第76話
「ご主人様が!」
アルマが竜巻によって後方に分断されたことにティアがすぐに気づいた。
デックアールヴを倒したナルルとディアが後ろを振り向けば、そこには巨大な竜巻がいくつも並んでいる。
「しまった!」
「どうする?」
「くっ! ティアはみんなの援護を! 私は竜巻を越えられるかやってみる! ディアは絶で竜巻を消せるかやってみてくれ!」
「「はい!」」
ナルルは闇馬を出す。
強力な竜巻の渦を越えてアルマのもとへ向かおうとする。
ディアは再び魔力を込めて絶を準備する。
ティアはみんなの援護へと回った。
巨大な犬と戦うマーナは月狼化を発動している。
マーナの上にモニカが乗り、二人で戦っていた。
月狼化すればモニカ以上に速いマーナの動きに、この巨大な犬は遅れを取ることなく互角に渡り合っている。
フロッティを持つ人族の戦士と戦うマリアナは、戦具の鞭ニーズヘッグと共に優勢に戦いを進めていた。
この分ならマリアナだけで勝てそうだ。
グラムを持つ人族の剣士とアーネスの戦いはまさに互角。
このグラムの剣士の剣さばきは実に見事であった。
「名もなき剣士よ! やるな!」
アルマと共に最上級の迷宮での探索を経験し、さらには古代の神との戦いを経験したアーネスは、オーディン王国においてまさに最強の剣士であった。
特にスキールニルが持つフレイの宝剣と剣を交えたことで、あの剣を超える剣士となるべく鍛錬を続けてきたのだ。
そのアーネスを相手に、この剣士は一歩も引かない。
アーネスの戦具「戦乙女」の白銀の剣は、神器に比べれば劣るが現代においては最強の剣と言えるだろう。
この剣士が持つグラムが本物のグラムだとしたら、剣の性能では劣っていたかもしれない。
「やはり本物ではないな!」
神獣フェンリルとの戦いにおいて、ブリュンヒルドからグラムを与えられ使ったアーネスにはすぐに分かった。
この剣士が持つ剣はグラムの形状をしているものの、本物のグラムには遠く及ばない。
だが強力な剣であることに違いはない。
剣の性能は互角といったところだ。
「だが、これならどうだ!」
アーネスの剣が光り輝く。
聖属性を纏ったのだ。
ここまであえて聖属性を纏わず剣を交えていたが、ここで剣の性能差が生まれる。
剣と剣が斬り合う度に、アーネスの剣が押していく。
「実力は互角。だが旦那様より頂いたこの剣には聖なる力があるのだよ!」
白銀の剣から聖属性の光が放たれる。
グラムを持つ剣士はさすがの動きで、聖属性の光を避けた。
態勢が崩れたところにアーネスの剣が突き刺さる。
どうにか剣の刃でその突きを防いだものの、剣士は後方に吹き飛んだ。
吹き飛んだ先はマリアナとフロッティを持つ剣士が戦っていた場所であった。
優勢に戦いを進めていたマリアナは、突然の乱入者に動きを止めて後ろに下がる。
「あらら、お一人増えましたね。ニーちゃん頑張りましょう!」
「待て。それは私の獲物だ」
「あ、お姉様」
フロッティを持つ剣士はマリアナの戦具の鞭によって身体中が傷だらけになっていた。
不規則な鞭の軌道を読めず、ここまでの戦闘の間に鞭で叩かれ続けていたようだ。
「そっちの剣士は大したことなかったか」
「う~ん、そうですね~。ニーちゃんも余裕だと言ってます!」
二人の身体を温かい光が包む。
ティアの回復魔法だ。
アーネス達が振り返ると、ティアがいた。
「ティア達はもう勝ったようだな」
「すごいですね~。あれ? 旦那様は?」
「む?」
そこでアルマがいないことに気づく。
それにナルルとディアは? と疑問に思えば、ティアの後ろで絶を放ち続けるディアの姿が見えた。
後ろにいつの間にか巨大な竜巻。
ナルルは闇馬に乗って、その竜巻を越えようと何度も試みては弾き返されている。
「しまった。旦那様に何かあったな。ティアの表情も焦っている」
「はい! お姉様!」
「ああ。一気に片付けるぞ」
良い鍛錬にはなった。
しかし時間がない以上は一気に決める。
そう思ってグラムを持つ剣士を見ると、フロッティを持つ剣士の手に何かを渡していた。
そしてそれを、フロッティを持つ剣士は自らの指にはめた。
「なんだ?」
するとフロッティが氷の大地に転がる。
自らの剣を手放すと、その剣士は苦しそうにもがく。
体が大きく波打ち、人の筋肉の動きとは思えない膨張が始まった。
「何かに変わっていく?」
「これは……竜!?」
フロッティを持っていた剣士はアーネス達の目の前で、なんとその姿を竜へと変えていった。
見た目は確かに竜だが、禍々しい姿の竜だ。
その禍々しさ通り、竜は口から紫色のブレスを吐いた。
「分かりやすいな。毒のブレスか」
「はい。ニーちゃんも毒だと」
アルマに何かあった以上、時間をかけるわけにはいかない。
「どちらのブレスが強力なのかな」
アーネスはマリアナの戦具の鞭に向かって言った。
「ニーちゃんの方が強力だぞ! と言ってます」
「なら見せてもらおうか」
竜が再び毒のブレスを吐き出す。
それに合わせてニーズヘッグが暗黒のブレスを吐いた。
両者のブレスがぶつかり合うと、暗黒のブレスが毒のブレスを押し返す。
竜は自らの毒のブレスを浴びることになった。
さらにそこに暗黒のブレスが襲いかかる。
「お前も逃がしはしない」
暗黒のブレスの後ろからアーネスがグラムの剣士に聖属性の光を放つ。
そのまま距離を詰めて斬りかかった。
「もうお前にくれてやる時間はない!」
聖属性の光をグラムで弾き返したところに、アーネスの剣が剣士の首を刎ねた。
血は一滴も噴き出すことはない。
頭が宙に飛んで、氷の大地に転がるだけ。
「ニーちゃん!」
自らの毒のブレスと、ニーズヘッグの暗黒のブレスを受けた竜に向かって、マリアナが戦具の鞭を振るう。
一度振るだけで暗黒属性の鞭が無数に現れて、竜の肉体を同時に叩いていく。
容赦ない暗黒の鞭が竜を叩きのめしていくと、その巨体は氷の大地の上に倒れる。
「念のため首を切っておくぞ」
そこにアーネスがやってくると、白銀の剣の一閃で竜の首を斬り裂いた。
やはり血は流れない。
「これで残るはあの巨大な犬か」
月狼化したマーナとその上に乗ったモニカ。
二人は協力して巨大な犬と戦っていた。
モニカを超える速さの月狼化したマーナの動きに、この巨大な犬はついてきている。
さらにモニカの戦具の斧の動きも見えていて、攻撃が当たらない。
モニカが斧を振り周囲に雷の電撃を走らせるが、これも巨大な犬は避けてしまう。
さらには反撃の爪と牙を向けてくるのだから、本当に強い。
マーナもこの犬の動きに感心しきりだ。
モニカが一緒でなければ、この爪と牙に自分は切り裂かれていたかもしれないと素直に思えた。
「ティアの結界にも感謝だな」
マーナが避けきれず、モニカも防ぎきれない時はティアの結界が巨大な犬の攻撃を何度か防いでくれていた。
また攻撃を受けてもティアがすぐに回復してくれる。
1対1では負けていただろうが、幸せなことにマーナには心強い味方がいてくれた。
そしてそれはティアだけではない。
「助太刀参上!」
「行きますわ!」
アーネスとマリアナも参戦する。
さすがに4対1では状況が一変してしまう。
マリアナの鞭が巨大な犬の足に絡まり動きを止めると、上空からアーネスが斬りかかる。
それを避けたところにマーナの爪が襲いかかり、同時にモニカの斧が叩きつけられた。
一気に優勢となったが、巨大な犬は何ともしぶとく、何度攻撃を当ててもまったく怯むことがない。
それどころか、ますますその戦意は高まるばかりだ。
「何という化け物だ」
早くアルマのもとへ向かいたいが、目の前の相手は倒れてはくれない。
攻撃はこちらが一方的に当てているのに、まるで持久戦のような戦いとなっていった。
~竜巻後方 アルマ側~
竜巻によってみんなと分断された俺の前に、一つの氷の塊がある。
その氷の中には一人の男が入っていた。
どこかで見たことのある顔だ。
氷の塊から蒸気が噴き出す。
急速に氷が溶けていく。
この男……どこかで見たはずなんだけど。
溶けた氷から男が出てきた。
あれ? その動きは……まるで偽俺のような緩慢な動きじゃないか。
こいつもしかして弱い?
「ん?」
男が右手を前に出す。
そしてぱちんと指を弾いた。
嫌な予感がしたので結界を展開する。
次の瞬間、俺の頭上から強力な雷が落ちてきた。
結界のおかげで軌道がそれたけど、俺の目の前の氷の大地は溶けて穴が開いている。
雷の魔法?!
男は再び指をぱちんと鳴らす。
ちょっと待ってもらえますか!
「くっ! 一撃で結界が! もっと強力な結界ないのか!?」
空から落ちてくる雷には、あの光のカーテンで防ぐのは難しいか。
鍵の魔具から発動される結界は変わらない。
この結界も十分強力な結界なんですけどね。
「そっちばかり攻撃はずるいでしょ!」
空から落ちてくる雷を結界で防ぎながら避けつつ、男に向かって同じく雷の魔法を放つ。
最上級迷宮のオーガも一瞬で黒焦げの雷が男に向かっていく。
「嘘だろ」
だが、雷は男を避けるように軌道を勝手に変えて、後方に消えていった。
何をした?
デックアールヴのように魔力を散らしたとかではない。
まるで俺の雷魔法を操ったかのような。
「魔法が効かない?! どうしてだ?!」
雷魔法だけじゃない。
風も、炎も、氷も。
あらゆる属性の攻撃魔法を放っても、この男を勝手に避けて逸れていく。
男は指を鳴らすのやめた。
雷が落ちてくるのが止まる。
結界で防がれて意味がないと思ったのか。
今度は両手を氷の大地につけると、何かを引っ張り起こすように両手を上げていく。
動きそのものはとても緩慢だ。
なのにその動きはとても力強く、強大なものに見えてくる。
氷の大地から引っ張り出されたのは、無数の人の形をした氷の兵士だった。
ぞろぞろと氷の大地から作られていく。
今度は人海戦術ですか。
氷の兵士達が一斉に俺に襲いかかってきた。




