また会える日まで
じいちゃん達の住む田舎へやって来てから早くも一週間が経ち、来た初日に友達になったみっちゃんとは、あれから毎日公園で待ち合わせをして遊んでいた。
初日に遊んだ沢で遊んだり、見知らぬ場所を冒険したり、駄菓子屋でお菓子を買って一緒に食べたりと、とても楽しい日々を送っている。
そして八日目の朝を迎えた今日。俺は緊張しながらいつもの公園でみっちゃんがやって来るのを待っていた。
なぜ知り合ってから八日目なのに今更緊張しているのかと言うと、昨日別れる前に、『明日は家でゲームでもしない?』と誘っていたからだ。
そして誘った時は特に何も考えずに誘ったんだけど、家に帰ってからふと、茜以外の女の子を家に誘うのって初めてだな――と思った瞬間、なんだかとても恥ずかしくなっていまい、そこからずっと緊張し続けてるってわけだ。
茜の家に行く時も、茜が俺の家に来る時も緊張なんてした事もなかったのに、どうしてその相手がみっちゃんに変わっただけでこんなに緊張してしまうんだろうかと、その事がとても不思議だった。
この時の気持ちを高校生になった今考えると、あの頃は異性というものを意識し始めた時だったから、とても可愛らしいみっちゃんに対し、ときめきを感じていたのかもしれない。まあ、出会って一週間くらいで恋心と言うのは早過ぎるのかもしれないけど、世の中には一目惚れという言葉もあるくらいだから、一週間という期間は決して早くはないはずだ。
「龍之介君!」
そして緊張しながらみっちゃんを待っていると、明るく弾む声で自分の名前が呼ばれるのが聞こえ、俺はハッとした。
「あっ! み、みっちゃん! おはよう!」
緊張していた原因の相手が現れ、思わず上擦った声が出てしまう。
「おはよう、龍之介君。ふあ~」
挨拶を返したみっちゃんは続けて大きな欠伸を出し、じわっと瞳に浮かんだ涙を手で拭ってから眠そうに目を擦った。
「眠いの?」
「うん、ちょっとだけ。龍之介君の家に行くのが楽しみで眠れなかったから」
「僕も――あ、いや、そうだったんだね」
目を擦ったあとで小さな笑みを浮かべ、可愛らしくそう言うみっちゃんに釣られ、思わず『僕もみっちゃんが来るのが楽しみだったんだ』と言ってしまいそうになった。だけど、なんとかその言葉を飲み込む事ができた。別に言ったっていいんだろうけど、やっぱりそれは恥ずかしい。
「そ、それじゃあ行こっか」
「うん!」
嬉しそうに返事をすると、みっちゃんがスッと右手を差し出してきた。
俺は気恥ずかしい気持ちと嬉しい気持ちを感じつつも、差し出された右手をそっと握り、みっちゃんの顔を見ない様にしながら一緒に歩き始めた。
× × × ×
じいちゃん達の家へ戻り、ゲームをやり始めてから約一時間。ゲームをするのが初めてだと言うみっちゃんの為に、俺は比較的操作が簡単なシューティングゲームで一緒に遊んでいた。
「ああー。またやられちゃった……」
おおよそ数十回目になる撃墜で口を尖らせるみっちゃん。
同時プレイで進んで行くシューティングゲームだから、ある程度のフォローはできる。だけどそれでも、敵の弾幕を避けるのは本人だからそこはどうしようもない。まあ、俺が操る自機がバリアーを纏っている時は庇ってあげる事もできるけど、それにも限界はある。
「でも、だいぶ慣れてきたみたいだね。どんどん上手になってきてるよ」
「本当? このまま続けたら龍之介君みたいに上手になるかな?」
「うん。僕が上手になる特訓をしてあげるから大丈夫だよ! 僕は毎日ハードモードで鍛えてたからね!」
「はーどもーど?」
「簡単に言うと、凄く難しいって事だよ。今みっちゃんとしてるモードはイージーモードで、一番簡単なんだ」
「へえー、そんなのがあるんだね。それじゃあ私も、龍之介君と一緒にはーどもーどができる様に頑張るね」
「うん!」
それから俺が実家へと帰るまでの間、みっちゃんとはずっとゲーム三昧の日々を送った。その毎日は本当に楽しく、俺はこの時、辛い事や寂しい事なんかを全て忘れて遊んでいた。
そしていよいよ実家へと帰る日、俺はとても寂しく思いながらも、公園で待っているみっちゃんに最後の挨拶をする為に会いに行った。
「みっちゃん。今日までありがとう。凄く楽しかったよ……」
「うん……私も凄く楽しかった……」
本当はもっと言いたい事があったはずなのに、俺はそれ以上の言葉が出てこなかった。
「……また来年もこっちに来るから、そしたらまた一緒に遊ぼう。みっちゃん」
「うん……」
小さく微笑みながらみっちゃんは頷いたけど、やっぱりその表情はどこか寂しそうに見えた。だけどこの時の俺は、またみっちゃんに会えると、信じて疑っていなかった。
「そうだみっちゃん。もうすぐ誕生日だって言ってたでしょ? これ、僕からのプレゼントなんだけど、良かったら受け取って」
俺は持って来ていた可愛らしいピンク色の包み紙をみっちゃんの前へと差し出した。どうせなら誕生日ケーキも一緒に手渡せれば最高だったんだけど、小学生のお小遣い程度ではそこまでするのは難しい。
「いいの?」
「もちろん! みっちゃんの為に用意したんだから!」
「開けてもいいかな?」
「うん、いいよ。でも、大した物じゃないからあまり期待しないでね?」
謙遜でもなんでもないのだけど、みっちゃんはそれでも嬉しそうな微笑を浮かべ、丁寧にゆっくりと包み紙を開いていく。
「わー、可愛い~。本当に貰ってもいいの?」
包み紙の中にある猫のイラストが描かれた白いハンカチを取り出すと、みっちゃんはその表情をもっと綻ばせながら明るい声を上げる。
「うん。僕のお小遣いじゃそれくらいしかプレゼントできないけどね」
「ううん。とっても嬉しい。ありがとう、龍之介君。ずっと大事にするね」
「うん。……それじゃあみっちゃん、僕、そろそろ行かないといけないから」
「そっか……」
今までの嬉しそうな表情から一変、みっちゃんは凄く寂しそうな表情に変わり、顔を俯かせてしまった。
そしてそんなみっちゃんを見ていると、俺も寂しかった気持ちが更に強くなってくる。
「……みっちゃん、今日までありがとう。凄く楽しかったよ」
「うん……ねえ、龍之介君。もしもまた私と会う事があったら、また一緒にゲームで遊んでくれるかな?」
「もちろんだよ!」
「ありがとう。それじゃあ私も、今度会える時の為にハードモードで頑張るね。それでね、もし再会した時に龍之介君にゲームで勝てたら、私とずっと一緒に居てくれないかな?」
「ずっと一緒に?」
「うん……ダメかな?」
「ううん、そんな事ないよ。みっちゃんと遊ぶのは楽しいし、約束するよ」
「本当に?」
「うん!」
こうして俺は、みっちゃんとそんな約束を交わした。子供の頃にはよくある、内容や意味を深く考えてはいない、他愛ない約束だ。
そしてみっちゃんとそんな約束を交わした俺は、そのあと母さんと合流してから実家へと戻った。
そういえばあのあと、お別れする前にみっちゃんに何かを言われ、それに対して俺は返答をした覚えがあるけど、その部分は霞がかかった様になっていて、どうしても思い出せなかった。
× × × ×
「――ちゃん! お兄ちゃんてばっ!」
「えっ?」
昔の事を思い出すのに集中していたせいか、隣から聞こえてきた杏子の呼び声に思わずハッとしてしまった。
「どうした?」
「『どうした?』じゃないよ、お兄ちゃん。急にぼーっとしちゃって。どうしたのか聞きたいのは私の方だよ」
「そっか。悪い悪い。あっ……」
杏子に平謝りをしながら何気なく前を見た時、俺の目に白のワンピースを着た髪の長い女性の姿が映り、心臓がトクンと跳ねたのが分かった。そしてその姿を見た俺は、自然とその人のもとへ向けて走り始めていた。




