卒業
花咲くマジカル学園
春の光が、学園の石畳をやわらかく照らしていた。
長い歴史を刻んだ校舎の壁には、朝の名残りの冷えがまだ残っている。
けれど空気は澄み、どこか祝福めいた匂いが漂っていた。
正門の前。
式を終えた生徒たちが、花束や証書を抱えて行き交う。
笑い声、名残を惜しむ声、未来への期待が混じったざわめき。
その中で、私は彼の隣に立っていた。
無事に――
本当に、無事に。
一緒に、ここまで辿り着いた。
一緒に学園を卒業する。
それが、どれほど当たり前ではなかったかを、私は知っている。
少し視線を動かすと、遠くに見知った二人の姿があった。
穏やかな表情で並んで立つエルンストとアイナ。
互いを気遣うように微笑み合い、言葉少なに頷き合っている。
……よかった。
ちゃんと、幸せそうだ。
胸の奥が、じんわりと温かくなる。
「一緒に学園で、思い出がたくさんできて嬉しかったね!」
そう言った私の声は、少し弾んでいたと思う。
振り返ると、隣の彼は一瞬だけ目を細めてから、低く答えた。
「消したい思い出も、あるがな」
一瞬、言葉に詰まる。
思い当たる節が、ありすぎた。
「そ、それは……」
言い終わる前に、距離が詰まった。
腰に回された腕が、ぐっと私を引き寄せる。
逃げ道を塞ぐようでいて、けれど確かに守る抱き方。
頬に、軽い温度が落ちた。
口付けだったと気づくまで、一拍遅れる。
近すぎる距離。
視線が絡む。
(……卒業式の後だよ?)
そう思うのに、身体は拒まない。
むしろ、自然に彼の胸元へと重心が預けられてしまう。
(あれから……)
あの日々を思い返す。
彼の瞳に、時折滲む圧。
一瞬で空気を塗り替えるような、静かな独占欲。
怖い、と感じることもある。
けれど同時に、それが私に向けられていることが、はっきりと分かる。
(……溺愛、なんだよね。これ)
自分に言い聞かせるように、心の中で呟いた。
その時だった。
♪~~♪
どこかで、聞き覚えのある旋律が流れた。
明るく、少し懐かしい音。
(え!?)
思わず周囲を見回す。
「え!? 花咲くマジカル学園のBGM!? なぜ今!?」
口から飛び出した言葉に、彼が怪訝そうにこちらを見る。
「どうした?」
真剣な顔。
本気で分かっていない。
私は、少しだけ笑ってしまった。
「……なんでもない」
前世の記憶。
ゲームの音楽。
それらが現実と重なった瞬間の、どうしようもない可笑しさ。
でも、思う。
もしあの世界が、選択肢だらけの物語だったとしても。
私はきっと、同じ道を選んでいた。
怖くても。
息が詰まりそうでも。
こうして、隣にいる。
彼の腕の中に、自然と収まってしまう自分を、私はもう否定できなかった。
学園の鐘が、最後に一度だけ鳴る。
卒業を告げる音。
終わりであり、始まり。
彼の手が、離れない。
(……大丈夫)
そう、胸の奥で静かに呟く。
恐いと感じる中で、
私は、確かに――幸せだった。




