小さな後輩の大きな悩み
俺にとって高校生活最後になる文化祭は、愛紗のクラスと合同でやるコスプレコンテストに決定した。内容としてはありきたりな感じもするけど、それを楽しめるかどうかは自分達次第だ。
てな訳で俺は、くじ引きで決まったパートナーである愛紗と一緒に優勝を目指してコスプレ衣装を何にするか連日検討をしている訳だが、これが思ったより苦戦を強いられている。その理由の一つがコンテスト出場に関する衣装の件なんだけど、今回のコンテストに際し、衣装はコレに限定します――みたいな規定があれば何も迷わずに済んだ。
しかしそこは自由を重んじる我等が学園の校風に毒された生徒達で、見事にそんな型にはまらず、衣装はご自由にどうぞときたもんだ。自由という言葉はとても響きが良いものだけど、実際に自由にどうぞとなれば迷う事が多くなる。選択肢が多いというのも考えものという事だ。
そして今回の衣装選びが難航しているもう一つの理由は、愛紗に選ぶ衣装を悉く却下されているからだ。コスプレをするのが恥ずかしいのはよく分かるんだけど、こうも片っ端から却下されるといよいよ選び様が無くなってくる。
「その衣装も却下です」
「はあっ……愛紗よぉ、気持ちは分からんでもないが、そろそろ衣装を決めないとやばいぜ?」
夕暮れ時、駅前にあるワクワクバーガーの二階で渡から借りた最新コスプレカタログを見ながら俺は肩をすくめた。
花嵐恋学園の文化祭まであと二週間、そろそろ衣装を決めなくてはコンテストに間に合わなくなる。なぜならコンテストのコスプレ衣装は、二人で協力して作る事になっているからだ。
本当なら衣装を決めて売られている物を買えばいいんだろうけど、ちゃんとしたコスプレ衣装ってのは洒落にならないくらいに値段が高い。それなら安価な物を買えばいいと思うかもしれないけど、安価なコスプレ衣装は作り物感が半端じゃないので、見た目にもちゃちに見えてしまう。それはコスプレコンテストでの優勝を遠ざけてしまうから無しだ。
「それは分かってますけど、でも……」
「何か理由があるのか?」
愛紗の恥ずかしがり屋な性格を考えれば、コスプレをしたくないのはよく分かる。だけど今の愛紗には、それ以外の理由がある様に感じていた。
「……私にはこういった衣装が似合わないからですよ」
「そうかな?」
その言葉を聞いて再びコスプレカタログに視線を移すが、どの衣装も俺にとっては似合いそうにしか見えない。だから愛紗の言う衣装が似合わない――という言葉の真意が理解できないでいた。
「うーん……俺にはどれも似合いそうにしか見えないけどなぁ」
「私が水沢先輩や美月先輩や朝陽先輩みたいだったら、こんな風に思わなかったと思うんですけどね…………すみません先輩、今日はもう帰りますね、ちゃんと衣装の事は考えておきますから」
「お、おい」
愛紗は元気無くそう言うと、テーブルの上に置いていたトレーを持って階段を下りて行った。本当ならこの時に愛紗を追って行くべきだったんだろうけど、その時に見た後ろ姿はどこか追う事への拒絶を感じさせ、愛紗のあとを追う事ができなかった。
× × × ×
その日の夜、愛紗の中にどんな思いがあったのか、その思いは何だったのか、それが分からなかった俺はあれからずっと悩んでいた。しかしどれだけ悩み考えてみても、その答えは一向に見えてこない。
そんな答えの見えない思考の迷路に迷い込んでいた俺が苛立ちを隠せないでいると、途端に携帯が着信を知らせるメロディを奏で始めた。
「由梨ちゃんから? はい、もしもし?」
「あっ、夜分遅くにすみません、今お時間はよろしいでしょうか?」
「大丈夫だよ、どうかしたの?」
「あの、単刀直入にお聞きしますが、今日お姉ちゃんと何かありましたか?」
「えっ!?」
その問い掛けに思わず心臓がドキッと大きく跳ねたのが分かった。自分の心音がまるで耳元で聞こえている様な気がする、それ程に俺はこの質問に対して動揺をしていた。
「……愛紗が何か言ってたの?」
「いいえ、お姉ちゃんは何も言っていません。ただ帰って来た時から様子がおかしかったので、龍之介さんなら何か知ってるかもと思って電話をしてみたんですけど、当たりだったみたいですね」
まだ何も話してないのに、由梨ちゃんは俺が何かを知っている前提の発言をする。
「俺はまだ何かを知ってるとは言ってないんだけどね」
「あれっ? 違いましたか?」
「いや、違ってはいないけどさ……」
どうも由梨ちゃんと話をしていると調子が狂う。無意識にそのペースに乗せられていると言うか巻き込まれていると言うか、なぜか彼女の前では隠し事を出来る気がしない。
「それで何があったんですか? 良かったら話してみて下さい、お姉ちゃんの事なら力になれると思うので」
考えの行き詰まっていた俺にとって、この申し出は正直ありがたいと思った。妹である由梨ちゃんなら、姉である愛紗の思考が理解できるかもしれないと思ったからだ。
「……実はさ――」
これ幸いにと、俺は今日の出来事を由梨ちゃんに詳しく話して聞かせた。
「なるほど、お姉ちゃんが落ち込んでた理由が何となく分かりました」
「ホント!? それでどういう理由なの?」
「実はお姉ちゃん、今回のコスプレコンテストはとても楽しみにしてるんですよ」
「えっ!? そうなの?」
「はい、龍之介さんとペアになるのが決まってから、毎日とても楽しそうにしてましたから」
「そうなの? 俺にはそうは見えなかったけどなぁ……」
「妹の私が言うんですから、間違いありませんよ」
言っている言葉をそのまま表すかの様な、自信満々の明るい声音。
俺にはよく分からないけど、由梨ちゃんがここまで自信満々に言うなら間違い無いのだろう。
「それでさ、愛紗が落ち込んでた理由って何なの?」
「お姉ちゃんが身長にコンプレックスを持っているのは知ってますよね?」
「ああ、まあね」
「それが原因なんですよ」
「へっ? どういう事?」
「簡単に言うと、コスプレ衣装って見た目第一の作りじゃないですか、だからある程度の身長が無いと見映えし辛い衣装が多いと思うんですよね。だからお姉ちゃんは落ち込んでたんだと思うんですよ」
その話を聞いた俺は、なるほどと妙に納得をしてしまった。確かにコスプレ衣装は見た目第一の作りが多く、作りもそれなりに身長がある人向けが多い。だから愛紗は俺の意見の数々を却下していたんだろう。
それは愛紗が今日の去り際に言っていた、『私が水沢先輩や美月先輩や朝陽先輩みたいだったら、こんな風に思わなかったんですけどね』という発言からも窺える。
「そっか、それじゃあ愛紗に悪い事をしちゃったな……」
「そんな事はありませんよ、お姉ちゃんは龍之介さんが悪いなんて一ミクロンも思ってないはずですから。むしろ自分のせいで龍之介さんの足を引っ張ってる――って、そっちの方で落ち込んでる可能性の方が高いですね」
「そうなの?」
「はい、だからあまり気にしないで下さいね? 龍之介さんが気に病んでると、お姉ちゃんはもっと落ち込んじゃうので」
「そっか、分かったよ」
「あっ、そろそろお姉ちゃんがお風呂から戻って来るので、これで失礼しますね」
「うん、わざわざありがとね」
「いえ、私も原因が分かって良かったです。龍之介さん、ちょっと素直じゃないところもあるお姉ちゃんですけど、これからもよろしくお願いしますね?」
「もちろんだよ」
「良かったです、それでは失礼しますね」
「うん、またね」
プツッと通話の切れた携帯を耳から離して枕元に置く。さっきまでは思考の迷路に迷い込んで苛々していたというのに、今はとてもスッキリとした気分だった。
「さてと、事情が分かったならあとはどう対応するかだな」
とりあえず机の上に置いていたコスプレカタログを取りに向かい、俺は愛紗のコスプレ衣装を再び考え始めた。全ては愛紗と二人で出場するコスプレコンテストを最高に楽しむ為、その為に俺は力の限りを尽くそうと思った。




