第230話 出奔
「わたくし、帝国を出奔いたしました」
「……はっ?」
久々に現れたサリーナが突然そういったことで、キルスはあっけにとられていた。
「え、えっと、どういうことです?」
キルスはなぜ出奔に至ったのか尋ねたところ、サリーナは経緯を語りだした。
「帝国へ帰国したのちのことです……」
それによると、サリーナは長らく逗留していたオルスタンから帝国帝都に帰還してから数日後のことであった。
その日、サリーナは皇帝との謁見を行っていた。
その理由はオルスタンでの報告なわけだが、なぜこのように時間がかかったのかというと、たとえ娘であっても皇帝都の謁見にはそれほど時間がかかるということである。
さて、その報告において皇帝は当然の質問をした。
「して、サリーナよ。首尾はどのようになっておる」
皇帝が尋ねたのはサリーナによるキルス篭絡の件である。
「そ、それについてですが、申し訳ありません。現在難航しております」
実際サリーナは幾度となくキルスを帝国へ誘おうと試みたが、ことごとく失敗した。
というのも、キルスは生まれ育ったキリエルン王国に強い忠義心を持っており、それを裏切らせるのは不可能であった。
「それをどうにかするのが貴様の務めであろう」
皇帝はそう言ってサリーナに興味をなくしたように手で払うと出ていくように指示した。
皇帝にとって此度のサリーナの謁見では篭絡できた、もしくは篭絡出来そうであるという報告のみしか受け付けるつもりがなかったのである。
「し、失礼いたしました」
サリーナはそう言って謁見の間を辞したのだった。
サリーナも父である皇帝がどのような人物であるかはわかっており、このような報告を聞けばあまりいい顔はしないということは分かっていた。
それでも、少しは労いなどの言葉が欲しかったサリーナであった。
また、自分の姿の変わりように気が付いてほしいという娘らしい願望もあったが、それもかなわなかった。
「わかってはいましたが、お父様にはぜひ、この姿を見ていただきたかったのですが……」
サリーナがぼやいたのも仕方ない。
それというのも、サリーナはオルスタンにおいてE&R商会を訪れ多くの美容に関することに接し、それを長らく学んでいた。
そのため、現在のサリーナと以前ここ帝都にいた時分とでは比べようがないほどの美しさを身に着けていた。
その結果、実は宮殿内を歩いていてもサリーナを見た多くのものたちが二度見三度見をしての驚愕を表していた。
しかし、皇帝はそもそも娘のことを道具としか思っていない上に、サリーナに至っては魔獣軍団を扱える戦力の1つとしか見ていなかった。
これについてもサリーナもわかってはいるがそれでも娘心、たまには娘として見てほしいという願いがあったのだった。
「御いたわしいことです。殿下、心中御察いたします」
そんなぼやきを聞いたオリエが同情の目をサリーナへと向けたのだった。
「いえ、お父様がああいう方であることはわかっていたことですから」
そうした日からさらに数日が経過した時だった、ふいにサリーナへの呼び出しがかかった。
「……来たようだな」
「はい、お呼びと伺いました」
「うむ、サリーナ喜べ、嫁入りが決まった」
「嫁入り、でございますか?」
「そうだ。相手は軍務、将軍職を任せているドラップラー侯爵だ。今後もお前の魔獣使いを駆使し我が帝国の力となるがいい」
それだけ言って後は下がれと命じる皇帝であった。
下がれと言われれば下がらないわけにはいかないサリーナは、文句の1つも言えずにおずおずと下がったのだった。
「殿下?」
部屋に戻ったサリーナの様子がおかしいことに気が付いたオリエが尋ねた。
「オリエ、わたくしの嫁入りが決まりましたわ」
「っ! そ、それはおめでとうございます」
オリエとしてもこの言葉しか言えない。
「……ありがとう、オリエ。ですが……」
「気乗りなさいませんか?」
「ええ、お相手はドラップラー侯爵様ですから」
「なっ! そ、それはまことにございますか?」
オリエが驚愕した理由は簡単で、ドラップラー侯爵というのは御年57であり、根っからの女狂いで以前からサリーナに向ける目が異様だった。
それはまるで、足のつま先から頭の先までをなめまわすような目つきであった。
いくら皇帝の命であっても、そのような男に嫁ぐなどサリーナにはありえない話だ。
「わたくし、あのような男のために自らを磨いたのではありませんわ」
サリーナがキルスの元、オルスタンで美貌に磨き続けたのはなにもドラップラー侯爵のためではない。
では、誰のためなのか、ふとそんな疑問がサリーナに浮かんでいた。
そして、その時1人の少年の顔が浮かんだのだった。
その少年は必至に訓練してきた自分よりも圧倒的に強く、それでいてそれを鼻にかけることすらない。
領民たちにも当初こそいろいろ言われていたが今ではすっかりと慕われていて、少年もまたその領民を大事にしていた。
そんな領民を大切にするということは帝国では考えられず、サリーナには衝撃だった。
また、少年は従魔としてフェンリルを従えており、その関係性もまた非常に仲が良くうらやましいとさえ思った。
そして、そんな関係を見たからこそ、サリーナもまた己の従魔たちとの関係を見直すきっかけとしたのだった。
その結果、サリーナの魔獣使いスキルが一段上がったのか、魔獣たちの考えなどがすべて手に取るように理解でき、連携もまた数段上がったために、キルスでも模擬戦において苦戦するほどであった。
「……そうか、そうだったのですわね」
この時サリーナは気が付いた、自分の心の中にある想い。
それは、生まれて初めての物であり、とても大事なものであった。
「決めましたわ。オリエ準備をなさい」
こうして、サリーナはさっそくといわんばかりに準備に取り掛かったのであった。




