第69話 再会
フェンリル、それはいうなれば巨大な、これでもかというほど巨大な狼だ。
地球では北欧神話で神々に災いをもたらすと予言され、拘束されるが、最高神であるオーディンを飲み込んでしまうという存在だが、この世界のフェンリルはすべての魔狼達の王、すなわち魔狼王として知られている。
その所以はすべての魔狼達より圧倒的に強く巨大で、何よりすべての魔狼たちが使えるスキル、技などを使いこなすことができると言われているからだ。
そんなフェンリルは、神獣とも言われ一部の人々からは信仰の対象とされている。
そして、キルスが絶望している理由は、その強さにある。
以前キルスが闘ったエンシェントドラゴン、それはこの世界においての最強の存在だ。そして、フェンリルというのは、まさにその最強に匹敵すると言われている。
キルスがエンシェントドラゴンを討伐できたのは、ひとえに年月だけを生きただけの赤子のような物だったからで、もし野生のエンシェントドラゴンと遭遇していたら、勝てるわけもなかった。
そして、それに匹敵する存在が、今キルスの目の前にたたずんでいる。
「なんで、こんなところにいるんだよ」
キルスは自身の運命を呪いたくなった。
運よく倒せたとは言えついこの間エンシェントドラゴンと対峙したばかり、それから一か月経つか経たないかという期間に今度はフェンリル、いくらなんでもひどすぎる。
「ガウ? ガウウ」
絶望しているキルスをじっと見ていたフェンリルが、何やら疑問の後に歓喜している。
そうして、不意にその巨大な口を開けたのだ。
「俺を食っても、美味くないと思うけどな」
食われると思ったキルスだが、思ったより怖くないことに若干驚きながらそうつぶやいた。
(俺の第二の人生もこれまでか、もっと冒険者したかったな)
そんな死の覚悟を持ったキルスだったが、さすがに巨大な口が迫ってくるのを黙ってみていることもできず、目を閉じたまさにその時であった。
ベロン
不意に顔全体に柔らかく湿ったものが当たった。
(まずは、味見か)
思わず開けた目に飛び込んできたのは、巨大な体と口ににあったこれまた巨大な舌だった。
「クゥーン、クゥーン」
その後なぜか、聞こえてきたのはまるで飼い主に甘える犬のような鳴き声。
一体、どうなっているんだと思っていると、ふとあることに気が付いた。
(そういえば、このフェンリルから、殺気を感じないな。どういうことだ)
そう、フェンリルはキルスを食おうとしているわけではなかった。
そう感じたキルスは急にフェンリルに対しての警戒が解け、観察をしてみた。
すると、そのしぐさ、吠えかた。それらが、どこかで見たことがあるような。既視感を得た。
少し考えて、ある応えにたどり着いた。
「まさか、お前、シルヴァー、いや、ありえないか」
「バウン」
キルスの言葉にまるで、そうだよと言わんばかりに一吠えフェンリルが応えた。
キルスは偶然だよなと思いながらも、ほんとうに返事をしたような気がしたのだ。
だが、ありえない、キルスのいうシルヴァーというのは、キルスが前世、日本で飼っていた犬の名前だ。
シルヴァ―は、キルスが生まれる前から家で飼われていた、グレート・ピレニーズという大型犬で、護人の父親が職場の上司から譲り受けたものだと護人は聞いていた。
(シルヴァ―は、俺が生まれる前に生まれてすぐに死んだという兄貴のことで、落ち込んでいた両親に父さんの上司って人がちょうど貰い手を探していたってことでもらったんだよな)
そうした経緯でやって来たシルヴァ―は護人にとっては、幼いころは兄のように面倒を見てくれた存在であり、ある程度成長した時には、まさに相棒の如く常に一緒にいた存在である。
そんなシルヴァ―であるが、護人が高校を卒業し県外の大学へ行くために家を出る数日前、突然眠るように息を引き取ったのだ。
護人一家は揃って泣いたが、平均寿命10~12歳と言われているこの犬種にしては、20年という倍近くも生きていたことを考えると大往生であった。
そのシルヴァ―が転生したと考えれば納得も出来る、しかし、それはありえないことであった。
というのも、これは以前エリエルが言っていたが、そもそも地球はエリエルとは別の神が管理する世界となる。
同じ神が管理する世界なら、転移はあまりなくても転生は日常的に起きている(前世の記憶は持たない)。しかし、別の神が管理する世界となると渡る際の負担が大きく自然に起きることはまずない。
そういった理由から、目の前のフェンリルがシルヴァ―であることなどありえないのであった。
(それでもなぁ)
「エリエル様なら、何かわかるかもしれないけどな」
ありえないと思いつつも、シルヴァ―であるという思いを捨てきれないキルスはもしかしたらエリエルならこの疑問を解消してくれるのではないかと、つぶやいた。
「やぁ、呼んだかい」
キルスがつぶやいた瞬間、不意に隣に気配が生まれ声をかけられキルスは驚愕して隣を凝視した。
「え、エリエル様、えっ、なんで」
そう、出現したのはこの世界を管理する神、エリエルその人であった。
「いやぁ、久しぶりに護人君……いや、今はキルス君だったね。様子でも見ようかと思って見てみたら、呼ばれた気がしてね。来てみたんだけど、これまた珍しい光景だね。フェンリルが人に懐くなんて」
「えっと、そのことなんですけど……」
キルスはエリエルに目の前のフェンリルについて自分が思っていることを話した。
「……うーん、この子がねぇ。ちょっと待ってね」
エリエルは何かを考えつつフェンリルに対して手をかざした。
「……えっと、なになに、へぇ、わぁ、すごいなぁ。こんなことってあるんだ」
すると次第にエリエルは興奮しだした。
「凄いよ、凄いよキルス君」
「えっと、どういうことですか、エリエル様」
「うん、そうだね。まずは、結論から言うと、この子は、間違いなく、キルス君が前世で飼っていたシルヴァ―君で間違いないよ」
「!?」
エリエルの言葉にキルスは目を見開いて驚いた。
なぜなら、それはありえないとエリエルがキルスに以前話したことだったからだ。
その後、エリエルがキルスに説明をしたわけだが、それによると、なんでも地球の神とエリエルは古い知り合いで、数十万年に一度の割合で、魂の交換というものをしているそうだ。
それは、お互いの世界に存在する魂を交換することで、その魂をさらに鍛えるという目的と、神同士の交流という意味がある。
その際は、当然魂の負荷を最小限にするために、神々が転送のタイミングを細心の注意を払い全力で行うそうだ。
こうして、行われる魂の交換、これを前回行ったのが、今から、22年前と最近であった。
そのタイミングと言えば、ちょうどシルヴァ―が息を引き取った年でもある。
つまり、シルヴァ―はその魂の交換にたまたま選ばれた魂の1つであったのだ。
「それと、シルヴァ―君はどうやら前世の記憶を持っているみたいだね。といっても全部というより、半分とちょっとぐらいみたいだけど、それでも、十分キルス君がかつて自身のご主人であることは覚えているみたいだね」
これは、本当にありえない事実だという。
「キルス君、これはね。本当に凄いんだよ。どのくらいかというと、君たち人間が奇跡っていうことってあるよね。でも、それって僕たち神からしたら、日常的に起きていることなんだ。そんな僕たちでも、これは奇跡って言いたいぐらいの出来事なんだよ」
エリエルは興奮気味に言った。
というのも、魂の交換で使われた魂が前世の記憶を持っているということ、その近しいものが魂の交換以外の方法で転移、または転生し、お互いに前世の記憶を持った状態で再会する。こんなことは長いこと神をしているエリエルでさえ、聞いたこともないことだという。
「……」
エリエルの説明を聞き、あまりの出来事にキルスの脳内がストップしてしまい絶句していた。
「……えっと、とにかく、このフェンリルが、シルヴァ―だということは、間違いないんですよね」
「うん、そうだね。それは間違いないよ」
「そうですか。よくわからないけど、とにかく、シルヴァ―とまた会えたのなら、それで、俺としては嬉しいです。なっ、シルヴァ―」
「バウン」
こうして、神にとっても奇跡とも言える再会を果たした。キルスとシルヴァ―であった。




