‐27‐ 妖精の隠れ家
スカーレットは地上に降り立つ。
見慣れた場所である、店の前に音を立てずに着地した。風によって土が舞い上がりながらもライオネルは、抱えていたクロエを下ろす。スカーレットが広げた炎の翼を縮小していると、店の扉がガラリと開く。寝ていなかったのか、眼蓋に隈を作っているエアリーが、
「おかえりなさい」
「おかえり。ちょっと遅くなっちゃったけどね」
ライオネルはそう言うと、ようやく帰るべき場所に帰ってこれた気がした。やはり、いつもどおりの店の様子だ。もしもライオネルがハンスマンのところに乗り込んでいかなかったら、こんな気持ちで家に帰ることなどできなかっただろう。
ライオネルは店内に足を踏み入れようとすると、
「あ…………そのっ……!」
「どうしたの? クロエ」
いきなり大きな声を上げるクロエ。
涙を瞳に蓄えながら、顔を紅潮させている。それでも必死で我慢している。その葛藤している姿は、きっと人形などではなかった。どこまでも、真っ直ぐでありながら、自ら今日中に潜めている感情を引き出そうとしている、人間だった。
「……そのっ……私は、ライに出逢えて嬉しかった! これからどんなことがあっても、ライとの思い出を決して忘れないから! ……だから、きっとまた……」
「……きっとまた?」
何を言おうとしているのか分からずに、ライオネルはただ言葉を繰り返す。クロエは一心不乱に肩を揺らすと、
「また、逢えるよね!?」
神妙な顔をして、そんなことを言う。
呆気にとられたライオネルは、茫然自失としてしまう。そんな……そんなことを言われるなんて想像していなかった。やっぱり、エアリーの言う通り、肝心なところでライオネルはからっきしカンが働かないらしい。
だが、我に返ると、クロエにとても当たり前のことを言う。
「今更名にを言っているのかな? もう、ここは君の家なんだよ」
「…………え?」
目が点になっているクロエは、隙だらけで可愛かった。だが、そのままにしておくのも可哀想だったので、ちゃんと説明する。
「行くあてがないなら、ここに住むといい。実はここのパン屋、最近繁盛してきちゃったんだよね。それ自体はいいことなんだろうけど、人手が足りなくなってきてるんだ。だから、君がここで手伝ってくれると助かるんだけどな」
「そんな……でも……」
事態が飲み込めていないのか、逡巡する。
まだ渋ろうとしているクロエを押し切るためにも、もう一度お願いする。
「頼むよ、クロエ。……ねえ、二人ともいいでしょ?」
エアリーは、胸をそらすと、
『ダメって言っても、押し通すんでしょ、ライオネルは』
スカーレットは、不服げに眼鏡を押し上げる。
「…………ライオネル様が、どうしてもとおっしゃるのなら」
どうやら、二人とも快く承諾してくれたようだ。
クロエの方を振り向くと、朝日の差し込んだ店先で、笑顔のままクロエに告げる。
「だからさ、一緒にここで暮らそう。もうすぐお客さんが雪崩込んでくる時間帯だしね」
「……う、うん!」
天真爛漫な様子で、さし伸ばしたライオネルの手を取る。恐らく、きっとここから始まる。人形だったクロエが、ようやく普通の人間として生きていく人生が。
また辛いことだってこの先あるかも知れないけれど、心を落ち着かせることのできる居場所がある限り、人はまた旅立つことができる。
ライオネルは、吟遊詩人が歌うように口上を述べる。
「ようこそ、『妖精の隠れ家』へ」
次回、『学院編』




