気付く事で気付く気持ち
高校生活最後の夏休みを間近に控えたとある日曜日の夕方、この日の俺は制作研究部のメンバー達と活動を行ったあと、早目に作業が終わったまひろと一緒に帰路を歩いていた。
そしてそれは、普段と変わりない俺の日常だった。しかしその日常は、話したい事があるの――と言ったまひろと二人で向かった公園であっさりと終わりを迎えた。
「……小さな頃からずっと龍之介君が好きでした! 私の恋人になって下さいっ!」
誰も居ない公園内に入ったあと、まひろはしばらくモジモジしながら顔を赤くし、そのあとで意を決したかの様にしてそんな事を言った。
「えっとあの……冗談ってわけじゃないよな?」
「うん、私は本気だよ」
「そっか、えーっと……」
まひろがそんな冗談を言うはずがない事は分かっている。だけど突然の告白を受けた俺は、頭の中がごちゃごちゃ状態でかなり混乱していた。もしもまひろを知り合った頃から女性だと認識していたなら、俺はここまで混乱する事はなかっただろう。
しかし俺がまひろを女性だと認識したのは、ほんの三ヶ月ちょっと前の話だ。そしてそれまではずっと男友達として接していたんだから、俺がこんな風に混乱するのも当たり前だと思える。
「…………やっぱり私じゃダメかな?」
告白に対してのまともな返答ができないでいた俺に対し、まひろは悲しげな表情を浮かべてそんな事を言った。
「あっ、いや、違うんだ、そういう事じゃないんだよ。ちょっと突然の事でビックリしてただけだよ」
「そ、そっか、そうだよね、突然だったからビックリしちゃうよね、ごめんなさい……」
「いや、謝る事はないよ」
「うん、ありがとう」
「「…………」」
なんとなく俺の思いを察してくれたみたいだけど、根本的な事は何一つ解決していない。そして俺はまひろの勇気を振り絞った告白に対し、誠意を持って答える必要があるのだ。
「……あのね、龍之介君、私待つから、じっくりと考えた上で告白の返事を聞かせてくれないかな?」
「まひろはそれでいいのか?」
「うん、だって龍之介君達にずっと嘘をついてきたのは私だから、龍之介君が私の告白にビックリしちゃったのも仕方ないよ。だから気持ちの整理がついた時でいいから、告白の返事を聞かせてほしいの。龍之介君がちゃんと考えた上で出してくれた答えなら、私はどんな結果でも受け入れる事ができると思うから」
この時に俺が感じた気持ちを率直に言葉にするなら、強い――という言葉が最適だと思う。
まひろは昔から消極的なところが多かったから、どちらかと言えば弱々しいイメージの方が強い。だけど本当の自分を曝け出してからのまひろは違った、まひろは今までの自分の後悔を埋めて行くかの様に色々な事に積極的になった。それは誰よりも近くで見ていた俺が一番よく分かっているつもりだ。
そして今日、まひろは長年心に秘めていた想いを俺に打ち明けた。長年胸の内に秘めていた想いを打ち明けるにはどれだけの勇気が必要だったか、俺には分かる気がする。その事一つを取っても、まひろは強いと言えると思う。
「分かった、それじゃあ気持ちの整理がついたらさっきの告白の返事をさせてもらうよ」
「うん、ありがとう」
「いや、こっちこそありがとう。それとごめんな、今までまひろの気持ちを知らなかったとはいえ、知らない内にまひろを沢山傷付けていたかもしれない……」
「そんな事はないよ、龍之介君はいつでも私を大切にしてくれてた。だから私はずっと龍之介君と一緒に居たいって思えたんだから」
「……ありがとな、なるべく早く返事をするからさ」
「うん、ありがとう。そ、それじゃあ私はこれで帰るね、疲れてるのに付き合せちゃってごめんなさい。じゃあ、また明日……」
「おう、また明日」
今になってまた恥ずかしくなってきたのか、まひろは再び顔を真っ赤にしてそう言うと、素早く公園を走り去って行った。
本当ならそんなまひろを追って駅まで送るべきだろうけど、今はまひろも一人になりたいだろうし、俺も今の状態でまひろと一緒に居てもまともな会話が出来る自信はない。
「夢じゃないよな?」
こういった時のお決まりの様に自分の頬を抓るが、抓った頬にはばっちりと痛みがあった。それはさっきのまひろの告白が、現実である――という事を証明している。それでもどこか夢見心地な気分だった俺は、ふわふわとした感覚のまま自宅へと帰った。
× × × ×
まひろから告白を受けた夜、俺は就寝前に色々と考え事をしていた。もちろんその内容は、まひろについての事だ。
――まひろが俺の事を好きだったなんてな……。
俺は寝そべったベッドの上で顔をニヤつかせていた。正直に言って、まひろからの告白がとても嬉しかったからだ。
知り合った頃から男なのに可愛い奴だと思って接してきたから複雑な心境ではあるけど、まひろは紛れもなく女性で、俺とお付き合いをするのに何の問題も無い。だけど男の親友として過ごして来た期間が長過ぎたせいか、どこか素直に踏み込めない感情があるのも事実だった。
まひろが男だと思って接していた時には、女の子だったらいいのに――なんて思っていたくせに、まひろが本当は女の子でしたと分かった途端にこの体たらく。仕方がないところもあったとはいえ、俺は男として情けない選択をしたのかもしれない。
でもこの件は本当にしっかりと考えて返答をしたい。そう思うのはきっと、まひろが俺にとってとても大事な存在だからだと思う。だからと言ってまひろからの告白の返事をだらだらと待たせるつもりはないが、この件は慎重に気持ちの整理をつけながらも、迅速な対応が必要になる。
そんな事を思っていると枕元に置いていた携帯が着信音を奏で始め、俺はその音に驚きつつも携帯を手に取った。すると画面には涼風まひろの名前が表示されていて、それを見た俺の心臓は一瞬にして鼓動を速くし、体温がぐんぐん上昇していくのを感じつつ応答の表示をスライドさせた。
「も、もしもし?」
「あっ、もしもし、こんな時間にごめんね?」
「いや、大丈夫だよ、どうかしたか?」
「えっと……特に用事があったわけじゃないんだけど、急に龍之介君とお話をしたくなったから……ごめんね、迷惑だったらもう切るから」
「いやいや、別に大丈夫だよ、俺もちょうどまひろの事を考えてたからさ」
「そうなんだ……ありがとう、ちゃんと考えてくれて。凄く嬉しいよ」
「お、おう……そう言えばさっき渡からメッセージが来てさ――」
俺は恥ずかしさを誤魔化す為に話題を代え、しばらくの間まひろと他愛ない話に華を咲かせた。まひろとの会話は時々ぎこちない部分があったりしたけど、それでも話している時間はとても楽しくてドキドキした。
そしてそのドキドキはきっと、まひろの気持ちを知った事で俺がまひろを異性として本格的に意識し始めたせいだと思う。それが証拠に、電話で話しているだけで俺の心には不思議なくらいの幸福感があった。そしてその気持ちに気付いた時、俺の中にあったまひろに対する想いは本格的に恋心へと変わっていった。




