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溺愛ハッピーエンドが欲しくて頑張ったのに、なぜか彼氏はヤンデレ化した  作者: ChaCha


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愛しい花嫁

扉が開いた瞬間、世界の音が薄くなる。


朝の光を含んだ空気が、礼拝堂の奥からこちらへ流れてきて、白い花の香りが鼻先を撫でた。

参列者の衣擦れ、足音、控えめな囁き――それらが確かにあるのに、俺の意識は一点にしか結びつかない。


ベール越しに揺れる影。

ゆっくり、慎重に、一歩ずつ。


彼女が歩くたび、柔らかな布が光を拾って、淡い波紋みたいに揺れた。

白は冷たい色のはずなのに、なぜか温度を持って見える。

頬の赤み。

胸元で小さく上下する呼吸。

緊張しているのに、逃げずに進んでくる足取り。


……もう、胸が痛い。


ここまで来るのにどれほどの手順が要ったか。

書類、根回し、段取り、確認、確認、確認。

万一を潰し、万一を潰し、万一を潰し

――それでも俺の中では「足りない」が残っていた。


彼女は予想外を連れてくる。

笑うだけで、心臓の位置が変わる。

少し眉を下げるだけで、呼吸が浅くなる。

だから、全部を整えても、最後の最後まで、確かめたくなる。


指先が差し出される。

俺は、迷いなく手を伸ばした。


触れた瞬間、彼女の指がわずかに震えた。

それが怖さなのか、嬉しさなのか、俺には両方に思えた。


「……大丈夫」


そう言うと、彼女は小さく息を吸い、笑ったように見えた。

俺の手の中に、彼女の手が収まる。


離さない。

もう、二度と。


誓いの言葉が続く。

神官の声は穏やかで、天井に吸い込まれていく。

祝福の詞、頷く参列者、微笑む母上、父上の静かな眼差し。

すべてが正しい形に整っているはずなのに、俺の内側は熱で満ちていく。


「誓いの口付けを」


その言葉だけは、真っ直ぐ胸に落ちた。


俺はベールに指を掛ける。薄い布越しに、彼女の吐息が当たる。

――近い。

近いのに、まだ足りない。


ゆっくり持ち上げると、彼女の顔がはっきりと現れた。


瞬間、喉が勝手に鳴った。

……情けないほど、音がした気がする。


彼女が、俺を見上げる。

その瞳が、まっすぐ俺を映す。


“俺だけを見ている”と錯覚したいのではない。

錯覚じゃないものにしたい。

そういう衝動が、身体の奥から静かにせり上がる。


「……綺麗だ」


言葉に出したら、少しだけ楽になった。

彼女は照れたように視線を揺らして、それでも逃げずに戻してくる。


俺は、その目を逸らさないまま、顔を寄せた。


唇が重なる。

柔らかい。温かい。確かに生きている。


一度で終わらせるつもりがなかったのは、最初からだ。

でも、貪るようにはしない。

怖がらせたくない。

ただ、確かめる。

祝福の場で、誰の前でも、彼女が俺のものだと揺るがせない形にする。


重ねた唇の隙間から、彼女の息が漏れる。

それだけで、胸の奥が軋む。


――その瞬間。


ぱあ、と光が舞った。


最初は、窓から差し込む陽の反射だと思った。

だが違う。

光が、空から降ってくるみたいに、二人の周囲をふわりと包んで、白い花弁よりも軽く、金の粉よりも眩しく散っていく。


参列者がざわつく。

神官の目が見開かれる。

母上が、あ、と小さく息を呑んだのが見えた。


俺は彼女を抱いたまま、彼女の額をそっと寄せた。

離したら、光が消える気がしたからではない。

ただ――こんな場面で彼女が不安になるのが許せなかった。


「大丈夫だ」


囁くと、彼女はこくりと頷いた。

頷けたのが偉い。ほんとうに。


神官が、震える声で続ける。


「二柱の祝福により――」


俺の背筋を冷たいものが撫でた。


祝福。


そう、祝福のはずだ。


だが、胸の奥で、嫌な予感が形になる。


ふと、あの本の頁が脳裏をよぎる。

著者名。出版社名。

――Two deities。


俺は唇を離し、彼女の頬にだけ短く口付けてから、微笑む練習をした表情で神官へ向き直った。


「……Two deities」


声が、思ったより低かった。


(これは、胡散臭いといったことを――謝罪しなければならないな)


心の中でそう呟いた瞬間、光がまた一度、ふわりと揺れた。


まるで、聞いている、とでも言うように。


俺は彼女の手を握り直す。

指を絡め、掌の温度を逃さない。


彼女は、怯えながらも、ここにいる。

笑って、呼吸して、俺の手を握り返している。


ならいい。

外側がどんなに騒がしくても、何が祝福でも、何が因果でも。


俺が彼女を守る。

彼女が逃げる必要のない世界にする。

他の誰の手も、言葉も、視線も――彼女に届かせない。


そのためなら、俺は、いくらでも優しくなれる。

いくらでも、冷たくもなれる。


彼女が俺を見上げた。

不安の色が、ほんの少しだけ混じっている。


俺はすぐに、それを消すように微笑んだ。

大丈夫だと伝えるために。

逃げ道など思いつかないように。


「……帰ろう、カレン」


その名を呼んだだけで、彼女の肩が少しほどけた。

俺は満足したまま、もう一度だけ、指先に口付ける。


祝福の光が、まだ、舞っている。

まるで――終わりではなく、始まりだと告げるみたいに。








ちょっと根に持ってます。

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