第174話 奥の手
キルスが転移スキルを持っている。
この情報を知るのは、キルスの家族は元より、実際にその身で見たターナー、王都へと飛んできたバラエルオン伯爵。
後は、キリエルン王国国王、カテリアーナと言った王族や宰相、騎士団長ゾロテスと一部騎士たちだけである。
その者たちには極秘とするように言明されており、周囲に漏らすものはいないと考えられていた。
しかし、実際に当時王都にいなかったコリアット侯爵がなぜか知っていた。
一体、誰が、何処から漏れたのか、キルス達はそう考えざるを得なかった。
といっても、すでに漏れ、今この時コリアット侯爵によりこの場にいる全ての人物に知られてしまった。
これを受けて、バラエルオン伯爵は悩んだ。しかし、ここは裁判所、虚偽は厳罰に処される。
「……なぜ、貴殿がそのことを存じておりますのかは気になるところですが、ええ、確かに、キルスは転移スキルを持っております。尤も、それらは厳しい制限があり、一度訪れたことがある場所でなければならないこと、消費魔力が膨大であるというものがあります。よって、貴殿の領地に一度も言ったことのないキルスが、そこへ行くことなど不可能です」
バラエルオン伯爵は事実を話すことにした。
「バラエルオン伯爵、それは事実ですか?」
ここにきて裁判長を務めるブリューゲル侯爵も興味を引かれたのは、伯爵に尋ねた。
「はい、これはキルス本人から確認した事実です。また、この転移スキルですが、習得したのはつい最近、スキルの石碑というもので習得したとのことです」
「スキルの石碑? ですか、聞いたことがありませんが、それはどのような」
スキルの石碑の存在自体は特に隠すことでもないために、バラエルオン伯爵もすぐに話したが、これにもブリューゲル侯爵が食いついた。
「この世界各地に点在しているそうです。なんでもそれはあるスキルを用いない限りは何が書いてあるのか全く理解できないそうです」
「ふんっ、そのようなもの聞いたこともないですな。この期に及んでごまかそうというのですかな。転移謎という稀有なスキルは生まれながらに持つものでしょう、なら、幼い頃でも使えるのではないかな」
コリアット侯爵は完全にスキルの石碑について否定してきた。
「バラエルオン伯爵」
「石碑自体は存在します。キルスに確認したところ、すでに3つ、うち2つは我が国にあり、1つはカルナートにあったそうです」
石碑の場所についても特に隠すことではないために、そう告げたバラエルオン伯爵であった。
「コリアット侯爵」
「そのようなものはない、そうですな。キンドレン枢機卿」
「ええ、教会ではそのようなものは確認しておりません」
コリアット侯爵が呼んだ人物、それは枢機卿という立場の人物であり、キリエルン王国をはじめとした多くの国が国教として定めたエリエルを神として崇める聖教会において、神の代弁者たる教皇に継ぐ位を持つ。
また、ここキリエルン王国に点在する教会全てを取り仕切る人物でもあるのだ。
そんな人物が現れて、スキルの石碑はない。そう告げたことは、たとえ実際にあったとしてもないという真実になってしまう。
「まずいな」
「はい、まさか、枢機卿があのようなことをおっしゃるとは……」
傍聴席で聞いていたキルスとその隣に座っているカテリアーナが苦い顔をしてそんな会話をした。
「ねぇ、キルス兄さん、おねえちゃん、どうなるの?」
キレルもまた心配そうにしている。
「まさか、枢機卿を出してくるとは、ということは奴も石碑のことは知っているってことか」
「おそらくは、そうでしょう」
「となると……はぁ、仕方ないか」
「キルス、行くのね」
「行くしかないみたいだ。えっと、殿下」
「はい、何でしょう」
「申し訳ありませんが、伯爵に時間を稼ぐようにお伝え頂けませんか?」
「それは構いませんが、なにか策が終わりなんですか?」
「はい、尤も、出来れば使いたくはなかったものですが、こうなっては仕方ありませんから、お願いします」
「分かりましたわ。お任せください」
キルスはカテリアーナとそんな会話をしてからすっと立ち上がる。
「じゃぁ、行ってくる」
「キルス兄さん?」
「すぐ戻るから、心配するな」
キルスはそういってキレルの頭に手をおいてからその場を後にして走り出した。
裁判所を飛び出したキルスが向かったのは、シルヴァーが待機している厩舎であった。
「シルヴァー、すぐに出るぞ。ついてきてくれ」
「バウ? バ、バウン」
キルスの様子に何だろうと思いつつも、すぐに返事をして走るキルスの横に並んだ。
そんな、シルヴァーの背にキルスは飛び乗り、王都の門を目指す。
そうして、手続きをしたのち、すぐに空掛けのスキルで上空に飛び立つシルヴァー。
「よし、シルヴァー、西にこいつの匂いの元に向かってくれ。わかるか?」
「バウ、バウ」
「よっしゃぁ、じゃぁ頼む、急ぎたいから本気で頼むぞ」
「バウン」
それから、キルスは無詠唱で魔法を行使、行使したのはとにかく障壁魔法だ。あらゆる障壁と肉体強化、などを自身にかけていく。
「よし、頼む」
「あぉぉぉおおおおおおんんんんんっ」
シルヴァーは遠吠えを1つすると、一気に元の大きさに戻り走り出す、そして、光となった。
普段空掛けの速度は、シルヴァーにとってはジョギング並みの速度でしかない、なぜそんな速度なのかというと、単純にキルスが大量に張った障壁を見ればわかるように、その背に乗っているキルスが耐えきれないからである。
そして、その速度はまさに光速といっても過言ではないかのように、とんでもない速度である。
実際、ものの1分足らずで、キリエルン王国から飛び出し、隣国ミリクリア公国を通り越し、さらに西のあるエリューン聖教公国へとたどり着いた。
「えっと、ああ、あれかな、シルヴァー、あそこの建物の中庭に降りてくれ」
あっという間に着いたことにやっぱり速いなと驚きながらもキルスは、眼下をみおろしてから、最も立派な建物の中庭に降りるようにシルヴァーに指示を出した。
「アウン?」
シルヴァーは指示された方を見てから、キルスに良いの? と尋ねた。
「ああ、頼む」
「バウ」
というわけで、シルヴァーは言われた場所に降り立った。
「何者だ?!」
そんなところに降り立てば、当然家主、または家主の護衛などが血相を変えて飛び出してくる。ここでも、真っ白な騎士鎧を身にまとい、見るからにただ者ではない者たちがそれぞれ剣を抜き放ちシルヴァーをあっという間に囲ったのだった。
(さすがに優秀だな)
そんな光景をキルスはまるで他人ごとのように、何でもないように見つめていた。




