークルの手伝いをするという条件で、制作研究部の作った恋愛シュミレーションゲームの体験版を置かせてもらう事になっている。完成したゲームを販売するのは冬コミになるだろうけど、その前哨戦として、夏コミで大いにゲームの宣伝をしておきたい。
残り二週間程で訪れる夏コミの事を思いながら作業を進めていると、残りのメンバーが次々と部室へやって来たが、その中にまひろの姿は無かった。そんな様子を見て、やっぱりまひろは来ないのかな――と落胆し始めていると、部室の出入口の扉が静かに控えめにゆっくりと開き始めた。
「遅れてごめんなさい」
申し訳なさそうな表情を浮かべて部室内へ入って来たのは、やって来るのを待ち望んでいたまひろだった。遅れた事はともかくとして、まひろが来てくれた事に俺はとても安堵していた。
そして無事に制作研究部のメンバー全員が揃ったところで今日の活動が開始となり、部長である美月さんから現状と経過説明、並びにこれからの計画と予定の話がなされた。
現状において最優先されるのは夏コミで出す体験版のクオリティアップだが、夏コミまでの期間を考えると、大幅なクオリティアップは望めないだろう。だからと言って作業の手を抜くつもりは毛頭無い、俺も制作研究部の一員として作業に関わっている以上、出来る限りの事はしておきたいと思うから。
こうしてしばらく制作研究部の活動を続けていたが、活動が始まってから一時間くらいが経過した頃に茜はバスケ部の活動へ戻って行った。まあ茜の場合メインの部活動はバスケ部だし、そろそろインターハイも始まるから、こちらの活動を無理強いはできない。
そして茜の抜けた部室内でそれぞれに作業を進め、そろそろ十七時を迎えようかという頃、部長の美月さんが今日の活動の終わりを告げた。俺はその言葉と共にそそくさと帰り支度を始め、今日の最大の目的の一つであったまひろとの会話をする為に一緒に帰ろうと思っていた。
「まひろ、一緒に帰らないか?」
「えっ!? あっ、えっとその……今日はこれから用事があるから、早く帰らないといけないの」
「えっ!?」
「ごめんね、龍之介君」
まひろは短く謝ると、急いで手荷物を持って部室を出て行ってしまった。あの妙な慌てぶりから考えて、まひろの用事があるという発言は疑わしい。それにさっきのまひろの態度を見る限りでは、俺を避ける為に咄嗟に嘘をついた様にしか見えなかった。
そんなまひろの様子に対し、制作研究部の面々も少し違和感を覚えていた様ではあったけど、みんなに妙な心配をさせるのもどうかと思い、俺は何とかその場を取り繕ってその場を凌いだ。そして帰り道が同じである美月さんと杏子と一緒に自宅へ帰ったあと、俺は夕食作りを杏子に任せて部屋の中でベッドに寝転がり、ずっとまひろの事を考えていた。
「ったく、いったいどうしたってんだよ……」
まひろに告白を受けてから数日しか経っていないというのに、あの時とはかなり状況が違っている。今のこの状況を考えると、あの夕暮れの日にまひろから告白を受けた事の全てが夢だったんじゃないかとさえ思えてしまう。それほどに俺は今の状況が理解できないでいた。
いっそまひろから告白を受けたあの日に戻れたらいいのに――と、そんな事まで考え始めていたその時、枕元に置いていた携帯が綺麗なメロディを奏で始め、メッセージが来た事を告げた。そのメロディを聞いて誰だろうと携帯を掴んで見ると、意外な事にそれはまひろからのメッセージだった。
俺は慌てて上半身を起こし、届いたメッセージを開き見た。するとその内容はまひろが送って来たものではなく、まひるちゃんが送って来たものだった。俺は手掛かりを求める様にしてその内容を読んだが、そこに俺の求めていた手がかりは無く、その内容は『まひるです。明日の十三時頃に私達の自宅近くにある公園でお会いしたいです』というものだった。
それを見た俺はまひるちゃんが僅かな隙を狙ってまひろに気付かれない様に連絡をしてきてくれたんだと思い、すぐさまそのメッセージに対して返答を送った。すると俺の送ったメッセージは送った瞬間に既読マークが付き、その後、まひるちゃんからのメッセージが来る事は無かった。だが既読マークが付いた以上、まひるちゃんが俺のメッセージを見てくれた事は分かるから、今はそれで十分だ。
とりあえず明日まひるちゃんと話をする事で解決策を見出せればいいなと思って再びベッドへ寝転がると、今度は電話の着信を知らせる音楽が鳴り始めた。俺は手に持っていた携帯の画面を見て着信の相手を確かめ、その電話に出た。
「もしもし? 何だ?」
「のっけから何だとは素っ気無いやっちゃなあ」
「別に素っ気無くしたつもりはないよ。で? 何の用だ?」
「ああ、そうそう。夏コミの手伝いの件で詳しい話がしたいって和人が言ってんだけど、お前の連絡先を教えてもいいか?」
「ああ、大丈夫だぞ。わりいけど和人さんに連絡先を教えておいてもらえるか?」
「おう、それじゃあ和人には連絡しとくわ」
「サンキュ」
「ああ、それじゃあ――」
「あのさ、ちょっと聞いてもいいか?」
「あ? 何だ?」
「ちょっとした恋愛話なんだが――」
俺は以前に話した親友の話だと偽り、今回の俺とまひろの事を話してみた。相談する相手としては微妙なところかもしれないけど、こちらとしては藁をも掴む思いだったから、身近な誰かに頼りたい思いもあった。
「――ふむ、なるほどな、とりあえず内容は分かった」
「そっか、それじゃあ今回の件は何が原因なんだと思う?」
「そうだな……俺の考えで言わせてもらえば、単純に不安になっただけじゃないかと思うんだが?」
「不安になった? 何が不安だってんだよ?」
「そりゃあお前、振られるかもしれない――って不安だよ。告白した側が不安になる理由なんてそれくらいしかないだろ?」
「そりゃあそうかもしれんが、告白された相手はその告白を受け入れるつもりなんだぞ?」
「あのなあ、告白をした側は答えが分からないんだから、不安になって当然だろ? だからきっと、その女の子が別の奴に告白を受けて断った時に、自分もこんな感じで振られちゃうかも――みたいな事を考えて答えを聞くのが怖くなっちまったのかもしれねーだろ?」
「な、なるほど……」
「まあ俺としては答えを長引かせた男がマヌケだとは思うが、女の子の方も答えを求めておいて今更逃げるのはどうかとは思うな」
「…………」
渡の手厳しい言葉に、思わず耳が痛くなる。
まだ今回の件についての原因が明らかになったわけではないから何とも言えないところもあるけど、確かに俺がもっと早く答えを出していれば、今回の件は起こらなかったのかもしれない。そう考えると後悔の念ばかりが湧いてくる。
「まあとりあえずだ、二人がすれ違っているのは間違い無いんだから、とっととそのすれ違いの原因を取り除けばいいんだよ」
「それって早く告白の返事をしろって事だろ? でもよ、相手が話をする間も与えてくれないんじゃどうしようもなくないか?」
「何でそこで怖気付いちゃうのかが分からないんだよなあ、一言『お前が好きだ!』って言えば済む事じゃないか」
確かに言われる通りだが、それがすんなりとできれば苦労はしない。
「そりゃまあそうなんだろうけどさ……」
「はあっ、いいか? 想いも伝えずに理解してもらおうなんて不可能なんだよ。だからどんな手を使ってでも相手に直接気持ちを伝えろ、話はそれからだろうが。お前だって相手が告白するまでその気持ちに気付いてすらいなかったんだろ? だったら勇気を出して気持ちを伝えて来た相手を見習えよ」
「……忘れているみたいだが、これは俺じゃなくて俺の知り合いの話だからな?」
「おっと、そうだったな。まあ何にしても、しっかりしろって伝えてやれ、そのヘタレ野郎にさ。そんじゃ俺はこれから鈴音と近所のお祭りに出掛けるから、じゃあな!」
渡は最後の最後でノロケを聞かせると、そのままブツッと通話を切った。
「ちっ、渡の奴リア充してやがんな」
最後はちょっとイラッとしたけど、内心では渡にとても感謝をしていた。もしも今回の件が渡の言う様にまひろの不安から来るものだとしたら、それを解決するには俺の気持ちを伝えるしかない。それも誤解や勘違いの要素など絶対に感じないくらいに。
しかしこれはあくまでも予測にしか過ぎないから、やはり原因をある程度ハッキリとさせる必要はあると思う。でなければ、真の解決には至らないと思うから。
俺はベッドから起き上がり、一度頭の中をすっきりさせようとお風呂場へ向かった。




