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第9話

 そんな卑屈な感情が浮かんできてしまうほど、目の前のヘイデールは楽しそうだった。なんだか悲しくて、自分がひどく惨めに思えてきて、嫉妬混じりの怒りの感情が、すぅっと冷めていく。


 二人とも私に気づいていないし、このまま静かに帰ろうかしら――


 そう思い、踵を返そうかどうか迷っていると、アリエットが私のことに気がついた。妹は、悪びれた様子もなく、余裕たっぷりに微笑んで、言う。


「あら、姉さん、どうしたの? そんな、どぶに落ちた犬みたいな顔して」


 明るい声色の中に、隠し切れない悪意のこもった言葉だった。

 いや、恐らくアリエットは、悪意を隠す気などないのだろう。


 どぶに落ちた犬みたいな顔――


 酷い言い草だが、実際に今の私は、悲しみと惨めさで、本当にそんな顔をしているのかもしれない。突然、「ぷっ」と吹き出す音がする。……なんと、ヘイデールが口元を押さえて、笑っていた。


「ぷっ、くく……っ、ど、どぶに落ちた犬みたいな顔って……そんなこと言っちゃ駄目だよアリー、ふふっ、どぶに落ちた犬みたいな顔って……そんな例え……くっ、あははっ!」


 ヘイデールは必死に笑いをこらえようとしていたが、結局、最後の方は耐えられずに、普通に爆笑していた。どうやら彼の笑いのツボに入ってしまったらしい。


 アリエットの酷い例えに大笑いするヘイデールの態度は、私をさらに傷つけた。……あと、今アリエットのことを『アリー』って呼んだわよね。何それ? いつの間に、愛称で呼ぶような仲になったの?


 いや、それよりも、どうしてアリエットと二人で、こんな、デートまがいのことをしているのか。……ヘイデールに嫉妬深い女と思われたくはなかったので、私はなるべく平静を装い、ぎこちなくも笑顔を作って、尋ねてみることにした。


「あの、ヘイデール……どうしてここに? その……なんで、アリエットと一緒に……っ!」


 言葉の最後が、みっともなく上ずってしまったのが、自分でもよく分かった。私が話している最中に、アリエットがヘイデールの肩に触れ、手のひらで擦るような動きをしたからだ。その、妙に艶めかしい動作は、夜の町で客引きをする娼婦を連想させ、私をますます不快にさせた。


 しかしヘイデールは、アリエットにベタベタと体を触られることを、ほんの少しも嫌だと思っていないらしく、あろうことか、アリエットの手に自分の手を重ね、顔だけを私に向け、いつもと変わらぬ、爽やかな笑顔で言葉を紡いでいく。


「いや、『相談したいことがある』って、アリーに呼び出されてね。ちょうど時間もあったし、馬車を飛ばして来たんだ」

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