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第32話 ダンジョン

 キルスが落下した場所、その片隅に鎮座していた石碑。

 何やら文字があったがそれをキルスは読むことができなかった。

 キルスには、この大陸では唯一といってもいい、翻訳スキル所有者であった。


 なぜ、唯一かというと、その理由は簡単だ。この大陸で使われている言語はただ1つトラベイン語だけである。

 ここで多くの者たちに疑問が浮かぶだろう。

 漫画などであれば世界中が共通言語を使っているということもままある。

 しかし、ここは現実世界、そのような場所でたった1つしか言語がないということはありえない。

 実際、ヨーロッパなど、国々が密集した地域ですら24言語もあるという。

 では、なぜ、巨大なトラベイン大陸において言語が1つしかないのかということだが、これには当然理由がある。


 かつて、この大陸にも複数の国とそれぞれの独自の言語が存在していた。しかし、ある時トラベイン王国という小国が覇を唱え、周囲の国々を飲み込んでいった。

 その際、当然彼らにトラベインの言葉を使わせ、それまで彼らが使っていた言語を廃止させた。よくある話である。

 そして、そのトラベイン王国は帝国と名を変え、さらに版図を広げついには大陸全土をその手中に治め大陸の名もトラベイン大陸となったという。それにより各地で使われていたトラベイン語以外の言語が失われた。

 そうして、時代が流れ、1つ1つと独立を訴えた結果、現在の分布となったというわけだ。

 しかし、長い間トラベイン帝国の支配にあった弊害により、すでにすべての人間がトラベイン語しか話せなくなっていたというわけだ。

 こうして、この大陸では1つしか言語がない状態となった。


 それで、なぜ、翻訳スキルがキルスのみなのかというと、それは、この翻訳スキルの習得条件にある。

 まず、このスキルを習得するには、3つの言語の習得と5つの言語を学ぶとある。

 この条件を見るだけで、その答えがわかるというものだ。

 そして、キルスはというと、まず、日本語、ハエリンカン語、トラベイン語と3つの言語を習得している。

 また、当然上記3つの言語は学んだから習得し、それ以外にも前世の学校教育により英語、大学時代に学んだ第二言語としてドイツ語を学んでいた。

 そう、つまりキルスはこの世界でトラベイン語を学び、習得したことで翻訳スキルを習得できる条件をクリアできていたというわけだ。


 閑話休題


 そんなわけで鑑定スキルを獲得したキルスだったが、落下の際に使用した”暴風”と”水弾”の魔法に盛大に魔力を込めた為にさすがに魔力がほとんど残っていない。


「この先何があるかわからないし、幸い、ここなら魔物もいないしな。ここらで野営しておくか」


 落下の際背嚢も背負っていたのでキルス個人の荷物だけは手元にある。


(テントはないけど、まぁ、だいじょうぶだろ)


 テントはのってきた馬車に乗せており、手元にはなかったが簡単な保存食なら持っているために特に問題はなかった。

 というわけで、キルスはさっそく適当に保存食を用いて料理をして、その場に横になるのであった。



 翌日、キルスはのんきに伸びをした。


「ふわぁ、まさか、こんなところで、ここまでよく寝るとは思わなかったな」


 キルス自身、自分の図太さに感心した。


「まぁ、とりあえず飯食ったら、ここから出る方法を探さないとな。それに、鑑定スキルも使ってみるか」


 昨日は鑑定スキルを使わなかった、その理由はスキルというものは少ないが魔力を消費する。昨日の時点でこのスキルを使うには少々ためらうほどしか魔力が残っていなかった。

 しかし、今はぐっすりと休んだことで魔力は完全回復している、これなら多少削られてもまったく問題なかった。


「というわけで、”鑑定”」


 特に名をいう必要はないが、何となくそういってから鑑定スキルを目の前の石に使ってみた。


 すると頭の中にまず”石”という名前が出て、そのあとに”どこにでもある普通の石”という説明が出てきた。


「……もっと、選べばよかったな」


 あまりな回答にキルスは自身の浅はかさにあきれてしまった。


「えっと、思ったより魔力の消費もないし、今度はあのあたりの壁を鑑定してみるか」


 キルスが見たのは、小さな穴の開いた壁である。


「あの穴、気になるからな、もしかしたら……よっしゃ」


 キルスが鑑定スキルを使用すると、説明の中にその先に空間があることが分かった。


「壊してみるか」


『炎よ、集いて爆ぜよ 爆炎(ばくえん)


 キルスが呪文を唱えると、壁のあたりが小さな爆発をおこした。

 この魔法はキルスが指定した場所に炎を集め、圧縮して爆発をおこすという爆発系の魔法の最も簡単なものとなる。

 尤もキルスのような膨大な魔力を持つ場合、その威力は桁違いとなるが……。


 とにかく、これにて壁が無くなりその周囲に満ちていた砂煙も徐々に薄れて行った。


「えっと、えっ、まじっ」


 砂煙が無くなり、その先に見えたものにキルスは驚愕した。


「なんで、こんな地下深くに人工物があるんだ」


 キルスの言うように、その先にあったのは明らかに人工による通路だった。

 実際鑑定スキルを使ってみると、名称に”スタイラエルダンジョン・99階層通路”と出た。


「なんだこれ、スタイラエルダンジョン? って、ダンジョンかよ」


 ダンジョン、それはキルスが前世でやったゲームには必ず存在する場所、この世界にもエリエルがそれを見て面白そうだといくつか作っているものだ。

 転生前にも、キルスはエリエルから大体の話を聞いていた。


「まじでダンジョンかよ。そういえばエリエル様があるとか言ってたよな。まさか、本当にあるとは、それにしても、スタイラエルって、どういう意味だ」


 キルスは知らないことだが、このスタイラエルというのは人の名前で、かつて栄えた超古代文明時代の天才といわれた魔道具職人のことである。


「まぁ、とにかく、ダンジョンとなると行ってみるしかないよな」


 キルスはエリエルからダンジョンの話を聞いた時いつかは攻略したいと考えていた。

 そのダンジョンに今踏み込んでいるのかと思うと、ちょっと興奮しているのは仕方がないことだろう。


 そうして、キルスは当然罠や魔物に警戒しながら通路を突き進んでいった。


「って、何もなしか」


 拍子抜けだった、罠や魔物がうごめいているのかと思ったら、そんなものは一切無くあっという間に下層に向かう階段を発見してしまった。


「仕方ない、この下の階層に期待するか」


 次の階層こそと期待を胸に階段を降りて行った。

 そこで、見たものは巨大な扉だった。


「扉? そっか、さっきが99階層ってことは、これが100階層ってことだからな、キリがいいしボス部屋ってわけか」


 昨日は落下で盛大に魔力を使ってしまったが、一晩ゆっくりと休んだことで魔力も気力も十分、今の自分は前世よりも強いという自覚もあり、たとえ魔王が相手でも全く問題なく闘えるという自信からか、キルスは意気揚々と扉をあけ放ったのだった。

 その先にいるのが最悪としか言いようのないボスであるとも知らずに……。

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