見つめていたい笑顔
我が家にやって来たるーちゃんと夕食の仕込をしたあと、俺達は外へ散歩に出掛けた。
「今日はぽかぽかした陽気だね、陽の光が気持ちいいよ」
「そうだね、昨日は特に寒かったから、余計にそう感じるのかも」
視線を空へ向けて瞳を閉じたるーちゃんの表情は本当に気持ち良さそうで、そんなるーちゃんを見ていると、なんだか陽の光が余計に暖かく感じる。
「ねえ、せっかく散歩に出たんだし、どこかに行ってみない?」
「いいね、るーちゃんはどこか行きたい場所ある?」
「私が行きたい所でいいの?」
「もちろん、俺はるーちゃんの行きたい場所に行くよ」
「そっか……それじゃあ、お言葉に甘えちゃおっかな」
少し考える様子を見せたあと、るーちゃんはいつもの柔和で明るい笑顔を見せてそう言った。
――まったく、いつもながら可愛い笑顔を見せてくれるよな。
今のるーちゃんはどんな女性よりも可愛らしく、そして愛おしく感じる。それは間違いなく俺の中にある恋心の作用だろうけど、それを除外したとしても、るーちゃんが可愛らしく愛らしい人である事に変わりはない。
「それでどこに行きたいの?」
「な・い・しょ♪ ほら、行こうよ♪」
「あっ……」
悪戯心を含んだ子供の様な笑顔を見せながら、るーちゃんは俺の右手を左手で握って歩き始めた。
手を握られているだけの事なのに、それだけの事が凄まじく緊張感を高めていく。心臓が早鐘の様に鼓動を早め、全身に血液をドクドクと素早く送り出しているのが分かる。自分でもこれだけ動揺しているのが分かるんだから、るーちゃんに握られた手からこの動揺が伝わるんじゃないか――と、酷く不安になった。
しかしるーちゃんはそんな不安を抱く俺をよそに、握った手を離す事なく先へ進んで行く。
今のこの状況を他人が見たら、いったいどう思うだろうか。恋人に見えたりするのだろうか。もしもそうだったら嬉しいと思う。
そんな自分にとって都合の良い事を考えながら、るーちゃんに手を引かれて極彩色のイルミネーションで着飾られた街中を歩いた。
× × × ×
「るーちゃんが行きたかった場所ってここ?」
「うん、そうだよ」
るーちゃんに手を引かれて歩くこと十数分。
俺達は最寄り駅から少しだけ離れた場所にあるゲームセンター前へと来ていた。そしてゲーセンに連れて来られるとは思っていなかった俺は、内心では結構驚いていた。
「私ね、昔からよくクラスメイトがお友達とこういう場所に行くのを見てたから、どんな所なのか興味があったんだけど、中は騒がしいし、男の人も多くて怖かったから行けなかったの。だからたっくんと一緒なら大丈夫かなと思って一緒に行きたいと思ったんだけど、迷惑だったかな?」
「迷惑なんて事はないよ、ちょっと驚きはしたけど、俺と一緒に行きたいと思ってくれて嬉しいよ」
「ホント? 良かった……」
るーちゃんは心底安心した様な感じでふうっと息を吐いた。
――今まで行けなかったゲーセンに俺と一緒に行きたいなんて、めちゃくちゃ可愛いな。よしっ! ここは張り切ってゲーセンで楽しんでもらおう!
「それじゃあ入ろっか」
「うん! よろしくお願いします」
軽く頭を下げたるーちゃんと一緒にゲーセンへ入ると、いつもと変わらない様々なゲームの大きな音や店内BGMが鳴り響いていた。
「わあー、やっぱり大きな音だね。みんな耳が痛くなったりしないのかな?」
入店したるーちゃんは両手の人差し指で両耳を押さえながら、驚きで目を丸くしていた。
――さすがはゲーセン初体験者、素直な驚きを見せてくれるよな。
でも考えてみれば俺も初めてゲーセンに訪れた時には、この馬鹿でかい音が気になって仕方なかった。そう考えると、いつの間にこの馬鹿でかい音に慣れたのか不思議になってしまう。
「最初は耳障りだと思うけど、その内に慣れてくると思うよ。でもまあ、最初はあまり騒がしくないコーナーに行こっか」
「うん」
るーちゃんを引き連れてビデオゲームコーナーから離れ、クレーンゲームの箱が立ち並ぶ方へと向かう。
「クレーンゲームってこんなに大きなぬいぐるみも入ってるんだね!」
大きなクレーンゲームの中に入っている大きなぬいぐるみの数々を見て、るーちゃんは興奮気味に声を上げた。ゲーセンでこういう大きな景品を見ると、テンションが上がる気持ちは分かる。
――でもこの手の景品を取ろうとすると、段々テンションが落ちるんだよな、あまりの取れなさに……。
「昔はこんな大きな物はそんなに無かったんだけどね。でも最近のゲーセンは景品も大型化してきてるから、こういうのは珍しくないんだよ」
「へえー、そうなんだ」
「うん。でもさ、ゲーセンでこういう景品を見るとつい取りたくなるけど、取れたら取れたで置き場所に困るんだよね」
「確かにこんな大きなぬいぐるみをいくつも取ってたら、置き場所がなくなっちゃうね」
「そうだね。でもさ、こういうのってホントに取れないんだよ。かなり前に杏子にせがまれてやった時なんて、取れるまでに五千円もかかっちゃったし」
「五千円も!?」
「うん。杏子は凄く喜んでたけど、帰りに似た様なぬいぐるみが三千円で売られているのを見た時には流石にショックだったよ」
「そ、それは確かにショックだね」
「まあね、でもゲーセンて取るまでの過程を楽しむ所だし、仕方ないとは思うけどね」
「そっか、それじゃあ凄くお金がかかりそうだね……」
俺がそんな事を言うと、るーちゃんは『とんでもない場所に来ちゃった』みたいな不安げな表情を浮かべた。
「まあ手を出すタイミングを考えなきゃお金がかかるけど、もっと手軽に楽しめる物もあるよ」
「そうなの?」
「うん、確かあっち側にあったと思うから行こう」
「うん♪」
俺はるーちゃんにそう言ってから目的のゲームコーナーへと向かい始めた。
「ほら、これだよ」
「わあ~、小さなお菓子がいっぱいだ♪」
決して大きくはない透明な半球ドームの中には、いわゆる駄菓子と呼ばれる物が沢山敷き詰められた状態で延々と時計回りをしている。このクレーンゲームをやるのは久々だけど、少なくとも景品を取る楽しみを教えるには最適な物だと思う。
「これってどうやって取るの?」
「やってみるから見てて」
「うん!」
るーちゃんは顔を綻ばせながら興味津々な様子でドームの中のお菓子を見つめ始めた。そして俺はそんなるーちゃんを見て小さく微笑みながら、百円をコイン投入口に入れてお菓子取りを開始した。
「あっ、クレーンが動いた!」
ボタン操作でクレーンが動くと、それを見たるーちゃんはテンション高く声を上げた。小さな子供の様にはしゃいでクレーンの行く末を見守るその姿は本当に可愛らしく、そんなるーちゃんに見惚れてしまいそうになる。
――いかんいかん、今はゲームに集中しないと。
るーちゃんに視線が釘付けになる前にクレーンへ視線を戻し、山の様に盛られたお菓子達を狙ってクレーンを動かす。
「あっ! いっぱい取れた!」
動かしたクレーンがお菓子をすくい上げるのを見て、るーちゃんのテンションが更に上がっていく。
すくい上げる時にコロコロとお菓子が落ちたから、るーちゃんが言うほど沢山すくえたわけではない。けれど初めて見たるーちゃんには、多く取れた様に見えたのだろう。
いちいち反応が可愛らしい事に表情が緩むのを感じつつ、お菓子をすくい上げたクレーンを操作して動く板の上へとお菓子を落とした。すると動く板が落ちてきたお菓子を押し出し、その先にあるお菓子を取り出し口へと押し出す。
「落ちた! お菓子が落ちたよ!」
コロンコロンと軽い音を立て、数個のお菓子が取り出し口に落ちてきた。
「はい、るーちゃんにあげる」
「いいの? ありがとう!」
たった数個の駄菓子を渡しただけなのに、るーちゃんは本当に嬉しそうに喜んでくれる。その事が俺にはたまらなく嬉しかった。
「さあ、あと二回できるから、今度はるーちゃんがチャレンジしてみて」
「えっ!? 大丈夫かな?」
「大丈夫大丈夫、俺がちゃんと教えるから」
「う、うん、分かった、頑張ってみる!」
「その意気だよ」
緊張気味なるーちゃんに手解きをしつつ、俺はるーちゃんと来た初めてのゲーセンを心ゆくまで楽しんだ。




