お互いを知るからこそ
他人への印象というのは様々な要素によって作られ変化するものだと思うけど、所謂第一印象というのは、ほぼ外見と印象で決まると言っていいと思う。
そしてその外見イメージで一番大切な要素と言えばおそらく清潔感で、次に可愛いだとか美人だとかカッコイイだとか、そう言った顔の好みが入ってくるんだと思う。もちろんこれが逆転する人もいるだろうし、これにまったく当てはまらない人もいるとは思うけど、だいたいはそんな感じじゃないだろうか。
しかしどれだけ清潔感があって顔が良くても、性格が悪ければいずれは嫌われるだろう。こうなると宝の持ち腐れとしか言い様がない。つまりどれだけ取っ掛かりの部分が良くても、総合力が無ければ男女の仲は続かない――という事になる。
周りに居るスタッフさん達が慌ただしく準備を進める中、特にやる事もない俺はふとそんな事を考えながら、次の撮影相手である茜が来るのを待っていた。
最初の撮影相手である杏子との羞恥の極みだった撮影が未だ尾を引いているのか、撮影終了からもう二十分ほどが過ぎているというのに、一向にテンションが上がらない。まあ次の相手は一番付き合いの長い相手だから、特に気負う必要がないのが幸いだ。
「水沢さん入りまーす！」
撮影会場の出入口付近に居たスタッフさんの一人が大きな声でそう言うのが聞こえ、俺は反射的に出入口のある扉の方へと視線を向けた。
「「「「おーっ！」」」」
出入口からウエディングドレスを着た茜が入って来た瞬間、撮影会場内に居たスタッフさん達の多くからどよめきの声が沸き上がった。
以前の撮影ではスレンダーラインドレスを着ていた茜だが、今回は意外な事に最もポピュラーな形であるプリンセスラインドレスを着ている。しかも着ているドレスは純白ではなく、白と薄い青色のグラデーションをしていた。
「待たせてごめんね。龍ちゃん」
「お、おう。別に気にしてないよ……」
いつもなら『めちゃくちゃ待ったぜ』くらいの軽口は言うんだけど、今の茜を前にしているとそんな言葉すら出てこなかった。
「では撮影を始めまーすっ！」
撮影時間が押しているせいか、スタッフさん達の動きが先ほどに比べて忙しなくなった様に思えた。そしてそれを裏付けるかの様に、カメラマンさんからの指示が最初よりも慌ただしく飛んでくる。
俺と茜はその指示に従って様々なシチュエーションをこなしていたが、シャッターを切るカメラマンさんが見せるその表情は、納得いかない――と言った感じの険しいものに見えた。
「――うーん……二人共ちょっと表情が硬いわね。もう少しリラックスして」
俺の予想はやはり正しかったらしく、しばらくしてカメラマンさんがそんな事を言った。俺としては表情を硬くしてるつもりはなかったんだけど、プロから見るとそうではなかったんだろう。
それにしても、茜まで緊張してるってのは珍しい。茜の事だからきっと、お気楽な感じで撮影に望んでると思ってたから。
「うおっ！？」
そんな事を思いながら隣に居る茜の方をチラリと見た俺は、その表情を見て思わず声が出た。茜は強張った感じでガチガチになっていて、口角が上に動く余地すらないのではないかと思える程に表情が固まっていた。
カメラマンさんは『少し表情が固い』と言ってたけど、この表情を見る限りでは、とても少しとは思えない。まあ、カメラマンさんはプロなんだから、被写体の人物がこれ以上緊張しない様に気を遣ったんだろう。しかし残念ながら、今の茜にはそんな事を考える余裕は無いだろうと思う。
「茜、しっかりしろ」
「だだだ大丈夫だよ！？」
――そんな返答してて大丈夫なわけねーだろうよ……。
いつもの茜からは想像もつかないほどの緊張ぶりだが、俺としてはそんな茜の姿を見るのはちょっと新鮮な感じだった。
もちろん茜が緊張する様を見た事がないわけじゃないけど、度胸が据わってる茜がここまで表情を強張らせているのは珍しい。こんなに緊張した表情を見るのは、花嫁選抜コンテストの告白審査の時以来じゃないだろうか。
「本当に大丈夫か？」
「ももももちろんっ！」
絶対に大丈夫じゃないと分かっていながらそう声を掛けたが、茜は予想通りにそう答えた。こういうところはいかにも茜らしいと思うけど、幼馴染の俺にはそんな強がりを言わなくていいのにな――と、そんな風に思ってしまう。
「うーん、まだ表情が硬いわね……よしっ、十分ほど休憩にしまーす！」
茜の表情が硬いまま変わらないのを見たカメラマンさんは、俺達の事を気遣って休憩を入れてくれたみたいだった。
「ふうっ……」
「大丈夫か？」
「う、うん。大丈夫」
撮影開始からそれほど経ってないのに、茜の表情は明らかに疲れていた。
前回の撮影はまひろとの撮影だけだったから、他のみんながどんな感じだったのかは分からない。だからもしかしたら、前回の撮影時も茜はこんな感じだったのかもしれない。
「あんまり無理すんなよ？」
「そ、そんなに無理してる様に見える？」
「少なくとも俺には疲れ切ったお婆さんみたいに見えるな」
「な、何よそれっ！？」
「まあそれは冗談としてもだ。表情が硬いのは間違いないぜ？」
「そ、そう？」
「ああ。いつもみたいに能天気にしろとは言わないけど、もう少しリラックスしろ。じゃないと強張った表情でパンフレットに載って、沢山の人に見られる事になるぞ？ まあ、茜がそれでいいならいいんだろうけど」
「えー！？ そんなの嫌だよー！」
「だったらもっとシャキッとしろ」
俺は茜の両頬へ両手を伸ばし、気合を入れろと言った感じでその柔らかで艶やかな頬を軽く抓った。
「はうっ！？」
「少しは気合が入ったか？」
「もうっ、他にもやり方があると思うんだけどなあ……でも、ありがとね、龍ちゃん。ちょっと落ち着いた気がする」
「そっか。それなら良かったよ」
「ねえ、龍ちゃん。いつか私達もこんな所で結婚式ができたらいいよね」
「ん？ ああ、そうだな。こんな所で結婚式ができたら、一生の思い出になるだろうしな」
「ホント？ ホントにそう思う？」
「ああ」
「そっかそっか～♪」
その問い掛けに答え終わると、茜は妙にニヤケた表情を見せた。恐らく自分がこんな場所で結婚式をしている場面でも想像してるんだろう。
俺としてはそんな茜に『妙な想像をしてるんじゃないか？』みたいな軽口を言ってやりたくなるところだが、そんな事を言ってまた硬い表情になってしまったら面倒なので、今はこのままにしておく事にする。この後の撮影に支障を出さない為にも。
