犬・遊び人・980円
「なぁ、文学って、言葉を使った芸術作品だって言葉、聞いたことあるか?」
俊哉は低い姿勢から僕の顔を覗くようにして、唐突にそんな事を聞いてきた。
「あぁ…?いや、知らねーけどよ…つか次の授業のリーディングの予習まじで済んでねーんだからなっ。熊田はまじで性悪だからな。予習やってきてなさそうな奴の顔色なんざ一目で見抜いてくっからな…」
俊哉は勢い良く、鳥の蒸し焼きとマヨネーズソースを挟んだサンドイッチを頬張りこんでいる。
「なぁ、もしゃもしゃ食ってんのはいーけどよ、人をパシリにしたお駄賃はちゃんと払ってもらわないとなー」
今日帰ってくるであろう俊哉へのツケは、総額980円也。
特売品みてーな額に膨らんだ。
それも今日までと決めていた。
俊哉は要領が良すぎる。
さらに桁数が一つ増えると笑えなくなる。
「ん、んぐっ、んだよー人が気持ちよく朝昼飯を堪能している最中にそんな金の話なんてよー。そんな話をしたら友情が壊れるぞー」
「取り敢えず朝飯ちゃんと食ってこ…じゃなくて、今日のサンドイッチ代220円に今週のジャック代240円にねんどろ○どぷちのガシャポン代300円そして13日前の昼飯代220円総額980円、今日こそ耳を揃えてきっちり払ってもらうかんなっ!」
「……え、何、聞こえな」
人を小馬鹿にしたような顔で俊哉が言い終わる前に、俺はコイツの右ポケットの膨らみに手を伸ばした。
何だコイツ、新渡戸稲造なんか持ってやがる。
貧乏人から搾取しておいて、結構な身分だわ。
遊び人だわー俊哉さん。
「お前なぁ…人が飯を食っている無防備な状況にサイフを漁るとはよ…見損なったぜ…お前は餌があれば迷いなく喰らいつく野良犬だな」
この出来事がきっかけで俺と俊哉の友情に亀裂が走り、その裂け目は未来永劫修復されることは無かった。
800字の括りで書いています。




