それは些細な切っ掛け
高校生活最後の夏休みも中盤を過ぎ、あともう少しで日付が変わろうかという日曜日の夜。ベッドに寝そべっていた俺の枕元で、携帯がブルルッ――と震えた。
俺は持っていた漫画をベッドに置き、携帯を持って画面を見た。するとそこには陽子さんからのメッセージがあって、『遅くにごめんなさい。もし時間があったら、今から電話してもいいかな？』と書かれていた。
「珍しいな」
陽子さんとはメッセージのやり取りはするけど、電話で話す事は滅多に無いから、ちょっとした驚きはあった。
「特に何もしてないから大丈夫だよ――っと」
そして俺が返信をしてから一分ほどが経った頃、陽子さんから電話が来た。
「もしもし？」
「あっ、こんな時間にごめんね？」
「大丈夫だよ。どうかしたの？」
「実はね、一週間後の日曜日にこっちで急遽舞台公演をやる事になったの。それで良かったら、龍之介君に見に来てほしいなと思って」
「一週間後か。ちょっと待ってね？」
「うん」
俺は携帯を耳に当てたまま、部屋にあるカレンダーへと視線を向けた。
――来週の日曜日か、大丈夫だな。
「もしもし？ 大丈夫だから是非行かせてもらうよ」
「本当！？ 良かった……それじゃあ、一週間後の日曜日の十四時頃に、桜花高校の校門前に来てもらってもいいかな？」
「分かったよ。楽しみにしてるね」
「ありがとう。私頑張るねっ！ それじゃあ、お休みなさい！」
「うん、頑張ってね。お休みなさい」
嬉しそうな声で張り切っている陽子さんとの通話を切ったあと、桜花高校がある場所を知らなかった俺は、インターネットを使って地図を開いた。
「あー、あの辺りにあるのか」
調べてみると桜花高校は地元の駅から四駅ほど離れた場所に在った。着いた先の駅から桜花高校までの距離もそう遠くはない。
「のわっ！？」
地図を見ながら自宅から桜花高校までどれくらいの時間がかかるかを計算していると、突如携帯が手の中で震えて驚いてしまった。
驚きつつも見た携帯の画面にはメッセージと共に名前が表示されていて、そこには陽子さんの先輩である金森憂さんの名前が表示されていた。
――憂さんからメッセージなんて珍しいな。
憂さんとも連絡先の交換はしていたけど、陽子さんと違って滅多にやり取りを交わす事は無い。だからある意味でレアな送り主の名前を見て驚くと同時に、なんだか嫌な予感が俺の中に渦巻き始めていた。
「……やっぱり陽子さん絡みか」
開いたメッセージの内容を見て、ついそんな言葉が漏れ出る。
憂さんから何かしらのメッセージが来る時は、ほぼ陽子さん絡みの内容な事が多い。それが証拠に、今回も陽子さん絡みの内容だ。
ちなみに憂さんから来たメッセージの内容だが、『陽子からのお誘い、受けてくれてありがとう！ 流石は龍之介君だねっ！ 偉い！』と書かれていた。
陽子さんから演劇鑑賞のお誘い電話を受けてから、まだ三分も経っていない。情報が伝わるにしてはやけに早い気もするけど、憂さんと陽子さんは同じ下宿先に住んでいて、しかも同じ部屋だと聞いているから、電話を終えた陽子さんが憂さんに話したんだと考えれば、まあ納得はいく。
そんな事を思いつつ、俺は優さんへメッセージを書き始めた。
「情報が早いですね。陽子さんから聞いたんですか？ っと」
憂さんへ返信のメッセージを送ると、そこから十秒と経たない内に返答が来た。
「早ッ！ って、えっ？」
憂さんからの返答には、『ううん。陽子には何も聞いてないよ～』とだけ書かれていた。
――陽子さんから何も聞いてないのに、どうして俺が誘いを受けたって知ってるんだ？
謎が謎を呼ぶ憂さんからのメッセージ内容。とりあえず遠まわしな質問は憂さんには通用しない。ここは素直に疑問をぶつけてみるべきだろう。
俺は『陽子さんから話を聞いてないのに、どうして俺が誘いを受けたって知ってるんですか？』と、率直な質問を書き込んだ。すると今度は二分ほどの間を開けてから返答が来た。
――何々？ 『相変らず龍之介君は鈍いなあ～。そんなのは陽子を見てたら丸分かりなんだよね～。とりあえず一週間後を楽しみにしてるから、ちゃんと来てあげてね？ それじゃあ明日も早いから、おやすみなさーい！』か。肝心な答えを言ってくれっつーの……。
いつもながらマイペースな憂さんに振り回されてる事に溜息を吐きつつ、ベッドの上に大の字に寝そべる。
制作研究部で作っている恋愛シュミレーションゲームの試作品を、夏コミで宣伝したり配ったりしたのがつい数日前。コミケ初参加の俺にとって、コミケは凄まじいイベントだったとしか言い様がない。もしも興味が無ければ、あんな凄まじく人が多い場所には二度と行こうとは思わないだろう。それほど俺にとっては衝撃的な体験だったわけだ。
ちなみに陽子さんには、ゲームでみんながそれぞれのキャラクターに声を当てる際の演出なんかをお願いしていて、とても分かりやすく的確にみんなに声の出し方なんかを教えてくれている。これから冬コミにかけて完成版を作るにあたり、陽子さんの協力はまだまだ必要になるだろう。
それに俺も陽子さんから色々と教えてもらう内に、演技と言うものに対して少なからず興味を抱く様になっていたから、今回の演劇鑑賞のお誘いは正直嬉しかった。
「日曜が楽しみだな」
ベッドから起き上がってカレンダーに向かい、一週間後の日曜日に丸印を付けて内容を書き込む。
そして俺は演劇鑑賞の日を楽しみにしながら、残り少ない夏休みを色々な意味で満喫していた。
